109.兄が見ている世界 —自動車学校⑧—
兄が陽子へ、
『じゃあ行こうか!』
と手を差し伸べた。
陽子は、
『うん……』
と言って兄の手を握る。
路上教習へ向かう途中、陽子と同じ高校の生徒達とすれ違った。
『あー陽子。工業生の男とさっそく仲良くなってんじゃん。私らにも紹介してよー』
陽子の足がピタッと止まる。
すると兄は、
『陽子ちゃん、行こっか?』
と優しく声を掛けた。
わたしは、
『陽子、この子達に逆らえないのかな?』
と思った。
すると兄はさっと陽子の前に立ち、
『今から路上教習なんだ。
陽子ちゃんに俺の運転を見てて欲しいから、ごめんね』
と言った。
そして、そのまま陽子とありさを連れて教習車へ向かう。
教官は笑いながら、
『両手に花だねー』
と言った。
そして、
『今日は初めての路上だから、道幅が広くて急勾配の坂道があるコースを走ってみようか』
と言う。
兄は、
『はい』
と返事をした。
兄はありさと陽子へ、
『ちゃんとシートベルト付けてね』
と声を掛けてから、車の周囲を確認して運転席へ乗り込む。
下り坂ではエンジンブレーキを使いながら速度を抑え、
上り坂では適切にギアを下げる。
急カーブでも十分に減速し、無難に初めての路上教習を終えた。
その間、ありさと陽子は仲良くおしゃべりをしている。
兄はその様子を見て、安堵の息を吐いた。
兄の教習が終わると、陽子は建物へ戻ろうとした。
『陽子ちゃん、次は学科かな?』
兄が尋ねる。
陽子は首を横に振った。
すると兄は、
『次はありちゃんの番だから一緒に乗ろうよ。
最後は陽子ちゃんの運転も見せてね!』
と言った。
その時、教官が、
『俺はトイレ行ってくるから勝手に運転するなよ』
と言う。
三人は、
『はーい』
と返事をした。
教官が離れると、ありさが真面目な顔で言った。
『無理してあの子達の所へ行かなくていいからね。
陽子ちゃんが良ければ、私達の所に居てもいいんだよ』
兄は『また何か思いついたな』という顔をした。
そして陽子の頭を自分の太ももへ乗せ、優しく撫でながら言う。
『陽子ちゃんは良い子だね。
周りに気を配れて偉いね。
でも、ありちゃんと俺の前では何も気を使わなくていいからね。
素のままで居てくれればいいよ』
そこへ教官が戻ってきた。
教官は怪訝そうな顔で、
『俺が任せられてる車で何やってんだ?』
と言った。
特に兄を見ながら。
兄は平然と、
『陽子ちゃんは、よく頑張ってるよーって褒めてただけです。
ね、陽子ちゃん』
と言う。
兄が陽子を見ると、陽子は涙目になっていた。
『うん』
陽子は涙を隠すように答えた。
教官は、
『涙目じゃん!』
と言う。
しかし陽子は、
『コンタクトがズレただけです』
と返した。
教官は、
『全員がそれでいいならいいよ。
荒木、始めるぞ』
と言い、ありさの路上教習が始まった。
ありさは下り坂で思った以上に速度が出てしまい、教官からブレーキを踏まれる。
さらに急カーブへ十分減速しないまま進入し、
後部座席の兄と陽子は遠心力で何度も揺さぶられた。
しかし陽子は終始笑顔だった。
そして本日のラストは陽子。
まだ仮免を取得していないため、自動車学校内のコースを走る。
ありさと兄は後部座席へ乗り込んだ。
陽子の運転は、ありさの初めての運転よりも酷かった。
教官は何度も補助ブレーキを踏み、
後部座席のありさと兄は何度も体を揺らされる。
それでも陽子だけは、
『楽しかったー!』
と満足そうな顔をしていた。
そして教習が終わる頃には、
ありさと兄はげっそりし、
陽子だけが満足そうに笑っていた。
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