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157.兄が見ている世界 —引越し準備⑧—

ありさが、

『1250万円の重さって、1.25kgくらいなんだ。』

と明るく言った後、

その表情が徐々に変わり、遠い目になった。

『じゃあ1万円札1枚は1g……。』

『私の18年間の貯金80万円だったから80g……0.08kg……。』


『さっきアパートの契約で20万円振り込んだから……60g……0.06kg……。』

と、ぶつぶつ呟き始めた。


まり姉は慌ててありさの肩を軽く叩く。

『ありちゃん、大丈夫!? しっかりして!!』

と呼びかけた。


ありさはまり姉と目が合うと、

『まりちゃんはいくらなの? 貯金……。』

と小さく尋ねる。


まり姉は、

『100g! 0.1kg!!』

と重さで答えた。


おいおい、まじか。

あのまり姉が動揺してるぞ!

貯金額を聞かれて、普通重さで答えるか?

この二人をここまで混乱させた張本人はというと――


定常運転だった。


〇林さんは兄へ視線を向けた。

『車が650万円って、何に乗るつもりなの?』


兄は即答する。

『ランクル70です。』


〇林さんは眉をひそめた。

『目的は通勤と普段の買い物、それから移動手段だったよね?

内定をもらった会社は山奥にでもあるのかな?

それとも山奥から出社するつもりなのかな?』


兄は首を傾げながら答える。

『近くに山はありますが、会社もアパートも普通に舗装された道路ですよ。』


〇林さんは額を押さえた。

『嫌味なんだけど……。』

と小さく呟く。


そして、

『それで、念のための500万円は何に備えてるの?』

と尋ねた。


兄は平然としている。

『ランクル70の申し込みが間に合わなかった場合、現行のランクル300を購入するためです。

多分、乗り出しで1000万円を超えると思います。』


〇林さんは数秒固まった。

その後、

『450万円まで!』

と突然言い放つ。


『車を含めた新生活の費用は450万円まで!』


『わかった?』


兄は目を丸くした。

『はあ?』

『ランクル70なら予算内です。』


〇林さんは即答する。

『私はそう思わない。』


兄は少し考えた後、

『維持費も含めて計算済みです。』

と答えた。


〇林さんは深いため息をつく。

『知ってる。』

『だから困ってるの。』


兄は黙った。

まり姉とありさも黙った。

何だろう。


今の会話だけで、二人とも兄に勝ち目が無いと察した気がする。


〇林さんは兄を見つめる。

『今まで私の言う通りにしていて、普段の買い物で周りから浮いたことあった?』


兄は少し考え、

『無いです。』

と答えた。


『そうだよね。』

〇林さんは頷く。

『だったら今回も私の言う通りにしなさい。』


兄は納得していない顔をしていた。

どうやらランクル70を諦めたわけではないらしい。

ちなみに、わたしはその車の大きさも形も知らない。

ただ、高い車なんだということだけは理解した。


〇林さんはふと、

まり姉とありさへ視線を向けた。

そして兄へ問いかける。

『ちなみに、その車のこと。この子達には相談したの?』


兄は、

『まだです。』

と答えた。


〇林さんは即座に言う。

『じゃあ駄目。』


兄は少し不満そうな顔になる。

『車を買うのは俺です。』


〇林さんは頷いた。

『そうだね。』

『お金を払うのも君。』

『維持するのも君。』

『だから最終的に決めるのも君。』


そこまで言った後、


少しだけ声を柔らかくした。

『でも長く乗るつもりなんでしょ?』


兄は、

『はい。』

と答える。


『だったらなおさら。』

〇林さんは続けた。

『その子たちのどっちが好きなのかは知らないけど。』


そう言って、まり姉とありさへ視線を向ける。

二人は突然話を振られ、キョトンとしていた。


『将来誰と結婚するのかも知らない。』


『でも、車高が高い車って乗り降りが大変なのよ。

もし将来、奥さんが妊娠した時、お腹で足元が見えなくなって―』

『なんてことが万が一でもあったら怖いでしょ?』


兄は、

『あ……。』

と小さく声を漏らした。

明らかに何かを考え始めている。


〇林さんは、その反応を見逃さなかった。

『今回買う車を長く乗るつもりなら。』


『好きな子の意見もちゃんと聞いてから決めた方がいいと、私は思うよ。』


兄は黙り込む。

今までのように数字も条件も出てこない。

珍しく、本当に考えているようだった。


そして最後に、

〇林さんは穏やかな口調で言った。

『お金はいつでも引き出せるんだから。今日は450万円にしておきなさい。』


『わかった?』


兄はしばらく考え込んだ後、

『はい。』

と素直に返事をした。


その瞬間、


〇林さんは兄から見えない位置で、小さくガッツポーズをした。


わたしは思う。

たぶん今は、言葉でも、数字でも、契約でも、

〇林さんは兄に勝てなくなっていた。

だから今回は違う。


まり姉とありさ。

兄が大切にしている人たちを使って、考え方そのものを変えたんだ。


この勝負―

〇林さんの勝ちだな!と。

ご意見 ご感想 よろしくお願いします。

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