あの令嬢との出逢い。
それから数日後。私はライオネルと共に城下町に繰り出していた。再来週に迫った母の誕生日に、二人で贈り物をしようと画策していた。
「やっぱり、あそこのオートクチュールが一番かしら」
「でも、今からじゃ間に合わないよ」
「もう少し早く決めるべきだったわ」
侍女メリルと数名の護衛を連れ、二人で手を繋いであちこちの店を回る。両親の手を借りれば上質なプレゼントがすぐ手に入るけれど、自分達で探したものを渡したかったのだ。
もう一度元来た道を戻ろうとした瞬間、すぐ側で悲鳴が聞こえた。ライオネルが、さっと私を庇うように前に出る。
「一体何?」
「あそこです、お嬢様」
メリルが指差した先には、土埃が舞っていた。その側には馬車が横転しており、甲高い馬のいななきが辺りに響き渡っている。状況から察するに、馬車を引いていた馬が何らかの理由で制御不能になったのだろう。
「ライオネル、おいで!」
「危険ですので、お下がりください」
周囲はパニックに陥っており、御者が手綱を引いても引き摺り回されているような状況で、二頭の白馬が互いに興奮状態で体をぶつけ合っていた。
いつこちらに被害が及ぶか分からない距離だったので、私はライオネルの手を引きその場から離れようとする。
「ああ、誰か‼︎アンドリッサお嬢様が‼︎」
瞬間、侍女らしき女性の悲痛な叫びが喧騒に掻き消されそうになっていることに気付く。私は無意識のうちに、弟の手を離し前に飛び出していた。
「お姉様⁉︎」
「あなたはここにいて‼︎」
振り返る余裕もないまま、走り出すと同時にポケットに手を突っ込む。そこから取り出した魔石を空にかざしながら、ありったけの魔力を込めた。
タンザナイトのような色をしたそれは粉々に砕け散り、きらきらと幻想的に光輝く。そして、細い水流が幾重にも連なって伸び始めた。
「お願い、間に合って‼︎」
一層高くいなないた馬の蹄が、地面に伏していた一人の令嬢に振り下ろされるより僅かに早く、私が創り出した水の縄が二頭の馬に絡みついた。
「お願い、止まって……‼︎」
屋敷での訓練は秘密裏に行っていた為に、全力の魔力解放は初めてのこと。本当は一瞬溺れさせるくらいの水量を出せたら良かったのだけれど、それは無理だと判断した末の苦肉の策だった。
「ヒィーン!」
「こっちにおいで!」
威嚇し合っている二頭を離し、とにかく落ち着くよう声を掛ける。馬の扱いに慣れているはずもなく、ここからどうしようかと内心冷や汗をかいた。
「ほら、お食べ。大丈夫だから」
「ライオネル!」
安全な場所に避難していると思っていた彼が、いつの間にか人参を抱えて私の横に立っている。落ち着いた様子で馬に近付き、背伸びして馬の首辺りをぽんぽんと撫でた。
「お姉様、水縄を緩めてください」
「え、ええ」
ライオネルの指示に従い、全力で放出していた少しずつ魔力量を減らしていく。暴れた馬に振り回されあちこちが擦り切れた御者も、立ち上がって私達に加勢した。
結局、ライオネルの人参のおかげで二頭の白馬は落ち着きを取り戻し、遅れて到着した町の警備隊によりこの事態は収束した。御者以外に怪我人はおらず、それも擦り傷や軽い打撲程度。私とライオネルはまるで勇者かの如く、拍手喝采に包まれた。




