最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その70
空が、焼き払われていく。
紅く。
紅く。
悪神の魔術が作った爆炎に、無数の紅い魔弾が群れ成して突撃していき、爆発は重なりあって大きくなり続ける。
『か、勝ったぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
またたく間に天空の全てが、紅い爆発に埋め尽くされた。雪雲さえも、天空に君臨する冬の暴風の長さえも消し去るような、圧倒的な熱量に、ガルーナの空が紅い輝きに染め上げられる。
全てのガルーナの民は、悪神が作り出した紅い破壊の輝きを見上げていた。遠く離れた国境の戦士たちの瞳にさえも、天空の果てまで撃ち抜くように奔り抜けた紅い力を、見逃すことはない。
魅入られる。
見入ってしまう。
『ハハハハハハハハハハッッッ!!!怖がれ、怖がれええええええええッッッ!!!最も、怖い者の力は、私だけのものにしてやったぞおおおおおおおおおおッッッ!!!』
誰もが、怖がってしかるべき、空を焼く爆熱であったはずであるが―――不思議なことに、ガルーナの地上にいる者たちの誰もが、この異常な力を怖がることがなかった。
記憶にはない。
悪神の『歌喰い』の力に、奪われているのだから。
それでも、蒼穹を紅く染めた大いなる力に、何かを感じ取る。
なつかしさのようなものが、強くそのかがやきには含まれていた。
この王国の空に、あれだけの『赤い』力で君臨する者など……一人と一匹のほかにいないのだから。
畏れはあるものの、恐怖などはない。同じ戦列に属して、同じ敵を見ている限り。勝利を呼び込む、最強の力に、ガルーナ人は恐怖を覚えるはずもなかった。
空を揺さぶる、赤い歌が。
冬の空に響くのだ。
この王国に生まれた、最も偉大な竜騎士は、勝利と共に凱旋の歌を放った。今までも、今このときでさえも。
勝利の歌である。
紅から赤に変わるかがやきの果てに、偽りの姿かたちに囚われた悪神だけが、底知れぬ恐怖を覚えてしまった。何とも、正しい認識である。
歌の熱と光に閉ざされた天空から、もう一つが放たれた。
『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
……悪神の攻撃は、早かった。先手を取り、天空に座するアーレスへと迫った。逃げ場を追い詰めるほどに、包囲は完璧であった。
だからこそ。
実に単調な選択を、アーレスとメリッサ・ロウは選んだのだ。
『竜の焔演/りゅうのほむらの』で強化した、アーレスの身一つに任せる。
「―――竜を、信じるのが……竜騎士ですからね……お姉さま!!」
ただの力技であった。
耐久を上げた頭部で、最初の爆撃を受け止めて、耐え切っていたのだ。
意識が吹き飛びそうになりそうな衝撃であったし、ほんの一瞬、アーレスさえも気を失っていたのは事実である。だが、何かが聴こえたのだ。悪神の放ったはずの力が化けた、赤い歌に……気を失うことを許さない、何かを感じた。
意識は、呼び戻され。
あとは、空を呑み込むような勢いで広がる爆熱の混沌から、翼で生み出す速さで勝ればいいだけのこと。アーレスが意識を失っていた瞬間でも、アーレスの鍛錬された身は羽ばたいていたし、メリッサはその身を投げ捨てるような勢いで前傾し、アーレスの心身に刻み付けられた竜の本能に、『飛べ』と訴えていた。
全ては、まるで歌声のように。
融け合うように機能して。
『竜の焔演/りゅうのほむらの』は、『ラウドメア』の放った最大の力を、無理やりに突破してみせていた。
『力で、力で、勝ったと、言うのかあああああああああああああああああああッッッ!!?』
理解不能の世界であるし、理解する余裕さえも、アーレスが与えるはずもない。体力も魔力も、とっくの昔に限界だ。今にも力尽きて、墜落してしまいそうである。それでも、笑顔だ。
勝利を確信している者たちが、牙を剥く。
『竜の焔演/りゅうのほむらの』に強化された金色の輝きを持つ、アーレスの牙が開かれて―――メリッサ・ロウも言葉を放つ。
「お姉さまの姿に化けて、人の力の使い方で魔術を撃つ。とても、良い考えでしたが、大きな間違いが一つ……人の身体構造に、似てしまっていますよ。だから、私たちには、分かるのです。悪神いいいッ!!貴様を、完全に、殺すための場所がなああああああああああああああああああああああッッッ!!!」
人は、血の流れに魔力を宿す。
竜騎士姫の構造を真似て、機能を奪ったからこそ……それに囚われもしているのだ。金色の牙が、狙ったのは人への必殺の牙の軌道。巨大な首に奔る、大動脈。ジーン・ストラウスのように、死の直前まで魔力を放った者にとって……。
その首の損傷は、即死を招く絶命の一撃である。
『―――――』
避ける猶予も、悲鳴を上げさせる時間も、与えはしない。流れ星のような速さを用いて、早さを撃ち抜き……。
アーレスの黄金の牙が、悪神『ラウドメア』の首を深々と破壊しながら噛み裂いて。
残った全ての魔力が宿りし、血を吹き出させる。
悪神が、自らを存在させるための力の全てを失い尽くし……声さえ遺せぬほどに、意識さえも即座に消え失せていく。
揺れて崩れ落ちながら、世界から消え失せてしまうのだ。
それでも悪神は、最期の瞬間に悟る。自らを敗北させた者は、たった一人ではなかったことを。『歌喰い』に吞まれながらも、自らに傷を与え続けた無数の英雄たちと、命を注ぐ魔術の放ち方を、恐怖と共に刻み付けたジーン・ストラウス……。
実に多くの者が。
この敗北を作ったのだと。
それでも。
それでも、やはり、称えるのならば―――彼女の名前であろう。
ガルーナの大地に叩きつけられ、砕けて消滅していく悪神は、終わりの最中に彼女の名前を呼ぶ。自らが奪ったはずの、竜騎士姫の名を、『ラウドメア』は消滅しながら称えたのだ……。
『あ――――――――れ―――――――――――――』
『そうだ。『オレたち』の、名前を呼ぶがいい。真なる歌は、我が名と共に在るのだから』




