100.兄が見ている世界 —期末試験⑩—
帰り道、まり姉が兄へ、
『私こっちだから、じゃあまた明日ね!
期末試験最終日、気合い入れていこう!』
と言った。
兄は笑顔で頷き、まり姉に手を振った。
家が見えてきたところで、兄の全身に鳥肌が立つ。
「え? え? え?」
兄は周囲を見回したが、特に変わった様子はない。
しかし、何かを思い出したように表情を変えると、急いで家へ向かった。
家に入るなり鞄を玄関へ置き、そのまま再び飛び出していく。
バス停へ向かう途中、運良くタクシーを見つけると、とある場所を告げて乗り込んだ。
わたしは思う。
何この急展開。
今まで普通の日常だったじゃん。
一体何があったの?
タクシーが到着したのは、わたしが救急車で運ばれた場所――筒場として利用されていた場所の近くだった。
兄はタクシーを降りると、筒場の脇を通り過ぎ、洞穴のような場所へ入っていく。
本来そこは入口が閉ざされている場所。
じいちゃんと兄とわたしの人型が祀られている祠だ。
兄は息を切らしながら、
『遅かった』
と呟いた。
見ると、祠の下段に兄の人型が落ちていた。
兄は自分の人型を拾い上げ、元あった場所――次期当主の人型を置く場所へ戻した。
わたしの人型は、その隣にある。
わたしは兄へ尋ねる。
『ねー、あっくん。何があったの?』
兄は淡々と答えた。
『無理やり祠に入って、人型に触れた人がいただけだよ。』
『誰もいなかったし、なんであっくんの人型だけ落ちてたの?』
兄は少し考え、
『いたよ。ただ、もう別の場所へ移動しただけ。
じいちゃんの人型と、あいちゃんの人型は外れないから、俺の人型を外したんだと思う。』
そう言った後、少しだけ表情を曇らせる。
『ただ、あの方達はそういうことを許さない。
感謝を向け続けている人達の存在を、赤の他人が踏みにじることなんて……。』
兄はそれ以上語らず、歩いてバス停へ向かった。
途中、人だかりが出来ている場所があった。
悲鳴を上げている人。
顔を背けている人。
その場から離れようとしている人。
兄は我関せずといった様子で、その横を通り過ぎる。
わたしが、
『あの人だかりって何?』
と聞くと、
兄は、
『祠に入った人が何かやらかしたんじゃない?
私有地につき立入禁止の看板もあったし、鍵も掛かってたのに壊して入ったんだから。何がしたかったんだろうね。』
とだけ答えた。
その後、兄は何事もなかったかのように家へ戻り、日課を済ませた。
そして翌朝。
いつも通りバス停へ行くと、ありさが話し始める。
『ねーねー聞いた?
昨日、気がおかしくなった人が騒動を起こしたって。』
そこへまり姉もやって来る。
『またあの場所らしいね。
何年か前もあったよねー。』
そう言いながら兄をちらりと見る。
ありさは、
『まりちゃん知ってるんだー。
あっくん、何があったか知りたくない?』
と身を乗り出した。
兄は苦笑しながら、
『何か怖いなー。』
と言う。
ただ、ありさの顔は完全に
「話したい」
と言っていた。
どうしようか悩んでいるうちに、バスがやって来る。
兄は話題を変えるように、
『そういえば、ありちゃん。
今日の試験の後、どこの自動車学校へ行くか決めた?』
と尋ねた。
ありさは急な話題転換に戸惑いながらも、
『自動車学校なら学校の近くを選んだよ。』
と答える。
兄も、
『俺も同じー。』
と返した。
わたしは兄へ、
『何があったのか知ってるの?』
と聞く。
兄は少し考えてから、
『今回のは知らない。
でも前に似たようなことがあった時は、見た人達がかなりショックを受けてたらしいよ。
まりちゃんも気になって見に行って、その後ずっと気分悪そうだったし。』
と言った。
そして、
『ありちゃんの反応を見る限り、今回も似たような感じなんじゃないかな。』
と付け加えた。
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