8.兄が見ている世界 —補習編①
家に到着し、玄関を開けると、やっぱり知らない人達がいた。
家の中を掃除している見知らぬ人達。
離れには、比較的若い女性や子供が多い気がする。
兄は相変わらず笑顔で、
「おはようございます。いつもありがとうございます」
なんて、普通に挨拶していた。
兄の部屋へ戻ると、兄がベッドへ倒れ込む。
「疲れた〜」
「私は出来る範囲で頑張って騒がないようにしてたんだけど?」
私が抗議すると、兄は面倒そうにこちらを見る。
「だから?」
「まず説明してもらおうじゃないか。
じいちゃんの部屋の奥にあった、暗くて禍々しい何か。
それと、あっくんの部屋にもある変なやつ。
あと、“あの方”って呼ばれてた白い女の人について」
すると兄はスマホを確認して、
「やば。もうバスの時間だ」
と言い出した。
「夏休みだけど補習あるんだよね」
「あー、無視した。
可愛い妹が話しかけてるのに、無視する意地悪兄め」
兄はため息をつく。
「昨日言っただろ。
部屋替わって、役割も引き継いでくれるなら教える」
「昨日は部屋だけだったじゃん!
条件増えてる!ズルい!」
「納得してもらうのが重要だって、今日再認識したから」
「だから、その“今日のあれ”って何なの?」
「行ってきます」
「あーまた無視した!」
バス停へ向かう途中から、兄の後ろに二人の人影が付いて来ていた。
少しいかつい中年の男と、にこやかな雰囲気のおばさん。
いつの間に。
というか、誰?
兄はそんな二人へ、いつも通り笑顔を向ける。
「おはようございます。いつもありがとうございます。今日もよろしくお願いします」
そう言って軽く頭を下げた。
いや、何その関係。
バスへ乗り込むと、夏休み中の早朝だというのに、人がかなり多かった。
普段なら学生ばかりなのに、今日は大人が多い。
しかも、なんとなく空気が重い。
私が周囲を見回している間に、兄は空いていた席へ座る。
にこやかなおばさんがその隣へ。
いかついおじさんは、兄の近くを塞ぐように立っていた。
……護衛?
いやいや、何で?
兄が通う工業高校へ到着すると、兄はそのまま教室へ入っていく。
すると、すぐにまり姉が近づいてきた。
「あっくん、おはよー。あいちゃんの容体どう?
集中治療室だから親族しか面会出来ないみたいで、ゆりがずっと心配してるんだよね」
まり姉が話しかけていると、さらに女子生徒が近づいてきた。
……でっっっっっっか。
何あのおっぱい。
存在感がおかしい。
私より全体的に大人っぽい。
「あっくん、おはよ。
妹さんのお見舞い、今日は行ったの?
昨日も元気なかったし、私に出来ることあったら協力するから言ってね」
その優しげな声を聞きながら、私は思った。
……あの圧倒的存在感、一回くらい触ってみたい。
そして可能なら、どう育成したらああなるのか教えていただきたい。
そんなことを考えていると、
いかついおじさんが前へ出て、
にこやかなおばさんがその後ろへ回った。
二人とも、妙に警戒している。
すると、やたらガタイの良い男子が近づいてきた。
「よお篤志。朝からクラスの女子二人と仲良くしてんじゃん」
ニヤニヤ笑いながら、兄の机へ近づいてくる。
「この科、女子少ないんだからさ。
あんま調子乗ってると痛い目見るぞ?」
言いたい事だけ言うと川田は自分の席へ戻って行った。
何なのあいつ。
まり姉も、おっぱいちゃんも、自分から話しかけに来てるだけでしょ。
女子に相手されない腹いせを、あっくんにぶつけるな。
私が内心ぷりぷり怒っていると、兄が小声で言った。
「あれは川田」
「へー」
「“バカ”って言葉は、あいつを表現するために生まれたと言っても過言じゃない」
私は適当に返事をしてから、すぐに聞いた。
「で、おっぱいちゃんは?」
「荒木ありささん」
「へー」
そして、一番気になっていたことを聞く。
「で、どっちが好みなの?」
兄は少し考えてから、
「よく分かんない」
とだけ答えた。
その直後。
「うわっ!?」
「痛ってぇ!!」
川田が突然騒ぎ出した。
見ると、椅子ごと後ろへひっくり返っている。
さらに後方の棚から落ちてきた鞄が、顔面へ直撃していた。
周囲から見れば、
椅子を傾けすぎて転倒し、その拍子に棚の鞄が落ちてきた。
ただ、それだけに見えるだろう。
でも私は見てしまった。
いかついおじさんが椅子を蹴り、
にこやかなおばさんが鞄を押し落とした瞬間を。
「止めないの?」
私が聞くと、兄は平然としていた。
「三人とも楽しそうなのに、止める必要ある?」
いや、絶対楽しみ方おかしいって。
すると兄が、急に小さく笑った。
「そうだ。もっと面白いの見せようか」
その瞬間。
兄の表情を見た川田が、キレたようにこちらへ向かってきた。
「あっくん危ない!」
そう思った瞬間。
バサバサッ!!
教室の窓から飛び込んできた鳩が、川田の顔面へ直撃した。
教室中が騒然となる。
兄はそれを見ながら、満足そうに呟いた。
「あー、朝から面白かった」
そして、心底楽しそうに笑う。
「やっぱ学校は楽しいな〜。
夏休み終わったら、毎日楽しそうだ」
……そうだった。
兄の性格、ちょっと終わってたんだった。
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