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160.兄が見ている世界 —引越し準備11—

まり姉、ありさ、兄の三人は家電量販店へ到着した。


店内へ入ると、兄は近くにいた店員さんへ声を掛ける。

『すみません。新生活に向けて家電を購入しに来たのですが、〇田さんとお話ししたいので呼んでいただくことは可能でしょうか。』


店員さんは少し不思議そうな顔をしたが、

『はい、少々お待ちください。』

と答え、奥へ向かった。


ありさが兄へ尋ねる。

『〇田さんって誰? あっくんの知り合いなの?』


兄は平然と答えた。

『会ったこともないし、直接話したこともないよ。』


まり姉とありさは同時に首を傾げる。

『じゃあ何で名前を知ってるの?』


兄は当然のように説明した。

『前に二回来た時、二回とも値引き交渉したんだけど、その時に店員さんがマイクで相談してた相手が〇田さんだったから。』

『直接話した方が早いかなと思って。』


まり姉は呆れた顔になる。

『そんな理由で呼び出す人初めて見たんだけど。』


しばらくすると、一人の男性がやって来た。

恐らく〇田さんだろう。


兄は笑顔で頭を下げる。

『お呼び出しして申し訳ありません。以前、何度か価格の確認でお世話になりました大坂と申します。』


〇田さんは一瞬だけ戸惑ったが、

『はい。よろしくお願いします。』

と営業スマイルで返した。


兄はありさを見ながら言う。

『今日は彼女と私が就職に伴う新生活で家電を購入したいと考えています。』


その瞬間。

〇田さんの視線がありさとまり姉を行ったり来たりした。


どっちだろう。

そんな顔をしている。

兄は全く気付いていない。


『早速で申し訳ありませんが、購入予定の商品についてご相談させてください。』

と丁寧に頭を下げた。


まり姉がすかさず突っ込む。

『以前お世話になりましたって初対面なんでしょ! 嘘じゃん!』


兄は本気で意味が分からないという顔をした。

『二回来て、二回とも値引き可能か問い合わせてもらって、その結果を教えてもらってるんだからお世話になってるじゃん。』

『俺は嘘は言ってない。』


わたしは思った。

うん。兄はこういうやつだ。

今さら驚かない。


兄は冷蔵庫売り場へ向かう。

『まずは冷蔵庫になります。』


そう言って兄は二つの商品を指差した。


しかし。

ありさは首を傾げた。


それ、もともと話していた機種じゃないよね?

兄は気付いていないのか、そのまま続ける。


『彼女がこちらを、私がこちらを購入したいと考えています。』

『お値引きしていただくことは可能でしょうか。』


〇田さんは申し訳なさそうに答えた。

『申し訳ありません。このメーカーのこの機種は値引き対象外となっております。』


兄は残念そうな顔をする。

『そうですか。気になっていたので残念です。』

そして続けた。


『彼女の予算は13万円、私の予算は18万円なのですが、その範囲で購入できる商品を教えていただけますか。』


元々の予算は違う。

ありさは15万円。

兄は20万円。

わざと下げている。


〇田さんは少し考えた後、

『13万円は難しいですが、こちらでしたら14万円。』

『こちらでしたら14万5千円までお下げできます。』

と答えた。


兄は嬉しそうに頷く。

『ありがとうございます。』


そしてありさを見る。

『ありちゃん、14万5千円の方が良かったんだっけ?』


ありさは頷いた。

『うん。』


兄は再び〇田さんへ向く。

『では、こちらをお願いします。』


続いて自分の冷蔵庫の話になる。

『私の方は18万円以内でありますでしょうか。』


〇田さんは少し悩んだ。

『こちらでしたら18万5千円。』

『あ、こちらなら18万円でご用意できます。』

そう言いながら別の商品を示した。


兄は首を振る。

『できれば、この22円の機種が気に入っているのですが。』


〇田さんは苦笑いした。

『それは厳しいですね。』


兄は少しだけ残念そうな顔をする。

『そうですか。』

『〇田さんなら何とかしてくれると思ったんですが。』


〇田さんは思わず笑った。

『その言い方はずるいですね。』

そう言いながら再度確認へ向かう。


数分後。

『18万5千円まででしたら。』

と戻ってきた。


兄は即答する。

『ありがとうございます。それでお願いします。』


その後も洗濯機。

照明。

掃除機。

電子レンジ。

炊飯器。


兄は終始〇田さんを持ち上げ続けた。

気付けば二人はすっかり打ち解けている。


そして会計。


ありさの家電予算30万円。

値引き後27万5千円。


兄の家電予算45万円。

値引き後42万円。


合計5万5千円の値引きだった。


わたしは思った。

たった数10分で5万5千円。


アルバイトだったら何日分なんだろう。

そう考えると、少し頭が痛くなった。

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