173.兄が見ている世界 —デート⑥—
次の日の朝。
兄は、胸や腕、手に伝わる柔らかく温かい感触と、石鹸やシャンプーの甘い香りと共に目を覚ました。
そこには、普段は明るく元気なまり姉が、あどけない表情で無防備に眠っている。
兄のすぐ隣で、
『すう……すう……』
と、静かで愛らしい寝息を規則正しく立てていた。
兄がゆっくり上半身を起こすと、まり姉の長い髪がふわりと横へ流れる。
その表情を見ると、長いまつ毛が微かに揺れ、少し眉間に皺を寄せた後、ゆっくりと目を開けた。
『あっくん、おはよ。』
まり姉が優しく微笑む。
兄も笑顔で、
『まりちゃん、おはよ。』
と返し、ベッドから降りた。
首を左右へ傾けると、
「コキッ、コキッ」
と音が鳴る。
腕を回しても、
「コキッ、コキッ、コキッ、コキッ」
と関節が鳴り続けた。
かなり体が凝っているようだ。
普段の布団や枕ではないせいか。
それとも、まり姉と抱き合って眠ったせいだろうか。
と、わたしは思った。
兄がまり姉の方を向くと、まり姉はベッドにちょこんと座り、背伸びを始める。
すると今度は、まり姉の方からも
「コキコキコキコキ……」
と関節が鳴る音が聞こえ、二人は思わず笑ってしまった。
まり姉が笑いながら尋ねる。
『高校卒業して引っ越したら、毎日こんな感じなのかな?』
兄も笑顔を浮かべた。
『しばらくは、ありちゃんが泊まりに来るだろうからどうだろうね。
あーでもまりちゃんは、ありちゃんと一緒に寝るかもだから、毎日こうなるかもね。』
まり姉は真剣な表情になり、
『引っ越し準備のリストに湿布を加えておこうかなー。』
と悩み始める。
兄はクスッと笑った。
『まりちゃん、起きたなら朝ごはん行こうか?』
その瞬間、
「くぅー……」
と、まり姉のお腹が可愛らしく鳴った。
兄は吹き出しそうになりながら、
『朝から関節とお腹の大合唱だね。』
と笑う。
まり姉はジト目を向け、
『あーもう、ご飯行く!』
と立ち上がった。
兄は嬉しそうに、
『まりちゃんが、美味しそうに沢山食べるところをしっかり見せてね!』
と声を掛ける。
まり姉は胸を張り、
『任せて!』
とお腹を軽く叩いた。
ホテルの部屋を出て朝食会場へ向かうと、
朝ごはんもビュッフェ形式だった。
目の前ではオムレツやフレンチトーストが焼かれている。
兄は、数種類あるスープの中からポトフとキャロットスープを選び、水をグラスへ注いだ。
席へ着き、兄が先にスープを飲んでいると、
まり姉が戻ってきた。
パンを数種類。
オムレツ。
キャロットスープ。
ウィンナー。
ハッシュポテト。
ベーコン。
スクランブルエッグ。
サラダ。
果物を数種類。
生ハム。
スモークサーモン。
そして野菜ジュース。
その量を見て、兄は思わず目を丸くする。
まり姉は少し照れ笑いを浮かべた。
『私、朝からガッツリ食べる派だから。』
そう言うと、
『いただきまーす。』
と元気よく食べ始めた。
キャロットスープを一口飲み、
『色も綺麗で、バターの香りがすごくいいね!』
とニコニコしている。
長い髪を掻き上げると、
オムレツ。
ウィンナー。
ハッシュポテト。
ベーコン。
スクランブルエッグ。
次々と勢いよく口へ運んでいく。
兄は、まり姉の野菜ジュースが空になりそうなのに気付いた。
『まりちゃん、次も野菜ジュースでいい?』
まり姉は食べる手を止める事なく、
『うん、ありがと!』
と笑顔を見せた。
わたしは、
朝からガッツリなんてレベルじゃねぇーって!
エンゲル係数で家計がバグるぞ!?
と思った。
兄が野菜ジュースを持って戻ると、
まり姉は可愛く微笑む。
『あっくん、ありがと!
キャロットスープ、お・か・わ・り。』
兄は苦笑いしながら、再びスープを取りに向かった。
戻って来ると今度は、
『オムレツとハッシュポテトも食べたいな。』
と、おねだりするような声。
わたしは、
まり姉の座右の銘って、
「立ってる者は親でも使え」
なのか?
と思ってしまった。
兄がようやく席へ座ろうとすると、
『次は炭酸水とスモークサーモン食べたいな……』
と、まり姉は目をキラキラさせている。
わたしは思った。
あー。
まり姉、ありさ、兄の三人組は、絶妙なバランスでまともさを保ってるだけなんだ。
全員、どこかぶっ飛んでる。
まり姉が一番まともだと思ってたのにー!
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