エピローグ
エピローグ 『竜の約束』
全ての因果が、つながって……。
巡る星は、アーレスを老いさせ……。
最強を誇った竜の王朝も、滅びて消え去る日が訪れる。
東のバルモア連邦に攻められて、蛮勇なる王国ガルーナも敗北した。
全ての竜騎士は討ち取られ、全ての竜は戦場に散ったのだ。
……最後に生き残った竜は、アーレスのみ。
そして、ストラウスの血を引く男は……。
『―――戦場に行く覚悟は出来たか、小僧?』
「うっせーぞ、ジジイ。オレだって、ストラウスだ。死ぬ覚悟なんざ、ガキの頃からしてる!」
『ハハハ!!死を怖がらんか!まったく、ストラウスの戦狂いめ!!』
「そういうオレたちが嫌いじゃねえから、つるんできたんだろ?300年も!」
『まあな。あいかわらず、口だけは達者なガキだ』
「違うぞ。剣も槍も弓も、一族の若手じゃ一番だ!だから、オレは今、お前の目に映っている!」
ガルーナが終わる日に、アーレスは最後の竜騎士を背に乗せる。炎のように赤いストラウスの髪に、空のように青い双眸。思い出せはしないはずの者を、どこか連想させた。
多くのストラウスと一緒であるが……どこか、違うところがあるのだ。幼い頃から、兄たちに挑みかかり、老いたとは言え、アーレスに挑む少年だった。
少年の完成していない肉体には、あまりにも苛烈な鍛錬のはずであったのに、何とも楽しそうにやり遂げる。いや、やり遂げたというのは、少し違っていた。
『プロフェッサー』が残した竜騎士の技巧からは、逸脱しているところが幾つか目立つ。伝統とは、大いに異なっているのだ。悪く言えば、劣等生とも言えるかもしれない。完成されたストラウスの動きに反しているが、それでいて……。
明らかに。
ほかの竜騎士たちよりも強い潜在能力を確信させるのだ。父親にも、兄にも、勝る力を、既に持ち始めているかもしれない。『プロフェッサー』の完成度を、越えて。ありえないことだが、現実を信じるのが竜である。
素直になれば、共感を覚えていた。『グレート・ドラゴン』である己のように、群れを破壊して、革新させる怪物のようなものではないかと。『プロフェッサー』の教えを、この最後のストラウスの男は、曲解しているようであるが……。
初めて背に乗せたときから、空を喜んでいた。懐かしい感覚だ。最高の乗り手である『プロフェッサー』を、即座に思い出してしまうほどには。
……果たして、長い歴史の果てに、歪んだのはどちらだったのか。三百年の研鑽は、真の伝統であったのだろうか。『プロフェッサー』の理想とは、むしろ、離れていたのかもしれない。
『グレート・ドラゴン』と同じで、より強い竜騎士の王朝を創るために生まれた、突然変異のようなもの……。
……そんなことを、思わせてくれる異端児だった。
もう少し。
仕込んでやりたかった。
だが、ガルーナ最後の竜騎士として死ぬのであれば、これの本能であろう。
儀礼に従い、アーレスはうなずいた。
笑顔を見る。
戦場に向かうというのに、緊張はしていない。
ストラウスらしい。
『我が背に、乗るがいい』
「おうよ!!」
戦場に舞い降りて、アーレスとソルジェは戦い抜いた。敵を焼き払い、敵を斬り捨て、多くの敵に死を与えた果てに……。
終わりを迎える。
左目を失いながらも、戦い続けるソルジェを、アーレスは懐かしく思った。自らの左眼が疼くように感じる。
翼で、守るように。
影を落とす。
死の寸前にまで疲れ果てているというのに、迷うことはないようだ。微笑み、敵を、にらみつけた。全くもって、気が合う。
炎を吐いた。
敵の群れに突撃していくソルジェの猛攻に、合わせるように。
死を量産しながら、やがて……ソルジェも、アーレスも戦場の土に倒れ込む。
死ぬのだと、確信した。
まあ、それも構わないと……。
よく戦い抜いた。
300年と、この最後の竜騎士も。
歌となり、空に還る定めに、我々もまたたどり着いただけのことに過ぎない。
……命が尽きるその直前に、ファリス王の裏切りで、ガルーナ王ベリウスが闇討ちされ、ガルーナ最後の戦いが、不当にも奪われたことを、鳥たちに伝えられるまでは……満ち足りていたのだ。
怒りと。
願いが、生まれた。
ガルーナの終焉を、空は悲しみ、泣いている。
その雨に打たれながら、老竜アーレスは最期の力を振り絞った。
止まっていたはずのソルジェの心臓に、魔力を注ぎ込む。全てを、全ての魔力を、授けようと必死となった。
鼓動が、再び始まる。
それと同時に……。
アーレスは、自らの死を悟った。
自らの命を受け継ぎ、蘇生したソルジェの左眼には、竜の魔力が宿り、竜と同じ黄金色の輝きを持つ魔眼があった。
おかしな異能が、生えている。300年も生きて、見たことのなかった特異な現象だ。やはり、これは変わったストラウスである。
どうにもこうにも。
竜と、相性が良すぎるのだろう。
あるいは、自分自身とか……。
まるで―――まるで―――。
死の間際となり、ようやく思い出せたことがあった。悪神に奪われたはずの、赤い歌をアーレスは見る。自らと一つに融けた者は、どうやら、この世に戻ったらしい。自分は、命と左眼を、返すときが来たのだ。
生き返った者に、言葉を託すことを、選ぶ。
呪いのように、大きな宿命となることを知りつつも。
復讐の願いを、ソルジェに与える。
『ファリスを、滅ぼせ!!』
祖国を失い、ストラウスの一族も、竜さえも滅びた。
あまりにも、過酷な任務となるのは明白である。
……死んだ方が、マシかもしれない。
ガルーナの空に歌となることは、ストラウスと竜の幸福でもあった。
それでも、なお。
約束を果たそう。
『我が角を、持っていけ―――』
―――竜太刀と融けて、最後の竜騎士と共に在るのだ。戦いの果てに、巡り合う者がもう一人いると信じて。今度は、もう一匹かもしれないが……。
メリッサ・ロウは、竜になると語っていたから。
滅びる王国の空に降る、涙雨。
それは竜の聖地にも降り注ぐ……。
凶竜ザードと呼ばれた竜と、赤毛の竜騎士姫が戦い……。
竜騎士姫が、ザードの左眼を奪ったその場所に。
土砂降りとなる雨は、土を削る。
深い地面の奥底に、産み付けられていた『耐久卵』が転がり出た。
それはアーレスの血を引く、最後の竜。
『耐久卵』から生まれる、『グレート・ドラゴン/最強の竜』だ。
……涙の雨が止むころに、卵にひびが入るのだ。
頭突きで卵を内側から叩き割り、飛び出た頭は青く晴れた空を見る。
祖父と同じく、あるいは彼女のような、黒い姿。
『がるるるるううー!』
ガルーナの空を懐かしむように、仔竜ゼファーは歌を捧げた。
死の終わりを越えて、ストラウスの歌は帰還する。




