116.兄が見ている世界 —自動車学校⑮—
兄が目を覚ますと、目の前で陽子が眠っていた。
兄は、陽子が風邪をひかないようにしっかり掛け布団を掛けると、そのまま朝のお務めへ向かった。
朝のお務めを終えて戻ってくると、陽子がありさに叱られていた。
兄が、
『ありちゃん、陽子ちゃん、おはよ。』
と声を掛けると、
ありさは兄の元へ駆け寄り、ペタペタと体を触って異常がないか確認する。
そして安心した表情になると、
『あっくんも、あっくんだよ!
私一人放置して、二人で寝てるなんてー!!』
と抗議した。
わたしは、
「ありさは朝から元気だなー」
と思った。
陽子と兄は、そんなありさを宥めながら三人で朝食を取る。
イライラもあってか、ありさはご飯を四杯おかわりし、その勢いにつられるように陽子も二杯おかわりした。
わたしは、
「この家に泊まりに来ると食欲が増すのか?」
と思ってしまう。
ただ兄だけは、いつも通り小さなおにぎりをゆっくり食べていた。
食事を終えると、三人はバス停へ向かう。
ありさが、
『いつまでおにぎり食べてるのー?』
と呆れたように尋ねる。
兄は、
『はい! 今、食べ終わりました!』
と元気よく報告した。
ありさは、
『はいはい。よくできました。』
と軽く受け流す。
その光景を見ていた陽子は、
『毎日楽しそうでいいなー。』
とぽつりと漏らした。
兄は少し寂しそうに微笑む。
『うん。とっても楽しいよ。
もうすぐ卒業なんだけどね。』
ありさも、どこか寂しそうな顔をしていた。
しばらくして兄が、
『ありちゃん、何年か後に楽しい思い出だったって言えるようにしておきたいね。』
と語りかける。
ありさは笑顔で頷いた。
『うん。』
やがてバスが到着し、三人は乗り込む。
しばらくすると、陽子が乗るバス停に到着した。
だが昨日まで一緒だった女子軍団の姿が見当たらない。
兄は、
『陽子ちゃんの家の近くで待ち構えていて、バスに間に合わなかったとかかな?』
と冗談めかして言う。
昨日のことを思い出したのか、陽子は兄にしがみ付いた。
兄は優しく頭を撫でる。
『俺達がいるから安心してね。』
するとありさが少し頬を膨らませる。
『あっくんが変なこと言うからじゃん。』
自動車学校へ到着すると、女子軍団は既に来ているようだった。
兄は女子軍団の方を見ながら、
『今思うとさ、陽子ちゃんが家を出るまでに身支度して、陽子ちゃんの家の近くでスタンバイしてるんだよね?
凄いよねー。
俺にはバカバカしくて真似できないや。』
と感心したように言う。
ありさは慌てて、
『あっくん! 聞こえるから!』
と小声で制止した。
しかし女子軍団は兄をちらりと見るだけで、何もしてこない。
昼休憩も、帰宅時も、特に何事もなく過ぎていった。
三人で自宅へ戻ると、じいちゃんが母屋の玄関で兄を待っていた。
兄はありさと陽子に、
『離れでゆっくりしてて。』
と伝え、じいちゃんの元へ向かう。
じいちゃんは兄を見るなり切り出した。
『篤志、さっき警察から連絡があったぞ。
不審な点はないということで、嫌疑が晴れたそうだ。』
兄は安堵した表情を浮かべた。
『よかった。』
するとじいちゃんは続ける。
『篤志、本当にこの家を出て行くつもりなんだな。
亜衣が継げると思うか?』
兄は少し呆れた顔になる。
『久しぶりに会ったのに、その話題?』
そう言った後、真面目な表情になった。
『俺は出て行きたいと思ってる。
外へ出てみたい。
色んなものを見てみたい。
そして、まりちゃんと結婚したい。』
じいちゃんは小さくため息をついた。
『昔から変わらんな。』
兄は軽く笑う。
『それと、あいちゃんが継げるかどうかだけど。
最低限、分家の人達とコミュニケーションを取れるようにはなったよ。』
じいちゃんは目を丸くした。
『そうなのか?』
兄は頷く。
『まだ未熟だけどね。
見える色んなものと会話して、看護師さん達から気味悪がられてるくらいだから。』
わたしは思わずツッコんだ。
「おい! マジか!
少しおかしいね程度じゃなかったの!?」
兄は構わず続ける。
『ようやく自分の立場を自覚し始めたから、退院したら会ってやってよ。
俺も立ち会うから。』
じいちゃんは静かに頷いた。
『わかった。』
わたしは兄へ問いかける。
『あっくん。
既にじいちゃんと交渉済みだったの?
しかも、あっくん立ち会いって……。』
すると兄は当然のような顔で返した。
『自分で俺から譲歩を引き出したと思ってたの?』
こいつは、こんなやつだったー!
わたしは心の中で歯噛みした。
ご意見 ご感想 よろしくお願いします。




