171.兄が見ている世界 —デート④—
まり姉が、
『そろそろ、お風呂行こうか!』
と声を掛ける。
兄も、
『うん。行こう。』
と頷き、
二人はホテルを出て、歩いて5分ほどの場所にある入浴施設へ向かった。
入浴施設に到着すると、待ち合わせ場所を確認し、それぞれ浴場へ入る。
久しぶりに見た兄の体は、まり姉の言った通りだいぶ痩せていた。
鎖骨や肋骨が浮き出ている。
ただ、そんな状態でも兄の好奇心は健在らしい。
色々なお風呂を回り、サウナにまで入っている。
わたしは、
おいおい、倒れるなよ!
とヒヤヒヤしながら見守っていたが、結局兄は何事もなかったかのように着替えを済ませ、待ち合わせ場所へ向かった。
そこでは既にまり姉が待っていた。
しかも、少し不機嫌そうだ。
『体調悪そうだったから、何かあった時に備えて早めに上がったのに、随分長湯してたんだね。』
まり姉はジトっと兄を睨む。
兄は苦笑した。
『気を使わせちゃって、ごめんね。
でも、あれだけ種類があったら仕方ないじゃん。
一通り入らないと、せっかく施設の保守保全をしてくれてる人達に申し訳ないし。』
『それなら私、もう一回入ってこようかなー。』
まり姉がそう呟くと、
『待ってるから、ゆっくりお湯に浸かっておいで。
今日寒かったし、しっかり温まってきた方がいいよ。』
と兄は笑顔で送り出した。
そして、
『まりちゃん、ありがとね。』
と付け加える。
まり姉は少し照れ臭そうに笑った。
『当然じゃん。
親の承認も得て、結婚を前提にお付き合いしてるわけだし!』
そう言った後、
『ちゃんとプロポーズして貰ったし……』
と小さく呟く。
『じゃあ、また行ってくるね。』
そう言って、まり姉は再び浴場へ向かった。
兄は水を飲みながら、設置されたテレビを眺めていた。
そのうちウトウトし始め、そのまま眠ってしまう。
しばらくして、
『起きて!』
という声と共に肩を揺さぶられた。
目の前にはまり姉がいた。
湯気で火照った桃色の頬。
少し大きめのトレーナーから覗く鎖骨。
湯気で潤んだ、どこか眠たげな瞳。
そこに石鹸の甘い香りまで加わる。
女の子から大人の女性へ変わり始めたばかりの、どこか儚げな雰囲気。
同性のわたしでも、思わず見惚れてしまった。
『ホテル戻ろうか。』
そう言って、まり姉はスタジャンを羽織る。
兄も、しばらくまり姉を見つめていた。
『あっくん? どうかした?』
まり姉が首を傾げる。
兄は笑顔を浮かべた。
『ホント綺麗だなって思っただけ。
行こっか!』
そう言って、まり姉の手を握る。
綺麗でかわいい、まり姉と、
痩せこけたこの兄……釣り合ってねーぞ!
と、わたしは思った。
ホテルへの帰り道。
『あっくん、ありがと。
あっくんこそ、私のそばにずっと居てよね。』
そう言って、まり姉は兄の腕にしがみ付いた。
その瞬間、よく兄の腕にしがみ付いていた陽子の姿が、ふと兄の脳裏によぎる。
すると、まり姉がじーーっと兄を睨んだ。
『今、絶対違う女のこと考えてたよね!』
わたしは思わず、
女の勘スゲー!
一瞬で看破するって……
と驚く。
兄は慌てた様子もなく、
『制服着てる時も、普段着の時も、おしゃれした時も、お風呂上がりのゆったりした服を着てる時も。
全部かわいいねって思っただけ。』
と答えた。
だが、まり姉は誤魔化されない。
『で、誰の事を考えてたの?』
そう言いながら、兄の腕を掴む手に力を込める。
『いいよ! その内全部、私だけの記憶で上書きしてあげる!』
そう言って、まり姉は不敵な笑みを浮かべた。
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