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148.兄が見ている世界 —新居探し①—

兄は、ありさのペースに合わせながらゆっくりと歩いていた。


ふと立ち止まると、

『ねえ、ありちゃん。まりちゃんには内緒なんだけど、ちょっと悪巧みしてみない?』

と、いたずらっぽく笑う。


ありさは涙を拭いながら顔を上げた。

『え?』


兄はスマホを見せながら、

『明日の不動産屋さんの内見で、この物件だけは絶対見たいって伝えてあるんだけど……。』

と話し始める。


ありさは鼻をすすりながら、

『また勝手にやってー!って怒られても知らないよー。』

と、涙で腫れた目のまま笑った。


兄はニヤッと笑い、

『いいじゃん。俺だって三人一緒にいたいんだし。』


『何かあった時にすぐ駆けつけられるし、ありちゃんだってまりちゃんとお泊まりし放題になるんだから、悪い話じゃないでしょ?』

と続けた。


ありさもつられて笑う。

『私はいいよ。ただ職場までの距離とか通勤経路はちゃんと見てからだけどね。』


そう言うと、兄と同じような悪巧み顔になった。


兄は満足そうに頷く。

『もし条件が良かったら、一気に話を進められるように、ありちゃんのお母さんも午後から話し合いに参加できるよう頼んでおいた方がいいかもね。』


『そして一緒にまりちゃんに怒られよう!』


ありさは肩をすくめた。

『あー、怖いなー。』


二人は笑い合う。


少し目は腫れていたが、ありさはもう笑顔だった。


兄はそのまま家まで送り届ける。


ありさの両親は、

「何かあったの?」


という表情で兄を見たが、


ありさが、

『免許を一発で取れて、プレッシャーから解放されただけ!』


と説明すると、それ以上は追及されなかった。



次の日の朝。


まり姉、ありさ、兄の三人は不動産屋へ向かった。


まず最初に案内されたのは、兄が以前から第一候補にしていたアパートだった。


まだ建築が始まったばかりで、入居開始は三月上旬予定とのことだった。


その後も、ありさと兄が候補に挙げていた物件を、まり姉と相談しながら二件ずつ追加で見せてもらう。


距離的には、

ありさと兄の勤務先まで約六キロ。

まり姉の大学までは約八キロ。


おおむね学校と職場の中間地点に位置している。


徒歩では厳しいが、車やバスなら十分通える距離だった。


候補物件は近い場所に集中していたため、

『それでは五件まとめて見て回りましょう。』

という話になった。



最初に到着したのは、兄が第一候補にしていた物件だった。


まだ建築中で、作業員が忙しそうに動いている。


不動産屋さんが説明する。

『現在建築中ですので室内はご覧いただけません。』

『ただ、一階が1LDK、二階が2LDKの構成になります。』

『同じ間取りの完成済み物件がありますので、そちらで雰囲気は確認できますよ。』


兄は周囲を見回しながら、

『道路も広いし、駐車場も余裕がありそうだね。』

と二人に話しかける。


ありさは元気よく、

『うん!』

と頷いた。


一方、まり姉は慎重だ。

『確かに良さそうだけど、新築だから家賃高そうじゃない?』


兄は納得しながらも、

『それはあるね。』

と返した。


兄は不動産屋さんへ尋ねる。

『近くのバス停ってどこですか?』

『歩いて五分ほどですね。』

『少し見てきてもいいですか?』

『もちろん大丈夫ですよ。』

兄はまり姉とありさを連れてバス停へ向かった。


時刻表を確認しながら、

『まりちゃん、ここから大学通えそう?』

と聞く。


まり姉は時刻表を見ながら、

『この時間帯なら問題なさそう。

帰りも大丈夫だと思う。

便数もそこそこあるし便利かも。』

と答えた。


兄は安心したように頷く。


不動産屋さんの元へ戻ると、


『お待たせしました。

もし可能なら、二人が勤務予定の会社まで車で案内してもらえますか?』

とお願いした。


『大丈夫ですよ。』

不動産屋さんは快く引き受けてくれた。


実際に走ってみると、


兄は、

『ありちゃんの会社も、俺の会社も十分くらいかな。混んでも十五分くらいで着きそう。』

と話した。


ありさは満足そうな表情を浮かべる。


その後、

『同じ間取りの完成済み物件を見せていただけますか?』

とお願いし、別のアパートへ向かった。


ありさは一階の1LDKを見学する。


兄とまり姉は二階の2LDKへ。


部屋を一通り見た後、


兄はまり姉へ尋ねた。

『まりちゃん、俺はさっきの新築がいいんだけどダメかな?』


まり姉は少し悩みながら、

『私はいいよ。』


『でも家賃が一番高かったから気になるかな。』

と答える。


兄は笑いながら、

『でも毎日帰る場所なんだし、気に入った物件なら多少高くてもアリじゃない?』

と返した。


まり姉は苦笑する。

『それは分かるけどね。

固定費は安い方がいいし。

ここも築年数はそこそこだけど、リフォームされてて綺麗だよ?』


『私は結構ありだと思うけどな。』



兄は即答した。

『いやだ。』


まり姉は吹き出す。


不動産屋さんも思わず笑いながら、

『そこまで嫌がる理由は何ですか?』

と尋ねた。


兄は真面目な顔になる。

『都市ガスエリアなのに、プロパンガス契約が必須なんです。

しかもガス会社固定。

さらに電力会社まで指定されてる。』


『社会人一年目で、そこまで縛りが多いのはちょっと厳しいかなって。』


不動産屋さんは、

『なるほど。』

と苦笑した。


まり姉は、

『でもプロパンガスにもメリットあるじゃん。』

と反論する。


兄は頷いた。

『もちろんメリットもデメリットもあるよ。』


『でも、それを理解した上で自分で選ぶのと、最初から選択肢を無くされるのは別問題だから。』


『俺はそこが気になる。』

そう説明した。


まり姉は、

『確かにあっくんらしい理由だね。』

と呆れたように笑う。



私は思った。

兄は値段以上に、

「自分で選べるかどうか」

を大事にしている人なんだな、と。


そして不動産屋さんは苦笑いを浮かべていた。

私には、

「この子達、本当に細かいな……」

と言いたそうに見えた。

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