147.兄が見ている世界 —自動車学校46—
兄がありさへ、
『ありちゃん、帰ろうか。』
と声をかけると、
『本籍地のところ確認してなかったから、ちょっと見てくる。』
と言い、ありさは確認用の機械がある場所へ向かった。
兄は、どうせまだまだ時間がかかるだろうと思っていたが、機械の行列がかなり少なくなっていたため、自分も確認することにした。
画面を確認した兄は、
『本籍地確認ヨシ!』
と、小さく指差呼称する。
ありさは、その様子を見てクスッと笑った。
『そろそろ行こうか?』
と声をかけると、
兄も、
『うん。』
と頷いた。
バスで駅まで向かい、帰りの汽車でも二人は爆睡していた。
汽車からバスへ乗り換え、再び移動する。
まり姉がいない時の兄の定位置。
兄がありさの膝を借りようとした時、
ありさが、
『そういえば、明日の段取りって、アパート見に行くんだよね?』
と尋ねた。
兄は頷き、
『不動産屋さんとは話してあってね。』
『明日の九時に、それぞれ不動産屋さんへ直接集合。』
『そこで条件に合う物件を紹介してもらって、内見する物件が決まったら車で案内してもらう感じかな。』
と説明した。
ありさは、
『三人で同じ物件を見に行くの?』
と聞く。
兄は、
『内見する件数次第かな。』
と答えた。
ありさは、
『よく親も一緒に来てくださいって言われなかったねー。』
と感心したように言う。
兄は苦笑しながら、
『いや、一応言われたよ。』
『親御さんも一緒に来て欲しいとは言われた。』
『でも、まずは自分達で見て判断したいって伝えたんだ。』
『もし条件に合う良い物件があった場合どうするんですか?って聞かれたから、最終的には十八歳以上だから契約自体は可能ですし、一度見てから判断したいんですって話したら納得してくれた。』
『微妙だったら後日、親と一緒に改めて案内してもらうとも伝えたしね。』
と説明した。
ありさは、
『あはは、そうなんだー。』
と笑った。
わたしは、兄が相変わらず引く気ゼロで交渉したように聞こえて、不動産屋さんに少し同情してしまった。
兄は、
『確かに、いざとなれば引っ越しは出来るけどね。』
『家賃も安くないし、引っ越しってお金も手間もかかるから、最初にちゃんと決めたいんだよ。』
と話した。
ありさは、
『確かにそれはあるね。』
と頷く。
ありさも無駄なお金は使いたくないタイプだから、その気持ちはよく分かるみたいだ。
兄は軽くため息をつくと、ありさの横腹を優しくツンとついた。
ありさは、
『ひゃっ!?』
と肩を跳ねさせる。
『あっくん!?』
兄は少し心配そうな顔で、
『また色々考え込んでたでしょ?』
と言った。
そして、
『力の入れ過ぎ。』
『ありちゃんは何でも徹底的にやろうとするから、すぐ無理する。』
『そのままだとバテたり、病気や怪我したりするからほどほどにね。』
と続けた。
ありさは、
『分かってるよ……。』
と弱々しく返事をした。
兄は姿勢を正し、ありさの顔を真っ直ぐ見た。
『ありちゃん、二つ約束して欲しいんだけど、いい?』
ありさも真面目な顔になり、
『うん。』
と頷く。
兄は静かに言った。
『何か悩みがあったり、嫌なことがあったら、まりちゃんでも俺でもいいからすぐ相談すること。』
『それと、絶対に無理をしないこと。』
『心も体も、本当に壊れたら元には戻らないんだよ。』
その言葉を聞いたありさは、不機嫌そうに顔をしかめた。
そして、
『そんなこと言うなら、ずっと私と一緒にいてよ!』
と声を上げる。
『私をお嫁さんにして、まりちゃんと三人でずーっと一緒にいようよ!』
兄は少しだけ寂しそうに笑った。
『俺だって、それが出来るならずっと三人でいたいよ。』
そう言った後、
『まりちゃんと三人でいた頃は安心出来たよね。』
『何も考えずに笑えてた。』
『やりたい事も沢山あったし、毎日楽しかった。』
と懐かしそうに話した。
そして、
『でも時間だけは止まってくれないんだよ。』
と静かに続けた。
二人は家の近くのバス停で降りた。
ありさは下を向いたまま歩いている。
ときどき鼻をすする音が聞こえた。
兄は何も言わない。
ただ、ありさの歩く速度に合わせて隣を歩いていた。
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