113.兄が見ている世界 —自動車学校⑫—
兄が部屋から出ると、
『あっくん、大丈夫だった?』
と、ありさが駆け寄ってきた。
わたしは、揺れるありさのおっぱいを見て、日常に戻ってきたことを実感した。
兄は笑顔で、
『大丈夫だよ。何も悪いことしてないんだから、正々堂々としてればいいだけ。』
と言う。
相変わらず陽子は兄の腕にしがみ付いていた。
ありさは兄に耳打ちする。
『そうだけど、内定決まってるんだから、変なことになって取り消されたら大変だよ!』
兄は笑いながら、
『大丈夫! そうならないように、じいちゃんも動いてるみたいだし。』
と答えた。
そして陽子の頭を撫でながら、
『何も心配いらないからね。』
と優しく声を掛ける。
陽子は、
『うん……』
と弱々しく返事をした。
わたしは思う。
初対面の頃の印象からは、ずいぶん変わったなー。
これがこの子の素なら、相当無理してたんだなー、と。
兄はありさと陽子へ向き直る。
『残りの時間も気を引き締めていこう!』
この場の空気を和ませようと、明るい声で言った。
ありさはため息混じりに返事をし、
陽子は、
『おー!』
と小さな声を上げ、小さく拳を突き上げた。
そして十八時のバスで帰宅する時間になった。
しかし女子軍団は、相変わらず兄を睨み付けている。
ありさは目を合わせないように横を向き、
陽子は怯えて兄にしがみ付いた。
兄は軽くため息をつく。
そして陽子をありさへ託し、女子軍団へ近付いた。
『何がしたいの?
卒業間近で警察沙汰を起こして、多分だけど、あの子は器物損壊と窃盗未遂で内定取り消しだよ。
そこまでして自分の将来を棒に振って、その子に尽くす理由を教えてよ。』
女子軍団は恨めしそうな目で兄を見る。
兄は軽くため息をついた。
『このグループも、あと三ヶ月後には卒業と共に自然消滅するものなのに、どうしてそこまで尽くせるのか教えて欲しい。』
わたしには分かる。
兄は本気で疑問に思って、本気で聞いている。
自分が理解できないものを前にすると、興味を抑えられなくなるのだ。
だが女子軍団は目を泳がせるだけで、兄の問いには答えなかった。
兄は深くため息をつく。
『非常に残念だよ。』
そう言い残し、ありさと陽子の待つ席へ戻った。
陽子が降りるバス停に到着した。
すると兄が、
『俺も付いていくよ。』
と言って立ち上がる。
陽子と一緒にバスを降りようとする兄を見て、ありさも慌てて後を追った。
三人で歩いていると、
兄がふと思い付いたような顔をした。
『ねえ、陽子ちゃん。
またあの女子軍団に何かされても困るし、俺の家に泊まる?』
そう言って陽子へ尋ねた。
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