131.兄が見ている世界 —自動車学校30—
兄は、ありさをスルーすると、
隣に座る陽子を自身の方へ抱き寄せ、頭を撫でながら、
『陽子は、いつもよく頑張ってて本当に偉いよ。
これからは、無理しすぎないように肩の力を抜いて、リラックスすることを忘れないようにね。』
『何かあったときは、いつでも、どんなことでもいいから相談してほしいな。』
と言った。
そして、にっこりと微笑むと、ふっと陽子から離れ、ありさの方へ向かう。
陽子は、
『あ……』
と小さく声を漏らし、名残惜しそうに少しだけ手を伸ばしたが、途中でやめた。
兄がありさの前に立つと、
ありさは、
『え? 何? 何?』
と不思議そうな顔をする。
すると兄は、両手でありさの頬を優しく挟み、そのまま左右にグニグニと動かした。
兄は、
『ありちゃん、さっきのは陽子に対しても、俺に対しても失礼だよー』
と言う。
ありさは、
『え? え?』
と言いながらも、兄の好きにさせている。
しばらくして、
『わかった! 謝るからもうやめて!』
と言うと、
兄は満足そうに、
『ヨシ! お利口さん。』
と言って、ありさの頭を撫でた。
ありさは陽子の前へ行き、目線を合わせる。
そして真面目な顔で、
『体重が急増して、我を忘れて騒いでごめんなさい。』
と頭を下げた。
陽子は、
『あー、うん。大丈夫!』
と笑顔で答える。
兄は二人へ向かって、
『ありちゃん、陽子。行こうか!』
と言った。
その後、三人は自動車学校へ戻った。
そして、その日の教習を終えると、帰りのバスへ乗り込む。
途中で陽子は、自宅近くのバス停で降りた。
兄とありさは、その姿を見送る。
陽子が見えなくなると、兄はありさの方を向いた。
『ありちゃん。ありがとね。』
ありさは、
『いきなりどうしたの?』
と首を傾げる。
兄は優しい笑顔で、
『陽子のこともだけど、ありちゃんが居てくれたから、こんなに早く立ち直ることが出来たんだと思うよ。
いつもありがとね。』
と言った。
ありさは少し照れながら、
『まあ、ほっとけなかったってのが大きいし、いいよ。』
と答える。
だが、すぐに兄を見て、
『あっくんが、私のこと、どう思ってるのか知りたいなー』
と、目だけ笑っていない笑顔を向けた。
兄は困ったように笑い、
『今まで何回も言ったからなー。』
と答える。
するとありさは、
『女の子はねー』
と言いかける。
兄はその先を引き取るように、
『自分の良いところや、言われて嬉しいことは何回でも言ってほしいし、状態の変化を確認するためにも聞きたいんだっけ?』
と言った。
ありさは満足そうな顔になり、
『わかってるじゃん!』
と笑う。
そして、
『じゃあ言ってよ。』
と、少し甘えるような声で言った。
兄は、
『ありちゃんが望むのであれば何度でも。』
と言う。
そして、兄はありさの好きなところを口にする。
『まずは努力家なところだよね。
陽子とは違う意味で努力するよね。
ありちゃんは、他の人が出来て自分が出来なかったことがあったら、徹底的に何度も何度も練習して出来るようになる。
その姿勢は、本当に素敵だと思う。』
と言った。
ありさは嬉しそうに耳を傾けている。
兄は続ける。
『次は、周りをしっかり見ているところ。
無理して自分を合わせるんじゃなくて、困っている人に手を差し伸べて寄り添う優しさを持ってるところ。
俺は子どもの頃から、そういうありちゃんが大好きだよ。』
ありさの頬が少し赤くなる。
兄は笑いながら、
『たまに自分の想定を超える問題が起きたときに戸惑うところとか、暴走するときも、かわいいんだよねー。』
と言った。
ありさは、
『へへーん。』
と得意げな顔になる。
兄は、
『でも、陽子に対しては言い過ぎだったよねー。』
と言う。
そして再び両手をありさの頬へ添えた。
だが、すぐに手を離し、
『まあ、それはそれで楽しかったからいいか。』
と笑った。
ありさも少し吹き出す。
その後、兄は思い出したように、
『そういえば、ありちゃんのって1.5キロもあるんだねー。』
と言った。
ありさはニヤリと笑う。
『結婚を前提にお付き合いしてくれるなら、好きなだけ触らせてあげるー。』
と誘惑するように言った。
しかし兄は、
『そんな重量あるんだったら肩凝るでしょ!
マッサージするから背中向けて。』
と返した。
そしてバス停へ到着するまで、ありさの肩や背中を丁寧にマッサージし続けた。
兄を誘惑するには、ありさの1.5キロをもってしても無理なのかー。
と、わたしは思った。
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