最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その73
「それでは、お二人とも、初陣でございます」
『オレの背から、矢を放つだけでいい。見事に、敵を射殺してみせろ。ガキども!』
「ガキっていうな。オレは、もう、10才だ!」
「私だって、10才だもん!」
子供ではある。
ストラウス家の血統が成せたのか、それとも『プロフェッサー』の教えが良かったのか。
黒衣をまとった女……『プロフェッサー』は、竜の背に乗りリアムとカレンに、アーレスの背に乗るように促した。
二人は、まるで獣のような敏捷さで、竜の背に飛び移ってみせる。
「お見事です」
言葉では褒めるが、驚くことはない。この二人ならば、もっとやれることを知っているからだ。
「オレたち、もう大人とだって戦えるって!」
「そうよ、『プロフ』!戦わせてよ!」」
『オレの背から射手を務めるだけでも、十分な仕事なのだぞ?文句があるのならば、オレの権限で、降ろさせる』
「い、いやだ!!」
「それだけは、やだもん!!」
「うふふ。ならば、従ってくださいませ。ストラウス家本家の者の、十年ぶりの戦です。戦場に行くこと、それが今回の目的になりますから」
「わかったよ!つまんねーけど、アーレスの背から矢を撃つだけにする!」
「私も、ちゃんと従うから、降ろすとか言わないでよ、アーレス!」
『ふん。与えられた仕事を果たせ、半人前以下のガキどもめ。では、行くぞ。『プロフェッサー』よ!』
「ええ。お二人とも、母上の遺された竜乗りの技巧を、感じ取ってくださいね」
「……わかった!」
「……わかったわ!」
名前を隠すことを、いつしかメリッサ・ロウは選んでいた。竜騎士姫の技巧であると主張するために、大きくなり過ぎた自らの名誉を、彼女はあえて消したのである。
『プロフェッサー』と呼ばれるほど、竜乗りの技巧に精通し、竜にまつわる知識の全てを網羅する、風の支配者となっても……名誉欲など、持つことはない。
「これが……お二人の母上の……竜騎士姫さまの、技巧です!」
ガルーナの風を完璧に見切り、黒竜アーレスの翼と一つに融け合ったかのような自然さを示し、『プロフェッサー』は完璧な飛翔の技巧を、リアムとカレンに教え込んだ。
「スゲー!!」
「風と、一つだった!!」
「うふふ。お二人ならば、もっと良い乗り手となるでしょう。さあ、アーレス」
『戦場に向かうぞ。矢を用意しておけ、ガキども!ストラウス家の者ならば、竜騎士になる前から、敵に恐怖と死を与えてやれ!!殺し、奪え!!それこそが、ストラウスだ!!』
竜騎士ストラウス家の伝統は、こうして継がれていく。
初陣で数十人ずつ射殺すことで、ストラウス家はガルーナ王国軍の中心に復帰した。子供ながらに恐るべき射手だと歌となり、やがては、どちらも竜太刀と共に暴れる戦場の剣鬼となり、それぞれ、アーレスとスカイラーに乗った竜騎士となった。
ストラウス家は、この二人により、再び大きな繁栄を手にすることとなる。
その栄光の日々を、常に名前を隠した『プロフェッサー』は影から支え続けた……。
……月日は、流れる。
『プロフェッサー』は、リアムの子にも竜騎士への技巧と知識を伝承し、カレンの子にも同じことをした。増えていく竜騎士たちを見守るのが、最高の幸せである。
気づけば。
ずいぶんと、長い月日が過ぎていた。
多くの書物を記して、竜騎士姫と共に作り上げた知識を、後世に遺すことに成功したと確信するころには、すっかりと年老いていた。
……もう長いこと、自らがアーレスに乗っていないことを、さみしく思う頃。
久しぶりにアーレスが現れる。
「あらあら。どうしました?」
『……お前が、倒れたと聞いたんでな』
「倒れたりもしますよ。私も、すっかりとおばあちゃんですからねえ」
『ガキどもが、お前の名前を遺したいと言っている。歌にしたいのだ』
「お断りしましたよ」
『知っている。だから、オレに頼んだ。オレは、お前の意志を尊重するが……ガキどもの要請には応じてやったのだ』
