彼女の性格は把握済み。
なぜこんな事態が起こったのか、その原因は馬の蹄の手入れ不足。片方の馬の蹄が割れてしまっており、外れかけた蹄鉄に擦れ、痛みを伴う状態だったらしい。私の水魔法の圧力で蹄鉄が外れたことで痛みが緩和された。加えてライオネルが人参で気を引いたことで、無事に落ち着きを取り戻したと。
ちなみに、事態の収縮後にメリルが野菜売りに人参の代金を払いに行ったら、とんでもないと受け取ってもらえなかったらしい。なんとも粋な店主だと思いつつ、また何らかの形で売り上げに貢献しなければと胸に留めた。
「貴方がいたから驚いたわ」
「それは僕の台詞です!上手くいったから良いものの、お姉様に何かあったらと思ったら僕……っ」
大きな瞳をうるうると潤ませるライオネルを見て、私は思わずその体を抱き締める。悲しい思いをさせないと決めたのに、無鉄砲な行動で大切な弟を傷付けてしまった。
「ライオネルのおかげよ、ありがとう」
「……へへ」
彼の涙は溢れることなく、私のドレスに染み込んでいく。それが妙に嬉しくて、余計にぎゅっと力が込もった。
「ねぇ、貴女達。少し良いかしら」
唐突に声を掛けられ、思わず肩が跳ねる。視線をライオネルから外しそちらに向けると、私と同い年ほどの気の強そうな令嬢が泥だらけのドレスで立っていた。
「あ、そういえば……っ」
すっかり頭から抜けていたけれど、そもそも私が飛び出した原因は、あの喧騒に紛れて「アンドリッサ」という名前を耳にしたからだ。彼女が暴れ馬の下敷きになるのを防ぐ為に、私は必死に水魔法を繰り出したのだ。
「名乗りなさい。どこの家の子かしら」
「私はフォーサス侯爵家息女、マーガレットと申します。この子は私の弟で、ライオネルと」
彼女が誰なのかを十二分に知っている私は、戸惑うことなくカーテシーをしてみせる。ライオネルやメリル達は、目の前の相手が高位貴族であると察しながらも、不躾な物言いを受け入れられないようだった。
「そう、フォーサス侯爵家の」
「改めまして、ご挨拶申し上げます。アンドリッサ・コンドルセ公爵令嬢」
しっかりと敬意を払う態度を見せると、彼女は驚いたように長く密度の濃い睫毛を震わせた。
「ああ、なるほど。貴女は私が公爵家の令嬢だと知っていたから、助けたというわけね」
「ええ、その通りです」
さらりと口にすると、さらに目を見開く。こうして見ると、やはりアンドリッサは小さな頃から整った顔立ちをしているなと、ついまじまじ見つめてしまった。マーガレットは成長を重ねるたびに平凡な顔立ちになり、彼女とは比べ物にもならない。
「お怪我はありませんか?」
「大した怪我はしていないわ」
「それは良かった。身を挺した甲斐がありました」
アンドリッサは、嘘が大嫌いだ。プライドがエベレスト級で何でも一流でなければ気が済まない性分だけれど、実は寂しがり屋で懐かれるとまんざらでもない。とんでもない天邪鬼で、周囲からしてみれば扱いが非常に難しい。
オートモード時の彼女はまるで悪の権化のように描かれていたけれど、本当は弱くて脆いただの令嬢。
マーガレットとして目覚めた時は大いに戸惑った私も、「死ニ愛」に関することだけは完璧なのだ。アンドリッサを攻略するなど、朝飯前だった。
「……貴女、少し変な方ね」
「まさかこのような形でお会いするとは思いませんでしたが、前々からお話ししたいと願っておりました」
彼女はなんといっても未来の王妃。そうなる前に命は散ってしまうのだけれど、それでも懇意にしておくに越したことはない。いつか接触出来る機会を伺っていたけれど、これは不幸転じてなんとやらと言えるかもしれない。
まんざらでもなさそうな反応を見るに、どうやら私の知っているアンドリッサで間違いはない。これで性格が全く違ったらどうしようかと危惧していたけれど、それは杞憂に終わった。
「まぁとにかく、借りを作ったままでは私の気が済まないわ」
こほんと咳払いをした彼女が目配せすると、侍女が金貨袋をこちらに差し出す。私はにっこりと微笑みながら、それを丁重にお断りした。
「遠縁でもあるコンドルセ公爵令嬢から金銭を受け取ったなどと知れたら、父から叱られます。代わりといっては失礼かもしれませんけれど、今度ぜひ我が屋敷へおいでください」
「あら。貴女まさか、何か企んでいるのかしら」
鼻を鳴らす彼女を見て、ライオネルが何か言いたげに一歩前に出る。手を握って彼を静止した私は、臆することなくアンドリッサに対峙した。
「私は、ぜひ貴女とお話がしたいです。一緒に美味しい紅茶とお菓子を食べながら」
「私と話を?」
「ええ、そうです」
意外と防御の甘いアンドリッサは、ほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。それはきっと、私にしか分からない変化だ。
「申し訳ございません。私達はこれで」
「話はまだ終わっていないわよ」
「母へのプレゼントを買いに、オートクチュールへ向かう途中だったのです。そこは町一番の人気店なので、急がないと仕立てが間に合わないかもしれません」
そう口にすると、彼女はそれ以上の追及はして来なかった。背後に控えていた侍女が、私に向かって深々と頭を下げる。
「この度は、アンドリッサお嬢様の御身をお助けくださり、心より感謝申し上げます。コンドルセ公爵様には今日のことを必ずお伝え致しますので」
「皆様無事で本当に良かったです」
背をぴんと伸ばし敬意を表してみせる。ライオネルをちらりと見やると、彼も渋々といった雰囲気で頭を下げた。




