122.兄が見ている世界 —自動車学校21—
「バス停、通り過ぎちゃったね」
兄がぽつりと呟くと、ありさがすぐに反応した。
「もう! あっくんが変なこと言うからでしょ!」
兄は目を丸くする。
「え? どういうこと?」
わたしは、その反応を見て少し安心した。
兄の常識は、たまに周囲の非常識とズレている。
兄と関わり続けていると、たまに自分の方がおかしいのではないかと思うことがあるのだ。
兄は気を取り直したように、
「今日もうちに泊まる? 着替えはないから、俺のを貸す形になっちゃうけど……」
と陽子へ尋ねた。
陽子は一瞬何かを想像したのか、嬉しそうな笑顔になった。
「うん! 泊まらせて! 今から親に連絡するね」
そう言うとスマホを操作し始める。
すると、ありさがすぐに口を挟んだ。
「あっくんが貸さなくても、私のを陽子ちゃんに貸すから!」
陽子は平然とした顔で、
「わざわざあっくんが貸してくれるって言ってるんだから、ありありは気にしなくて大丈夫だよ」
と返した。
ありさは少し苛立った様子で、
「とりあえず帰りにコンビニで下着を買いに行くよ!」
と陽子へ告げた。
バスが、ありさと兄が普段利用しているバス停へ到着する。
三人はバスを降り、そのまま近くのコンビニへ向かった。
だが店に入る直前、
「あっくんは外で待ってて!」
とありさが兄を制止する。
なかなか思い通りに進まないからか、ありさはずいぶんイライラしているなーと、わたしは思った。
しばらくして、ありさと陽子が店から出てくる。
三人は再び家へ向かって歩き始めた。
陽子が買ったばかりの商品を見ながら、
「ねー、ありあり。このパンツ、かなりペラペラじゃん。それとさー……」
と言いかけた瞬間、
「シーッ!!」
ありさが慌てて口を塞ぐ。
「異性の前でそういう話はしないの!」
今のありさには、行動一つ一つに
『ふん! ふん!』
という効果音を付けたらよく似合いそうだ。
しばらくして、ありさは一度自宅へ戻り、自分と陽子の着替えを持ってきた。
その様子を見て陽子が尋ねる。
「ありありも今日、あっくん家に泊まるの?」
ありさは当然のように答えた。
「お年頃の男女が一対一で泊まるのはダメでしょ!」
今の効果音は、
『ぷん! ぷん!』
かな?
と、わたしは思った。
すると陽子が不思議そうな顔で言う。
「でも、ありありが前に言ってたじゃん。後輩の女の子とあっくんが一対一で生活してたって」
ありさが固まった。
効果音を付けるなら、
『ピキーン!』
だな。
わたしはそう思った。
しかし、その硬直も数秒だった。
ありさは勢いよく復活する。
「それはそれ! これはこれなの!!」
そう力強く主張した後、
「それに、二人ともそういう関係にはならなかったって言ってたし……」
と続けた。
だが途中から顔が真っ赤になり、声がどんどん小さくなっていく。
ようやく落ち着いてきたかな。
そう思った矢先、
陽子が首を傾げる。
「そういう関係って、せっ……」
「あーーーーーっ!!」
ありさが絶叫して陽子の言葉を遮った。
陽子。
もう、ありさを壊すのはやめてあげようぜ。
本当に壊れる寸前だぞ。
と、わたしは思った。
そして自宅へ到着する頃には、ありさはすっかりフラフラになっていた。
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