「うふふ。貴方も私の名前を、遺したいのですか?相変わらず、甘えん坊さんですね」
『……かもしれんな。オレも、さみしくなる』
多くの死を見て来た。
見送って来た。
全ての戦士は、全ての人は、竜よりも早く、この世を去るのだから。
「大丈夫ですよ。私の遺したいものは、全て、遺しましたし。それに、リアムさまとカレンさまには悪いのですが……私は、お姉さまと『おそろい』が良いのです!」
笑顔と共に、老いた手が、アーレスの顔を撫でる。
久しぶりの感触を思い出しながら、黒い竜はうっとりした表情で目を閉じた。
『……知っている。それも、知っているぞ』
「私の名前など、遺らなくても良いのですよ。そもそも、私の行いの全ては、貴方の一部です。私の願いは、ストラウス家と共に在る。貴方と、一つに融け合うことで……それで、問題はないのです。ガルーナ最大の歌である『アーレス』は……」
『あいつと、お前と、オレの名前……『オレたち』の名前である。それで、十分だな』
「そういうことです。では。また、いつか」
『……いつか?』
「生まれ変わりを、信じていますので。私は、今度は竜になるつもりですよ。お姉さまの生まれ変わりに、いちばん愛されて、いつもそばにいる竜になりましょう」
『ハハハ!オレから、あいつを奪うときたか!』
「ええ。負けません。お姉さまに、また会えたら。私は、子供のように甘えようと思います」
『その権利は、あるな。お前は、多くのストラウスのガキどもを、一人前に育て上げた。偉大なる母だ。偉大なる子になる権利も、あるはずだ』
「ですよね。では、アーレス。やさしい貴方も……いつか、また、一緒に」
『……おう。お前らとは、またつるみたいものだ』
名前を封じた竜騎士たちの技巧の母は、こうして世を去った。
百年後……。
「アーレスさま。私、この度、貴方と組ませていただくことになりました、アリシアと申します」
『竜の聖女と呼ばれる者か。我と組もうとは、剛毅なものだ。もう、そこそこの年寄り竜だぞ。力で負けるつもりはないが、子の方が強い』
「いいえ。最強はアーレスさまですよ。私には、分かりますから」
『……竜騎士姫の再来か』
「過大な評価ですが、それは、どうなのでしょうか。私は、ただ、竜騎士姫の名を伝えているというアーレスさまの名前から、名をいただいただけで……今の世代では、一番かもしれませんが」
『ハハハ!控え目な割りに、なかなか言いよるわ!』
「ええ。すみません。でも、竜乗りの技巧については、本家の方々にも負けていませんわ」
『ああ。それは、分かっている。さあ、我が背に乗るがいい。まだまだ、我も歌を重ねようと思う。そなたと共にな、アリシア・リングスタッド』
「はい!名誉がいります。私には、育てなくちゃならない弟妹たちがたくさんいますから!」
『亜人種の孤児たちか。なるほど、たしかに、そなたは聖女殿だ』
長い長い時が流れ。
竜騎士たちの血も、また一つへと集まっていく。
亜人種たちも、この土地へと多く移り住んだ。
竜騎士姫が残した言葉と、亜人種も受け入れる孤児院に、導かれて。
亜人種の孤児たちも、やがて子を作り、その子たちもストラウスと共に歩む戦士となった。ガルーナは、そうして、完成していく。
名前など消えたとしても、真なる歌は竜と共に。
アレサ・ストラウスは、この王国の母となったのだ……。
さらに、月日が流れ……。
とある雪の暴れる寒い夜に……。
炎のような赤毛を持って、小さいながらすでに歯を生やした子が産まれる。
「アーレス、アーレス!これがね、私の四番目の弟よ!」
『知っておるわ。もう連れ回しておるのか?』
「うん。アーレスに見せなくちゃって、母さんが……あ。名前も、報告しなくちゃ。まだ、知らないよね?」
『ああ、知らんな』
「えへへ!知りたいよね?知りたいよね、アーレス?」
『ああ。教えてくれるか、マーリアよ』
「ソルジェだよ。私の四番目の弟は、ソルジェ・ストラウス!」




