11.初恋の元王子様の襲来
あれから、さらに一年。
父が手がけた洋梨の果実酒は、今や王都の夜会で欠かせぬ逸品となり、我がウォルジー伯爵領はかつてない繁栄を遂げていた。
その目覚ましい成長は王家の耳にも届き、何故か第二王子から「視察に訪れたい」と、異様に熱のこもった手紙がたびたび寄越されていた。
そんな折、帝国の第一王子――あのレオポルドが、前触れもなく伯爵家を訪ねてきた。
後継者争いに敗れた彼は、魔力の秀でた弟に王位を譲り、婚約者のご令嬢には見限られ、今や「ただの男」として私の前に立っている。
「ソフィー! 君が立派に領地を立て直した噂は聞いているよ。僕が王位を捨ててまで、婿に入ってあげるのにふさわしい。流石、僕の尊敬する女性だ!」
キラキラと太陽の光を吸い込んで輝く金髪に、透きとおるシトリンをはめ込んだような瞳。膝をつき愛を乞うレオポルドの姿は、まるで絵画のように美しい。
だが、戸惑い固まる私を除き、背後に控えるウォルジー伯爵家の面々は、目の前の男を冷ややかな視線で見下ろしていた。
「帝国では、何もできない僕を担いで王位を狙おうとする輩を振り切るのに時間がかかってしまったよ。でも、もう安心だ。君の隣にいれば、僕はまた何も考えず、ただ笑っていられる気がする。君の豊かな財力があれば、僕を侮辱した連中も、こちらの正しさを認めざるを得ないだろう。さあ、一緒に見返してやろうじゃないか! だからソフィー、僕と結婚してほしい!!」
「お姉ちゃん、待って。あれが本当にお姉ちゃんの理想の王子様なの……?」
久しぶりに聞いたフルールの心底嫌そうな声に、ハッと我に返る。
「今の言葉、聞いた? お姉ちゃんに依存する気満々だよ」
「……あなたが私に言い寄ってきたときと同じ台詞だわ」
継母の容赦ない言葉に、父が「うっ……」と古傷を抉られたように悶え、それでも絞り出すように声を重ねる。
「ソフィー……あの男はやめた方がいい。僕が言うんだから間違いない。彼は、君にすべての責任を押し付けて逃げる気満々だ!」
そういえば、レオはお父さまによく似ていた。
自分では何も決められず、いつも私に指示を仰ぐ。先へ進んでしまう私を追いかけては転んで泣き、私が魔法で立たせてあげるのを、情けない顔で、でも嬉しそうに眺めていた……。
あの頃の私は、まだお母さまも健在で、守るべき妹もいなかった。
レオに「さすがソフィーだね」と頼られることで、伯爵家の跡取りとして生まれた自分に、無理やり自信を持たせようとしていたのだと思う。
――誰かに必要とされることでしか、自らの価値を証明できなかった幼い私。
それは愛ではなく、自分の存在意義を確認するための、ただの執着だったのかもしれない。
私は一度目を閉じ、深く深呼吸をした。
次に目を開けたとき、わずかに胸のあたりに漂っていた霧のような恋心は、跡形もなく消え去っていた。
「……お帰りいただきましょうか」
私の言葉をきっかけに、家族が待ってましたとばかりにレオポルドに詰め寄る。
「お姉ちゃんは私たちの宝物なの! お父さまみたいな『寄生虫二号』に渡すわけないでしょ!」
「帝国の情報は私も仕入れてますけれど、あなた、王位を自ら捨てたのではなく、王の器に非ずと切り捨てられただけでしょう!」
「自分を棚に上げて言うが、おまえはダメだ! 帰れ! ソフィーは僕たちが守るんだ!」
父が指先を向けると、再教育で鍛え上げた水魔法が放たれた。かつての濁った泥水は、今や狙い違わぬ高圧洗浄の域に達している。
「ひっ、冷たっ! な、なんだこの水は!?」
白く輝いていたはずの騎士服は、一瞬にして汚れきった泥水で塗り潰され、見るも無惨な斑模様へと成り果てた。そこへ、継母が扇で口元を隠しながら、これ以上ないほど冷ややかな蔑みを投げかける。
「あら、酷い臭いですこと……そんな薄汚れた『粗大ゴミ』、我が家の玄関先に置くことすら不愉快ですわ」
あまりの屈辱に顔を真っ赤にし、逃げ出そうとしたレオポルドだったが、フルールがそれを許さなかった。
「帰る前に、お姉ちゃんに謝りなさいよ!」
彼女が愛でていた庭の植物たちが、主人の意志に応えるように一斉にその蔦を伸ばす。蛇のようにうねる蔓は、レオポルドの豪華な革靴を冷酷に捕らえ、その体を派手に引き倒した。
「あがっ……!?」
見事なまでに顔面から石畳へ突っ伏した元王子の姿に、求婚してきたときの麗しさは欠片もない。
かつては私を冷遇していたはずの家族が、今は私の盾になろうと必死に牙を剥いている。
そのあまりの剣幕と、勝手すぎる「王子様」の情けない顔がおかしくて。
やいのやいのと騒がしい家族を背に、私は視線を上げ、遠く広がる豊かな領地を眺めた。
自分が泥を被ればいいのだと、ただ独りで全てを背負い込もうとしていた少女の面影は、もうどこにもない。
この目の前の元王子様を片付けたら、今夜はみんなで義妹と父が共同開発した洋梨の果実酒で乾杯しましょうか。
家族からお酒禁止令を出されてしまった身だけれど、酒精の弱い新商品なら、一杯くらいであれば問題ないはずだ。
私が手を差し伸べると疑いもしない、あまりに幼く、傲慢な目。そんな瞳で見つめてくる滑稽な男に、私は貴族らしい笑みを浮かべ、指先に魔力を纏わせた。
「レオ。あなたは私を『支えてくれる便利な道具』だと思っていたようだけれど……今の私は、あなたを『支える価値のないゴミ』だと判断したの」
「そ、ソフィー?」
ああ、皆の言うとおり。
よく見たら、レオポルドは無能だったあの頃のお父さまと同じ顔をしていた。
「私の魔法は、家族と領民を守るためにあるの。役立たずの貴方の入る余地なんて、この屋敷には風の一吹きが入る隙間もなくてよ」
私が指先をパチンと鳴らすと、それを合図に広間で逆巻く烈風が吹き荒れた。
「うわ、あわわわっ!?」
情けない悲鳴と共に、膝をついていた元王子は文字通りゴミのように舞い上がり――遥か帝国の方角へと、一筋の流れ星となって消えていった。
家族たちが拳を突き上げて、それを見送る。
「さすが、お姉ちゃんの魔法だわ!」
『お姉ちゃんだから』
それはもう私を縛る鎖ではない。
私は私の意志で、この愛すべき「家族」たちと共にどこまでも歩いていける。
――この家の『お姉ちゃん』として。
ここまでが短編の内容でした。
次回からはいよいよ、第二王子が登場する王都編です!
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粗大ゴミを片付け、真の平穏を取り戻したウォルジー伯爵家。
だが、最強の当主となったソフィーの活躍を、王家が放っておくはずもなかった。
舞い込んだのは、両陛下直々の招待状。
「お姉ちゃんを、最高のドレスで着飾りましょう!」
逃げ場なしの王家主催の夜会。そして、怪しく光る第二王子の影。
伯爵令嬢ソフィー、ついに社交界の表舞台へ!
ここからは完結まで毎日一話更新です。次話は、明日19時半頃更新予定です!




