169.兄が見ている世界 —デート②—
水族館を後にしたまり姉と兄は、テーマパーク敷地内にあるホテルへ向かった。
ホテルが見えてくると、まり姉の顔がぱっと明るくなる。
『おー! 綺麗なホテルだね!』
その反応を見た兄は、ほっとしたように肩の力を抜いた。
『あー、良かった。安心した。』
『あっくんが手配してくれたホテルなら、どんな所でも私は嬉しいよ!』
まり姉はそう微笑み、兄へ抱きつく。
だが一瞬だけ表情を曇らせた。
何かを考えるような顔だったが、すぐにいつもの笑顔へ戻り、兄の手を取ってホテルへ向かう。
チェックインを済ませた二人は部屋へ入り、荷物を下ろした。
窓の外はすっかり夕暮れ色だ。
兄が外へ視線を向ける。
『まりちゃん、イルミネーションが点灯してるみたいだよ。見に行こうか。』
『うん!』
まり姉は迷わず兄の手を握った。
ホテルを出ると、そこには別世界が広がっていた。
テーマパーク内の建物。
アトラクション。
並木道の木々。
その全てが無数の光に彩られている。
まり姉は目を輝かせた。
『ねえ、あっくん! 街全体が輝いてるよ!』
『レンガ造りの街並みが光に包まれてて……めちゃくちゃ綺麗!!』
興奮した様子で兄の手を引く。
『あの大きなツリーの所、行ってみよ!』
二人は中央広場にそびえる巨大なクリスマスツリーへ向かった。
無数の電飾が宝石のように輝き、飾られたクリスタルが光を反射する。
冬の夜空そのものが煌めいているようだった。
まり姉は立ち止まり、しばらく見上げる。
『わぁ……すごい……綺麗……』
その時、どこからともなく聖歌隊の歌声が聞こえてきた。
優しい旋律が広場に響き渡る。
まり姉は兄の腕へぎゅっと抱きついた。
『あっくん、やるじゃん。最高の思い出になったよ。本当にありがと!』
兄は照れ臭そうに笑う。
『ねーねー、写真撮ろ!』
まり姉は街並みやツリーを夢中で撮影する。
やがて、
『今度は私を撮って!』
と兄へスマホを渡した。
近くを通りかかったスタッフが気を利かせて二人の写真も撮ってくれる。
まり姉は大満足の様子だった。
しばらく散策した後、兄が口を開く。
『そろそろ戻って晩ご飯にしようか。』
『うん!』
満面の笑みで頷くまり姉。
二人は手を繋いだままホテルへ戻った。
ディナー会場には色とりどりの料理が並んでいる。
デミグラスソースで煮込まれた料理。
ローストビーフ。
色鮮やかなデザート。
兄が微笑む。
『ブュッフェだから、一緒に取りに行こうか。』
『うん!』
二人は並んで料理や飲み物を選んでいく。
席へ戻ると、
『あっくん、ありがと。いただきます。』
そう言ってまり姉は食べ始めた。
楽しそうに料理を頬張る姿を見ながら、兄も静かに食事を進める。
やがて食事も終盤。
まり姉がデザートを食べていると、兄が窓の外へ視線を向けた。
『そろそろ花火が上がるみたいだよ。』
二人が窓の外を見る。
先ほどまで街を彩っていたイルミネーションが消灯する。
辺りは静寂に包まれた。
次の瞬間。
夜空へ光の花が咲いた。
大輪の花火が冬の空を照らす。
わたしは夏祭りの日を思い出し、思わず身体が震えた。
けれど二人は違う。
『綺麗だね。』
寄り添うように並び、静かに夜空を見上げていた。
花火が夜空を彩る中、兄は小さく息を吐いた。
そして胸元へ手を当てる。
ほんの数秒。
すぐに手を下ろしたため、まり姉は気付いていないようだった。
『あっくん?』
『ん? どうしたの?』
『ううん。何でもない。』
まり姉は首を傾げたが、再び花火へ視線を戻した。
兄も笑顔を浮かべる。
だが、その横顔は少しだけ疲れているようにも見えた。
すると兄が、
『そうだった。』
と思い出したようにポケットへ手を入れる。
取り出したのは小さなジュエリーボックスだった。
兄は一度深呼吸をした。
少しだけ呼吸を整えるように。
それから丁寧にまり姉へ差し出す。
まり姉は息を呑んだ。
目を丸くし、唇をきゅっと結ぶ。
そしてゆっくり息を吐いた。
『はぁ……』
震える指でジュエリーボックスを開く。
兄は優しく微笑んだ。
『これからもずっと元気で、俺の側にいて下さい。』
まり姉の瞳に涙が滲む。
『はい。こちらこそ。』
その返事を聞いた兄は安堵したように微笑んだ。
けれど次の瞬間、ほんのわずかに視線が揺れる。
すぐに持ち直したため、まり姉は気付いていない。
兄はボックスの中から指輪を取り出した。
そして、まり姉の左手の薬指へそっと通す。
指輪が収まったのを確認すると、兄は静かに微笑んだ。
『ありがとう。』
その笑顔は、いつもと同じ優しい笑顔だった。
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