158.兄が見ている世界 —引越し準備⑨—
〇林さんは、
『それじゃあ、定期預金は一部解約という形で手続きを進めるわね。』
と言った。
兄は首を横に振る。
『いえ、全部解約でお願いします。』
『それと、3000万円は10年定期、1550万円は1年定期、残りは普通預金で考えています。』
『その場合の適用金利を教えてください。』
わたしは思った。
3000万円?
1550万円?
さっきから金額がおかしい。
もう高校生とか新社会人とかいう次元の話じゃない。
〇林さんは一瞬だけ嫌そうな顔をしたが、
『かしこまりました。』
と答え、条件を提示した。
兄は提示された資料を眺めながら、
『前回組み直した、じいちゃんの条件より低く感じるのは気のせいですか?』
と尋ねた。
〇林さんはニヤリと笑う。
『お祖父様とは金額も違いますし、お付き合いの長さも関係性も違いますからね。』
兄は真顔になった。
『毎月スケルトンダンスだったっけ?
さすがに、あれに加入しないと受けられない金利か。』
そう言って、少し座った目で〇林さんを見る。
〇林さんは即座に反論した。
『毎〇〇ンバだから!』
『その話まだ言うの!?
一回勧めただけじゃない。そもそも君、汚物を見るような目で私を見て、契約してないじゃない。』
『冗談は名前か手数料か信託報酬のどれかにしてくださいって、真顔で言われたこと、私今でも覚えてるんだから!』
『しかも新規受付終了してるし!』
兄は頷く。
『それなら良かったです。
毎月スケルトンダンスを踊る余力は無いので。』
『これくらい割り切った関係の方が俺は好きです。』
そう言って書類を書き始めた。
〇林さんは書類を確認しながら、
『はぁ……。』
とため息をつく。
『君が次期当主じゃなかったら、もっと気楽なんだけどねぇ。』
兄は何でもないことのように答えた。
『次期当主は亜衣に確定しましたよ。』
〇林さんは目を丸くした。
『え? 本当に?』
そして急に機嫌が良くなる。
『亜衣ちゃんかぁ。』
『私、ああいう子好きなのよね。』
嫌な予感がした。
『自分は賢いと思ってる。
だから自分より下だと思ってる相手には相談しない。』
『面倒だから細かい確認もしない。
でも本人はちゃんと考えてるつもり。』
〇林さんは楽しそうに続ける。
『多少違和感があっても、自分で解決しようとして抱え込みそうだし。
私も同じ高校卒業してるのよーって言ったら、すぐ懐いてくれそう。』
『可愛いじゃない。』
わたしは絶望した。
確かに次期当主の契りを交わした時も、何も確認しなかった。
否定できない。
悔しい…悔しいけど否定できない。
〇林さんは手帳を取り出した。
『そういえば、亜衣ちゃんって大怪我で入院してたんだっけ?もう一般病棟なんだよね?』
『年明けに挨拶へ行かなきゃ。』
やめろ。
本当にやめてくれ。
わたしは心の底からそう思った。
看護師さんと受付の人に、
「〇林さんは面会謝絶です」
ってお願いした方がいいかもしれない。
今のわたしでは分が悪すぎる。
しばらくして手続きが終わった。
〇林さんは笑顔で言う。
『はい、手続き完了!』
『定期預金は解約して、4550万円分は希望通り定期へ組み直しておいたから、残りは普通預金に移してあるわ。後はATMでお願いねー。』
兄は頷いた。
〇林さんは続ける。
『それと次回も窓口を利用する時は事前連絡ね。その時は、来ていいかまでちゃんと言うから。』
どうやら外回り中に呼び戻された件を、まだ根に持っているらしい。
兄は、
『わかりました。』
とだけ答えた。
銀行を出て車へ戻る。
しばらくして、まり姉が口を開いた。
『さあ、私もありちゃんも貯金額を教えたわよ!』
兄は即答する。
『金額は聞いてない。重さしか聞いてない。』
そう言って耳を塞いだ。
ありさは吹き出した。
さっきまで青ざめていたのに、すっかり元気を取り戻している。
わたしは兄を見ながら思った。
何だろう。
最近の兄は少し変だ。
まきとも。
陽子とも。
〇林さんとも。
完全に縁を切るわけじゃない。
でも以前より、少し距離を取ろうとしているように見える。
何か特定の人との関係だけを大切にして、それ以外は整理しようとしているような…?
そんな気がした。
もっとも。
〇林さんに関しては、距離を取るくらいで丁度いいのかもしれない。
油断したら、気付かないうちに色々契約させられそうだし。
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