125.兄が見ている世界 —自動車学校24—
数時間後、兄は寒さと息苦しさで目を覚ました。
ありさが陽子と兄の布団を剥ぎ取り、一人で包まっている。
一方の陽子は、震えながら兄に抱きついていた。
押し入れから別の布団を出そうとした時、ふと兄の中にいたずら心が芽生える。
ありさと陽子、それぞれの寝顔と現在の状況を動画で撮影した。
兄は陽子を見て、
『寝てる時も昨日の朝みたいだね。寝る時くらい安心して、おやすみ。』
と呟きながら髪を撫でる。
その後、ありさが独占している布団を回収しようとした。
さっきまで口を開けて軽い寝息を立てていたありさだったが、急に顔をしかめる。
『ぶーーーーっ!ぶっぶっぶ!!』
と盛大なオナラで兄を威嚇した。
兄はしばらく呆然とした後、
『昨日いっぱい食べてたからねー』
と苦笑した。
結局、ありさから布団を取り返すのは諦め、押し入れから出した布団を陽子に掛ける。
そして朝のお務めへ向かった。
兄が戻る頃には、二人とも着替えと身支度を終え、朝食を待っていた。
兄が、
『おはよ!』
と声を掛けると、
『おはよ!』
と二人も元気よく返した。
兄が食卓へ着く頃には朝食も並び、三人で食べ始める。
兄は笑いながら、
『ありちゃん、今日はいつもより多めに準備してくれてるみたいだから、昨日足りなかった分もいっぱい食べてね!』
と声を掛けた。
ありさは胸を張る。
『私、年頃の女の子なので、そんなガッツいたりしないから!』
今日の朝食は、
ご飯、味噌汁、焼き魚、大根おろし、漬物。
しかし、さっきの発言はどこへ行ったのか。
ありさは、
『大根おろしって、こんな美味しかったんだー』
と感動しながらモリモリ食べている。
すでに大根おろしとご飯をおかわり済みだ。
そんなありさを見て、陽子は笑う。
そして兄を見ると、少し照れたような表情を浮かべた。
兄は、
『さあ、陽子もいっぱい食べて。
今日もスタンプ集め頑張ろう!
俺は今日、路上教習が三枠あるんだ。
九時、十一時、十三時だから、十四時から十八時の間なら陽子とカフェに行けそうかな。』
と話した。
陽子は笑顔で頷く。
『私、今日仮免の試験だから、終わった後なら行けるよー。
私も楽しみにしてるから。』
すると、ありさが口を挟む。
『私は?』
兄はすぐに答えた。
『ありちゃんは十時と十四時だから、十五時からなら三人で行けるね。』
ありさは、
『私、今日も二枠しかないのー』
と悲しそうに肩を落とした。
すでに兄もありさも学科は全て終わっている。
残るのは実技だけだ。
空き時間は模擬試験を解くか、学科を復習するか、誰かと話すくらいしかやる事がない。
もっとも、ありさにとっては、その空き時間こそが理想の自動車学校ライフなのだが…
親からのプレッシャーさえ無ければ。
そんな事を考えている間にも、ありさと陽子は順調におかわりを続けていた。
焼き魚はすでに品切れ。
大根おろしも漬物も味噌汁も、ご飯も底が見え始めている。
『おかわり!』
二人が同時に声を上げた。
兄は顔を引きつらせながらも笑顔を作る。
『もう二人分ずつは無いから、残りを半分ずつでいいかな?』
すると陽子が、
『ありありの方がいっぱい食べてたから、私にちょーだい!』
と主張した。
ありさも負けていない。
『早い者勝ちでしょ!
ゆっくり食べてた方が悪いしー!』
陽子は即座に反撃する。
『ありあり、めっちゃガッツいてんじゃん!
ガツガツ食べないって言ってたのにー!』
ありさが言い返そうとした瞬間、
パンッ!
兄が手を叩いた。
『残りは二人ではんぶんこ。
いいね?』
二人は素直に返事をする。
『はい……』
そして、はんぶんこしたご飯を食べ始めた。
その時、兄が思い出したように口を開く。
『あ、そういえば二人とも寝顔気にしてたから動画撮ったよ。』
ありさと陽子は同時にむせた。
ありさが咳き込みながら兄へ迫る。
『見せて!』
陽子もコクコクと頷く。
兄はおにぎりを食べながら、
『気になるなら送ろうか?』
と提案した。
すると二人は声を揃える。
『欲しいから送って!』
兄は勢いに押されながらも動画を送信した。
それぞれのスマホで動画を確認した二人の反応は対照的だった。
陽子は、兄に撫でられた場所を自分でも撫でながらニコニコしている。
一方のありさは激怒していた。
『なんでこんな動画撮ったの!?
あーもう!
私、お嫁に行けないじゃん!
あっくんが責任取るんだよ!
わかってる!?』
兄はスッと横を向く。
『欲しいって言ったから送っただけじゃん。』
ぼそりと呟いた。
『あっくん!!』
ありさの怒気がさらに強まる。
そこへ陽子が割って入った。
『ありありが前日に食べ過ぎたのと、布団独り占めしてたからじゃん。
それに、お嫁にしろは流石にねー。』
兄をかばう。
ありさは新たな標的を見つけた。
『陽子だって、生まれたての子鹿みたいに震えて!
可愛い子アピールのつもり?
何?
あっくんにアピってるの?』
陽子も負けない。
『はあ?
ありありが布団独り占めしてたせいじゃん。』
もう、ありさは狂犬のように手当たり次第に噛みつき始めていた。
兄はもう一度、
パンッ!
と手を叩く。
二人が静かになったのを確認して告げた。
『全員、今からスマホの動画を削除する。
それでいいね?』
陽子は残念そうに頷く。
だが、ありさは再び兄へ矛先を向けた。
『元はと言えば、あっくんが動画撮ったからだからね!』と叫んだ。
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