121.兄が見ている世界 —自動車学校20—
ありさは、
「あっくんのばか」
と不機嫌そうにそっぽを向き、陽子もどこか冷ややかな視線を兄へ向けていた。
さすがの兄も気まずいようで、なかなか声を掛けられない。
それでも意を決したように、
「そろそろバスの時間だから行こうか」
と二人を促した。
3人はバスへ乗り込む。
車内でも、ありさはぷいっと横を向いたまま。
兄と目を合わせようとしない。
この状態では話しかけづらいのか、兄は陽子へ視線を向けた。
「陽子ちゃん、今朝はいろいろあったけど、自動車学校に着いてからは何事もなく過ごせたかな?」
陽子はにこりと笑う。
「うん」
「良かった」
兄も安心したように微笑み、
「陽子ちゃんの友達が、俺が一人でカラオケに行ったのを見てたんだよね? あのお店って、よく利用するの?」
と続けた。
陽子は一瞬きょとんとした後、
「カラオケというか、その近くのカフェによく行ってたよー」
と教えてくれる。
「あのお店、オシャレだもんね。陽子ちゃんのおすすめはある?」
そう尋ねられた陽子は少し考え、
「季節の果物を使ったメニューが多いから時期によるけど、今ならキャラメルとナッツのラテに、いちごタルトかな?」
と紹介した。
「美味しそうだね」
兄は素直に感心し、
「お互い時間が空いてる時に、一緒に行かない? 気にはなってたんだけど、男一人だと入りづらくて……」
と誘う。
陽子は思わず吹き出した。
「いいよ。確かに男の人一人だと入りにくそうだもんね」
「じゃあ、明日お互い空き時間があったら行こうか。教習の合間に一息つくにはちょうど良さそうだし」
「うん、いいね!」
陽子は楽しそうに頷いた。
その時、兄は妙な視線を感じた。
振り向くと、先ほどまで横を向いていたありさが、じーっとこちらを見ている。
いや、見ているというより睨んでいる。
兄は慌ててフォローを入れた。
「もし良かったら、ありちゃんも一緒に行こうよ。ありちゃんがいてくれたから、安心してリラックスできたわけだし」
ありさは腕を組みながら、
「仕方ないなー。でも、まだ許してないから」
と唇を尖らせる。
兄は素直に頭を下げた。
「ごめんね」
すると、ありさは少しだけ機嫌を直したようで、
「罰として、次から私も誘ってね。あっくんがどんな歌を歌うのか興味あるし」
と、いたずらっぽく笑った。
しかし兄は、
「え?」
と首を傾げる。
ありさは嫌な予感がした。
「……カラオケ行ったんだよね?」
「うん」
兄は何の迷いもなく頷く。
「何しに行ったの?」
ありさの問いに、兄は実に平然と答えた。
「大画面で映画のDVDを観るため」
ありさは固まった。
「……一曲も歌ってないの?」
念のため確認する。
「うん」
兄はあっさり肯定し、
「映画二本目の途中で寝落ちしてたし」
と付け加えた。
その答えに衝撃を受けた陽子は、自分が降りるはずのバス停を通り過ぎてしまう。
ありさは深いため息をつき、
「やっぱり次からも一人で行っていいよ」
と、呆れ半分で呟いた。
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