09.生まれ変わったウォルジー伯爵家
そして、伯爵家に荒れ狂う嵐のごとき変革をもたらした当主就任から、一年。
十九歳の誕生日の夜、家族は私のために、ささやかな祝いの席を用意してくれた。
「お姉ちゃん! 村のパン屋の女将に教わって、私がパンを焼いたのよ! デザートには、とろけるように甘い洋梨もあるわ。まだ開発中だけど!」
「あら……こないだの実験十二号が上手くいったのね?」
「ええ! ちゃんと味見したから、安心して食べて!」
当の私が一番困惑しているのだが、フルールはこの一年ですっかり私に懐いてしまった。
以前は何かと突っかかっては、理不尽な要求を繰り返していたのも、今なら寂しさの裏返しだったのだとわかる。
私自身、十歳も年の離れた妹に対して大人気なかったと自省し始めていた。父や継母への遠慮から、当主として彼女の教育を放置していた自らの不手際を、認めざるを得なかったのだ。
フルールは、教会での真面目な学習態度や、緑魔法を用いた品種改良への積極的な取り組み姿勢を褒めると、あまりに無邪気な笑顔を私に向けた。
そして、もっとお姉ちゃんに褒められたいと、誰よりも意欲的に新しいことへ挑戦する姿に、私もいつしか彼女を、心から愛しい妹として慈しむようになっていた。
次に、継母がおずおずと一着のドレスを差し出した。
私の瞳の色に合わせた、清楚なパステルグリーンのドレスだ。
「あのね、秋のお茶会用の装いの売上が、記録的な黒字だったの。お姉ちゃん、利益が出たら好きなドレスを買っていいって言ったでしょう? だから……その。私が選ばせてもらったのだけど、着てくださるかしら」
ドレス店は私の描いた筋書きを上回る勢いで軌道に乗り、継母は今や流行を牽引する実業家として、社交界で不動の地位を築いている。
自尊心を正しく満たされた彼女は、憑き物が落ちたように実家の子爵家に固執するのをやめた。それがかえってあちらの姉を苛立たせ、嫉妬で醜く評判を落とさせたというのだから、運命とは皮肉なものだ。
「あら、夏の夜会シーズンでも記録的な売上を出したばかりでしたのに」
「小物の使い方や髪のアレンジ講座が、思いのほか好評だったのよ……それで、ね。お姉ちゃんの髪を飾るときは、これからも私に任せてくださる?」
期待と不安の混じった表情で私を見つめる彼女。私は思わず、小さく吹き出してしまった。
「……今だって、ほとんどお継母さまのなすがままではありませんか。これからも、よろしく頼みますよ」
「……ソフィー」
「お父さま?」
最後に声をかけてきた父は、どこか申し訳なさそうに視線を落とした。
「……ワインの方は、まだこれといった成果が出せていなくてすまない」
「ワインは一本を完成させるまでに時間がかかるものです。一年で結果が出るとは思っていませんよ」
「だから、うちのワインではないのだけれど……」
父が差し出したボトルを見て、私は息を呑んだ。
ラベルに記された数字は、私が生まれた年のヴィンテージ。かつて絶望の淵で何度も眺めた、あの思い出のワインと同じ年だった。
瓶の首には、あの日、母が用意してくれたものとそっくりな黄緑色のリボンが、不器用に、けれど固く結ばれていた。
私は言葉を失い、抗いがたい引力に惹き寄せられるように、その紅い瓶へと一歩を踏み出した。
「……産地は違うけれど。私のお客さまの伝手を借りて、何とか取り寄せたのよ」
「あのね、お姉ちゃん……そのリボン。素敵だったから、私がこっそり隠し持っていたの」
フルールが消え入るような声で「ごめんなさい」と呟いた。
父も継母も、自分たちには謝罪する資格さえないのだと言いたげに、唇を震わせて俯いている。
……ああ。
お腹の底には、まだ過去を許しきれぬ私もいるけれど。
それでも、母を失ってから過ごしてきたどの瞬間よりも、今の私は満たされている。
私は一度、熱くなった目元を落ち着かせるようにまぶたを閉じ、それから精一杯優しく微笑んだ。
「……フルールはジュースだけれど。皆でこの一年の頑張りを労って、乾杯しましょう」
この国では十八歳から飲酒が許される。
去年はそれどころではなかったから、私にとってこれが人生初めてのアルコールだった。
――そう。
私がお酒に強いのか、酔えばどうなるのか。
それを知る者は、この場に一人もいなかったのだ。
十年間、たった一人で背負ってきた。
「お姉ちゃんだから」と自分を殺して、家族のために生きてきた。
幸せな誕生会。初めての美酒。
だが、家族は知らなかった。ソフィーにお酒を飲ませてはいけないということを。
「レオの嘘つきぃぃぃ!!」
荒れ狂う風刃、泣き上戸の当主、そして語られる隠された本音。
伯爵家を救った最強の魔法が、今夜、屋敷そのものを破壊する!?
次回、お姉ちゃんの本音と弱音。
次話は、明日朝7時半頃更新予定です!




