105.兄が見ている世界 —自動車学校④—
兄がありさへ手を差し出した。
『バスが来たよ! 行こうか!』
ありさは、
『うん!』
と嬉しそうに兄の手を握り、バスへ乗り込んだ。
席に座ると、ありさが尋ねる。
『ねー、あっくんはどんな条件で家を借りるの?』
兄は少し考えながら答えた。
『実際、特にこだわりは無いんだけどね。
通勤しやすくて、普段の買い物もしやすい場所かな。
あとは家賃がほどほどの所。
でも、やっぱり家賃は高いんだろうなー。』
そう言って軽くため息をつく。
『今の物価上昇がいつまで続くか分からないけど、どこかのタイミングで下落に転じるとは思うんだ。
その時に買いたい物が沢山あるから、今は少しでも出費を抑えておきたい。
だから自炊は必須だと思ってる。』
ありさも頷く。
『ここ数年、給料の条件は良くなってるけど、どれだけ温存しておけるかが重要ってことだね。』
兄は笑顔を浮かべた。
『人それぞれ労働条件も生活環境も違うけど、出来る備えはしておきたいって個人的には思ってるよ。』
そうこうしているうちに、自動車学校へ到着した。
兄は立ち上がり、
『難しく考えず、今出来ることを精一杯頑張ろうか!』
とありさの手を取る。
ありさは一瞬ぽーっとした顔になり、頬を赤くした。
そして笑顔で、
『うん! 頑張ろ!』
と答え、兄と一緒にバスを降りた。
実技を交互に受けながら、ありさは学科も進めていく。
昼休憩になる頃には、ありさはぐったりしていた。
兄が売店で買ってきたパンを差し出す。
『ありちゃん、食べる?』
ありさは目を輝かせた。
『あっくん〜、ありがとー!
もうクタクタだし、お腹もペコペコだったから助かったよー。』
兄は笑う。
『良かったー。
やっぱり、ありちゃんは元気で笑ってる顔が一番かわいいね。』
ありさは顔を赤くしながら、
『ありがと。』
と小さく返した。
わたしは思った。
夏頃のありさなら途中で倒れていたんじゃないだろうか。
それでも持ち堪えているのを見ると、慣れって大事なんだなと思う。
兄はふと思い出したように話し始める。
『次の実技の時にも言われると思うけど、教官が明後日に俺とありちゃんの仮免試験を考えてるって言ってたよ。
明日は空いてる時間に練習問題を解かないとね。』
ありさは再びぐったりした。
『はーーい。
頑張りますよー。』
と少し不貞腐れたように返事をした。
翌日。
ありさは結局、かなり詰め込んだスケジュールでスタンプ集めに励んだ。
兄は仮免前までの学科スタンプを全て埋め、実技以外の時間はひたすら練習問題を解いていた。
そんな時、他校の女子生徒が兄へ話しかけてきた。
『工業高校は就職決まるの早くていいねー!
私は今日から自動車学校に通えるようになったんだよー。』
兄は社交的な笑顔を浮かべる。
『初めまして。
その制服だと〇〇商業かな?
このタイミングで自動車学校ってことは、就職か学校推薦で専門学校ですか?』
女子生徒は笑顔で答えた。
『せーかい!
専門学校の内定貰ったから通えるようになったんだ。
陽子って言うの。
よろしくねー。』
兄も軽く頭を下げる。
『大坂と言います。
よろしくお願いします。』
陽子は不満そうな顔をした。
『下の名前を教えるべきっしょ!
私も教えたし。』
兄は苦笑する。
『篤志です。』
すると陽子は納得したように指をさした。
『あー!
名札掛かってた人じゃん。
教官も同じみたいだし、よろしくねー。』
そう言い残して去っていった。
その日の夕方、
兄が仮免前最後の実技教習を受けようとすると、後部座席には陽子が座っていた。
教官が説明する。
『今日入校したばかりで俺が担当になった子だ。
どんな練習をするのか興味があるらしい。
明日仮免試験だし、人に見られることにも慣れておいた方がいいからな。』
兄は苦笑しながら陽子を見る。
『さっきぶりだね。
よろしく。』
陽子も軽く手を振った。
『よろしくー。』
兄は仮免コースを何パターンか走り終え、時間になったので駐車した。
教官は満足そうに頷く。
『この調子なら、明日の試験は荒木も大坂も問題なさそうだな。』
兄は、
『ありがとうございます。』
と礼を言うと、すぐに帰りのバスへ向かい始めた。
すると後ろから声が飛ぶ。
『いやいや!
私を置いていくなしー!』
陽子が慌てて追い掛けてくる。
バス停には既にありさが待っていた。
兄が、
『ありちゃん、お待たせ。』
と声を掛ける。
そこで初めて陽子はありさの姿を見た。
そして―
『おっぱいデケーー!!』
と、心の底から驚いた。
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