10.お姉ちゃんの本音と弱音
「だって! 私にはお姉ちゃんでいることしか、残ってなかったんだもん……っ! 私がやらなかったら、この家は没落していたわ! だから私が我慢すれば何とかなるって! ひとりで頑張ってきたのに!!」
突然、私が上げた絶叫に呼応するように、無数の風刃がひゅんひゅんと無差別に荒れ狂った。食堂の壁が鋭く削られ、漆喰が吹雪のように舞う。
家族たちは、飛んできたクッションを盾にしたり、必死に机にしがみついたりしながら、暴風のただ中で私をなだめるしかなかった。
「レオの嘘つき! 迎えに来るって言ったのに! 今日だって私の誕生日なのに……っ。もしかしたらって、少し遅れただけかもって、ちょっとだけ期待した私が馬鹿みたいじゃないのよおぉ!!」
「そ、そんなことがあったのね。お姉ちゃん、とりあえず魔法を解いて! 落ち着いて!」
「レオって誰なの!? 初耳なんだけど。ねぇ、お父さん!」
「十八になったら迎えに来るって言った、大嘘つきの甘ったれ王子様よ!!」
叫んだ瞬間、バキン! と鈍い音が響き、隅に置かれた飾り棚が真っ二つに砕け散った。飛び散った破片を継母が近くにあった鍋の蓋で弾き、代わりにそれが鈍い音を立てて父の頭に当たる。
食卓だけは傷つけまいとする無意識の自制心はあるようだが、それ以外の場所はまるで大型の台風が通り過ぎた後のように、見るも無惨な惨状へと化していった。
私は一気に葡萄酒を煽ると、無言で父にグラスを突きつけた。
「もうやめて」という継母の制止も耳に入らない。怯えきった父は「はいっ!」と上ずった声で、言われるがままに酒を注ぎ足した。
「ねぇ、お継母さまぁ?」
「は、はいぃ!」
「私はね、お継母さまには才能があるって信じてたんですよぉ……」
私は立ち上がり、父からボトルを強奪すると、継母のグラスになみなみと注いだ。
「飲みなさいな」と彼女の顎を指先でくいっと持ち上げる。
恐る恐る両手でグラスを掴み、葡萄酒をちびちびと舐める彼女を見て、私は満足げに頷いた。
「自信を持って。お継母さまのセンスは王国髄一よ……私にはお洒落なんてわからないけれど。視察のたびに目にするの。最初は自信なさげに俯いていた令嬢たちが、顔を輝かせてお店から出て行く姿を。あんな魔法みたいなこと、誰にでもできるわけじゃないわ」
「お、お姉ちゃん……でも、全部、お姉ちゃんのおかげなのに……」
張り詰めていた心の糸が切れたのか、雰囲気につられて酔いが回ったのか。彼女が初めてボロッと大粒の涙を零した。
「謝って許されたいわけじゃないの。でも、ずっと役に立たない駄目な母で……ごめんなさい……」
「お継母さまは、経済面でも社交界の地盤としても、本当にありがたいほど伯爵家に貢献しているわ。私の経営手腕だけでは、ワイン産業を守るのが精一杯で、新しい風なんて吹かせられなかった。……当主として、心から感謝しているのよ」
「お、お姉ちゃん!!」
「――お父さまの百倍、心強いわ!」
「ひぇ!」
突然火の粉が飛んできた父が、情けない悲鳴を上げて飛び跳ねる。
指示されるがまま、私の、そして継母の空いたグラスへ、父はまた必死にワインを注ぎ足した。私はそれを、吸い込むように飲み干す。
「次はフルール!」
「はいぃっ!」
私は千鳥足でふらふらと、継母の正面で固まっているフルールに詰め寄った。
「……ずっと、まともに教育も受けさせられなくて、ごめんねぇ」
継母譲りの赤灰色の小さな頭を、ぎゅっと抱きしめる。毎日太陽の光をいっぱいに浴びて走り回っているからか、彼女からはひどく懐かしい陽だまりの匂いがした。
「当主として……姉として、もっと早くにあなたに目をかけてやるべきだったわ。自分のことで精一杯で、幼いあなたを突き放してしまった……ずっと、寂しかったわよね」
周囲でひゅんひゅんと風刃が空を切り、食器がガタガタと震える中。フルールは恐れる様子もなく、私の胸に飛び込んできた。
「うわーん! お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの苦労も知らないで……ずっと、ずっと、ごめんなさい……!」
「あなたのおかげで、南部の開発が進みそうよ。これからは伯爵家の一員として貴族教育も頑張っていきましょうね」
「うん! 領のみんなが笑って過ごせるように、私はいっぱい勉強したい!」
カーテンがびりびりと切り裂け、窓ガラスにも亀裂が走るが、暴風の勢いは止まらない。
アルコールを一切飲んでいないというのに、フルールは姉の魔力に中てられたのか、それとも大好きな魔法に興奮したのか、目を輝かせて元気いっぱいに答える。
「お父さまは……」
「は、はい!」
私はダンッと力強く床を踏み鳴らすと、空になったワインボトルを突きつけるように父へ向けた。
「その無駄に肥えた舌だけは本物なんだから、もっと自分に自信を持ちなさい……死ぬ気で私の期待に応えなさいな!」
「はいっ!」
翌朝、私には一片の記憶も残っていなかった。
視界に飛び込んできたのは、床に転がる大量の空瓶。
そして、どんな窃盗団が襲ったとしてもここまではやるまいというほどに――千の刃で滅多打ちにされたかのごとく、無残に切り裂かれた食堂の壁紙と調度品だった。
一体、ここで何が起きたのか。
恐る恐る足を踏み入れた朝食の席には、なぜか晴れやかな表情のフルールと、目元が赤いが少しばかりすっきりした面持ちの継母。
そして、見たこともないほど悲壮な形相で私に頭を下げる父がいた。
「お、お姉ちゃん……恐れながら、切なるお願いがございます……」
震える声で切り出したのは父だった。
「……聞きましょう」
「お酒は……どうか、お酒だけは、当分の間お控えいただきたく……っ!」
隣で継母も、祈るような手つきで深く、深く頷いている。
ズキズキと痛む頭を押さえ、目の前の惨状から静かに目を逸らす。私は深酒でしゃがれた声を絞り出し、短く答えた。
「……わかったわ」
あれから、さらに一年。
のこのことついに現れた「初恋の王子様」は、過去を映す鏡のような男だった。
「君の隣にいれば、僕はまた何も考えず、ただ笑っていられる気がするんだ」
ソフィーを「便利な道具」扱いする元王子に、
覚醒した父・継母・義妹が、最強のチームプレーで引導を渡す!
最強のお姉ちゃん・ソフィーが選ぶ、未来の形とは。
次話は、本日19時半頃更新予定です!




