120.兄が見ている世界 —自動車学校19—
兄は午前中の教習を終えると、ありさへ
「ありちゃん、ちょっと散歩してくるねー」
と声を掛け、一人で出掛けていった。
向かった先はカラオケだった。
兄は一人で部屋へ入り、ソファへ腰を下ろす。
わたしは、兄が何を歌うのかワクワクしていた。
しかし兄が取り出したのは、古いDVDだった。
何のDVDだろうと思ったら、
『ニュー〇ークの恋人』
だった。
デカいスクリーンで映画を観たかっただけかい!
と、思わず突っ込んでしまう。
その後は『タイ〇ニック』。
兄は、
「やっぱり大きい画面で観ると迫力が違うなー」
などと呟いている。
違うだろ!
陽子をありさに任せて、自分はソファに寝転がって映画鑑賞って、お前は!!
と、わたしは憤慨した。
そのまま寝落ちしていたらしく、時刻アラームで目を覚ます。
わたしは、
わーこいつ、一度も歌わずにカラオケを出ようとしてる。
と思った。
寝ぼけたままスマホを操作し、あちこちをタップしている。
ちなみに兄は、まき・みき姉妹の一件以降、常にスマホを持ち歩き、最低でも一度は画面を確認するようになっていた。
兄が自動車学校へ戻ると、校内が少し騒がしかった。
今朝、ありさ、陽子、兄の進路を塞いでいた三人が怪我をしていたからだ。
元々ロッカー事件で腕を怪我していた女子は、反対側の腕にも包帯を巻いている。
印象の薄かった女子も腕に包帯。
中心人物のあおいは首に包帯を巻いていた。
わたしは、
バスに乗り込んだ時の悲鳴って、この子達だったんだー
と思った。
同時に、兄が言っていた「傷薬」と何か関係があるのかとも考えたが、よく分からなかったので考えるのをやめる。
偶然と言われても納得できる自信は無いけれど。
兄を見つけたありさと陽子が近付いてくる。
しかし、その前に警察官が兄へ声を掛けた。
警察官はため息をつきながら、
「今から教習なんだろう。その後、少し話を聞かせてもらえないかな?」
と尋ねる。
兄は素直に了承した。
教習を終えて戻ってくると、兄は近くにいた警察官へ、
「路上教習が終わりました。どちらへ行けばいいですか?」
と声を掛ける。
警察官は、
「応接室を借りているから、こっちに来て」
と言い、兄を案内した。
応接室に入ると、警察官が尋ねる。
「先ほど荒木ありささんや田中陽子さんにも話を聞いたんだが、この件について何か知っていることはあるかな?」
兄は首を傾げる。
「路上教習前までは席を外していましたし、さっき戻ってきたばかりなので、何のことか分かりません。」
警察官は軽く頷き、
「さっき、女の子三人が包帯を巻いていたのは見たよね。
朝、君達と会った後にこうなったらしくてね。
何か心当たりはないかな?」
と続けた。
兄は即座に答える。
「僕は彼女達に指一本触れていませんし、危害も加えていません。
監視カメラを確認された方が良いと思います。」
警察官は苦笑した。
「監視カメラは確認したよ。
だからこそ不思議なんだ。
前回のロッカー事件もそうだが、今回も本人達は『強い風が吹いたと思ったら怪我をしていた』と話していてね。」
そう言って深いため息をつく。
そして、
「君が何もしていないことは映像で確認できている。
もう戻って構わないよ。」
と告げた。
兄は警察官へ一礼し、応接室を後にした。
そのまま、ありさと陽子のいる場所へ向かう。
ありさが心配そうに尋ねた。
「あっくんも警察官から今朝のこと聞かれたの?」
兄は頷く。
「ありちゃん達も聞かれたって言ってたからね。」
ありさと陽子は、そろってため息をついた。
すると、ありさがじっと兄を見る。
「ところで、私達が警察官と話してた時、あっくんはどこで何してたのかな?」
少し圧のある声だった。
兄は平然と答える。
「散歩だよ。」
ありさは追及をやめない。
「陽子ちゃんの友達が、一人でカラオケに入っていくあっくんを見たって言ってたけど?」
兄は観念したように答えた。
「大画面で映画を見たくなって。
カラオケでDVDを二本観て、そのまま寝落ちしてました。」
ありさの腕がぷるぷる震える。
「私に陽子ちゃんを丸投げして?」
と確認するように聞いた。
兄は一瞬だけ考えた。
どう弁解しても結果は同じだと悟ったらしい。
素直に頭を下げる。
「ごめんなさい。」
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