145.兄が見ている世界 —自動車学校44—
運転免許試験場へ到着すると、既に長い列が出来ていた。
同い年くらいの人達が並んでいるから恐らく間違いない。
ただ、念のため先頭付近の案内を確認する。
数分後、受付が開始された。
自動車学校から受け取った書類を提出し、収入証紙を購入して手続きを進める。
筆記試験の受験者達は初めての場所で右往左往している。
しかし職員達は慣れた様子で次々と列を捌いていく。
迷っている人がいれば別の職員が案内し、それぞれが役割分担されている。
何だか分からないが凄い。
少し怖いくらいだ。
ありさと兄は視力検査を終え、指定された番号の席へ座る。
試験の説明が始まる少し前、
ありさはガチガチに緊張していた。
『私、トイレ行ってくる……。』
到着してから何度目か分からないトイレへ向かう。
兄は肩を優しく叩き、
『力入り過ぎ。』
と笑う。
『練習では全部合格点だったじゃん。』
『実技の時と同じ。いつも通りね。』
ありさは深く息を吐き、
『うん!』
と頷いた。
ありさのプレッシャーは、問題の難易度ではない。
親から時間が無いと言う圧。
ここまで来る往復の時間。
もし落ちた時の気まずい帰宅。
その辺りなんだろうな、とわたしは思った。
前後左右で問題用紙の種類が違うらしい。
手が込んでるなー、とわたしは感心した。
そして試験官の合図で筆記試験が始まった。
兄は慎重に問題を解いていく。
普段より慎重なのは、問題数が多く、もし途中でマークがズレていた場合に修正する時間が無いからだ。
一通り見直しを終えた頃、試験終了の合図が鳴った。
試験官が説明する。
『三十分後に合格者番号を発表します。』
『合格者は写真撮影がありますので、一時間後に⑤番の部屋の前へ並んでください。』
『点数を確認したい方は四十五分後に掲示しますので、ご確認ください。』
わたしは思った。
早っ!!
完全に流れ作業だ。
友達同士で、
『大丈夫かな?』
とか、
『あそこ何て答えた?』
とか、
そんな会話をする暇すら無い。
この人数が一斉に移動したら、それだけで終わりだ。
兄は退室待ちの列の後方で、人が減るのを待っている。
ありさは――
人の流れに飲み込まれながら、そのまま退室していった。
兄はそんな姿を見て、クスッと笑っていた。
自信を無くして落ち込んでいる表情ではない。
いつものありさらしい表情だったからだ。
当然ながら、合格発表までに二人が合流することは無かった。
それぞれが自分の番号を確認し、無事合格していることを知る。
しばらくして人が少なくなると、
ありさの方から兄へ近付いてきた。
『あっくん!』
『私がもみくちゃにされながら部屋から出てたの見て笑ってたでしょ!』
兄は素直に頷く。
『うん。』
『涙目になりながら、人の流れに逆らうことも出来ず右往左往してるありちゃんが可愛すぎた。』
思い出したのか、また笑っている。
ありさは頬を膨らませ、
『もう!』
と言いながら兄をポカポカ叩いた。
兄はその手を軽く握り、
片手でありさを引き寄せる。
『ありちゃんの表情に暗い所が無かったからね。』
『試験は大丈夫だろうなって思ってた。』
そう言って少し身体を離し、
ありさの頭を優しく撫でた。
『ありちゃん、よく頑張りました。』
ありさは顔を赤くしながら、
『私だって、やれば出来るし!』
とそっぽを向く。
兄は笑いながら、
『うん。知ってるよ。』
と答え、
そのままありさの頭を撫で続けた。
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