156.兄が見ている世界 —引越し準備⑦—
兄が窓口へ向かうと、まり姉とありさも後ろから付いてきた。
恐らく、定期預金の解約がどんなものなのか気になるのだろう。
兄は受付の方へ、
『定期預金の解約をしたいんです。』
と伝え、通帳、免許証、印鑑をカウンターへ置いた。
受付の方は通帳とパソコンを見比べながら少し悩み、
『申し訳ありません。少しお待ちください。』
と頭を下げる。
そして奥に座っている人のところへ向かった。
奥の人も画面を確認すると、困ったような表情を浮かべる。
しばらくして二人で戻ってきた。
『申し訳ありませんが、定期預金は全額解約されるのでしょうか?』
と確認される。
兄は、
『部分的に解約してペナルティがあるくらいなら、全部解約して別で組み直します。』
と答えた。
すると、
『それは当行で、でしょうか?』
とさらに確認が入る。
兄は、
『条件次第では。』
とだけ返した。
二人は顔を見合わせる。
そして、
『ちなみに本日来店されることは、事前にご連絡いただいておりますでしょうか?』
と尋ねた。
兄はスマホを取り出し、
『昨日電話はしました。』
と着信履歴を見せる。
『〇林さんへ伝えています。』
そう答えると、二人は困ったような表情になった。
『〇林へ確認を行いたいので、こちらへお越しいただけますか。少々お待ちください。』
と案内され、兄は部屋へ向かった。
もちろん、まり姉とありさも一緒だ。
三人がソファへ座ると、
ありさが、
『定期預金って解約するの大変なんだねー。』
と呟いた。
まり姉も不思議そうに、
『そうかな?
前にお母さんが満期だからって解約した時は、こんな部屋に案内されてなかったよ。』
と首を傾げる。
しばらくすると、部屋のドアが開いた。
入ってきたのは〇林さんだった。
祖父の担当者であり、兄が幼い頃から世話になっている銀行員さんだ。
だが、その表情は明らかに不機嫌だった。
〇林さんは兄を見るなり、
『私は今日の午後から外回りだって言ったよね!?』
と声を上げる。
兄は落ち着いた様子で、
『事前に電話をすれば良いって〇林さんが言いましたよね。
電話はしました。』
と返した。
〇林さんは、
『は?
あの会話だったら別日に来ると思うでしょ!』
と反論する。
兄は、
『どう思うかは、その人の自由ですが……。』
と淡々と返した。
すると〇林さんは、
『そんな事言ってると女の子からモテないよ!』
と呆れたように言う。
だが、まり姉とありさの姿を見た瞬間、
『はぁ……。』
と大きなため息をついた。
もちろん、まり姉とありさはキョトンとした顔で、大人しく成り行きを見守っている。
ありさは小声で、
『あっくん、怒られてる?』
と尋ねる。
まり姉も、
『怒られてるように見えるね。』
と同じく小声で答えた。
兄は二人の声が聞こえているはずなのに、特に気にした様子もない。
そんな兄を見て、〇林さんは再びため息をついた。
『もういいや。
それで、今日は定期預金の解約だったよね?』
と話を本題へ戻す。
兄は頷き、
『はい。
アパートの初期費用と家具家電、それと車の購入資金に充てようと思っています。』
と説明した。
〇林さんは、
『全部合わせると結構な額になるよね。』
と確認する。
兄は、
『そうですね。
なので、一度整理したいと思っています。』
と答えた。
〇林さんは眉間に皺を寄せながら、
『何にいくら必要なの?』
と言ってメモ帳を取り出した。
兄は、
『アパートの初期費用と家具家電で約100万円です。』
と答える。
〇林さんはメモを取りながら、
『他には?』
と尋ねた。
兄は淡々と、
『通勤や買い物など、移動手段として車が650万円。』
と答えた。
〇林さんの眉間の皺が深くなる。
ありさは小声で、
『ねーねー、まりちゃん。
あっくん、何の車に乗るつもりなのかな?』
と尋ねた。
まり姉も、
『ありちゃん、気になるのそこ?
……いや、私も気になるけど。』
と呟く。
だが兄は周囲を気にせず、
『念のため、手元に500万円です。』
と続けた。
〇林さんのペンが止まる。
『ちょっと待って。』
そう言ってメモを見直した。
『100万円。
車が650万円。
それに手元資金が500万円。
合計1250万円ってこと?』
兄は、
『はい。』
と即答した。
〇林さんは額を押さえた。
『本当に現金で持ち帰るつもり?』
兄は不思議そうな顔で、
『はい。』
と答える。
『どうやって?』
と聞かれ、
兄は首を傾げた。
『手で持って帰ります。
1250万円なら約1.25kgですし。』
〇林さんは目を閉じた。
そして大きくため息をつき、
『そういう話じゃないの……。』
と呟いた。
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