最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その68
空に君臨する、王のように。
威厳に笑う口が開いた。銀色の牙の列が、大きく並び。悪神さえも見下ろす金色の双眸と同じ輝きに燃える煉獄の灼熱が、牙の中心に集まっていく。
悪神は。
恐怖に呑まれてしまっていた。黒竜アーレスの挙動の全てに、畏怖さえ抱き……山のような巨体をも、身震いに揺らした。
心が、縛っていく。
世界から奪い取り、独り占めしたはずの記憶が、竜騎士姫の気配を呼び覚ます。奪い取って、使いこなしているのは、自らだった。そう認識していたのに、間違っていたことを悟る。
思い知らされていた。
命が持てる最大の力は、生き残ることだと信じる悪神には、届かない高みがある。
アーレスは、ガルーナの風に包まれている。ガルーナの大地を見下ろしている。『歌喰い』の力に、喰い破られとしても……無数の記憶の残滓が、夜を裂く星々の光のように、地上に見えた。
『どれだけを、背負って来たか。どれだけを、助けて来たか。どれだけを、殺して、どれだけの痛みに耐え、どれだけの命を踏み越えて、目指して来たか……その命の数が、分かるまい。オレは、教えてもらっている。だから、これだけの力を集められるぞ』
金色の輝きが、はるかな空の高みで暴れるのだ。
大きい。悪神が恐れた大きさよりも、想像力の限界よりも、どんどん大きくなっていく。
熱量のあまりに、ザードのうろこまで、灼熱に焼かれ始める。メリッサも、自らの黒髪が焦げ臭さを放つのを感じ取る。それでも、かまうものか。威力は、さらに、さらに。強くなる。死の冬を終わらせる、太陽みたいな黄金の色に。
『そんな力が、竜に、扱えるはずがないッッッ!!!フィーエンさえも、竜騎士姫を乗せた貴様でさえも……ッッッ!!!そんな力なんて、使えなかったはずだろう、黒竜ザードおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!?』
「残念。今の彼は、ザードじゃないの。アーレスよ」
『その名を、竜騎士姫が、融けて混ざっているような名を……ッ!!使うなああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
メリッサ・ロウの『挑発』に、悪神は呼び込まれていた。逃げられては、たまらない。守りに徹されては、たまらない。これだけの『火球』は、こちらも放てて一度が限度。知っている。竜にも限界はあるのだ。だからこそ―――。
「―――竜騎士が、いるのですよね。お姉さま」
『くたばれええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』
太陽の黄金に怯えた『ラウドメア』の、大魔女の紅く燃える腕が天へと伸びる。特大の『火球』を放たれる前に、破壊を試みるという選択をしていたのだ。メリッサの誘いに、恐怖は暴力で応えようとしている。
力と力のぶつかり合い。
その竜騎士姫が好んだ土俵に引きずり込んでいた。正面から挑む、野蛮で、原始的で、儀式のようにまっすぐな……力の証明。
竜を信じて、ただ共に進む。それこそが、竜騎士の本懐だ。
迫る悪神の、あまりにも大きな両腕を前にしても。メリッサは余裕の笑顔を浮かべている。それが、まったくもって、邪悪なニセモノには許しがたい。何よりも怖い竜騎士姫を、奪い取ったのは、自分だった……はずなのに。
思い出す。
思い出す。
あまりにも間違った正統性を求めて、思い出すのだ。
『歌喰い』で奪い取った記憶を、邪悪な指で探りながら……。
竜を……庇ったのだ。ザードを、殺せるはずだったのに。竜騎士姫が、自ら盾となる。奪い取った。必要以上に、力を注ぎ……全てを奪い取る力を、用いたはずなのに……奪ったはずなのに。狙いとは異なるが、喰ったはずなのに……。
笑顔。
笑顔。
誘うような、笑顔で……悪神などではなく、その果てにある勝利を見ていた。
喰われたのではない。
喰わせたのだ。
『だから、ヤツの、目が……力が、ここまで――――――――』
「アーレスッッッ!!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
『GHAAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
歌が空を揺さぶって、黄金の太陽が落下する。
悪神の伸ばした左右の巨腕が、太陽に衝突した。
即座に、全ての指が消し飛んで。
紅く燃える呪いが、黄金色の煉獄に浸食されていく。
『私の、炎を……ッッッ!!?『炎を燃やす炎』だとッッッ!!?そんなものが、あって、たまるかッッッ!!?こんな、力が、あって……たま、る……もの、かッッッ!!?』
押される。
押しつぶされていく。
黄金の爆熱に、手首が崩され、前腕が燃やされ、肘まで消し飛ばされていた。止まらない。止まらない。山のように巨大な魔女の姿に、あふれるような力を込めて、太陽に抗っているのに。
異界から来た。
侵略の神の一柱だというのに。
持てる力の全てを、注ぎ切っているというのに。こんなに大切な命さえも削りながら、抗おうとしているはずなのに……太陽に、まったくもって、歯が立たない。
肩の付け根まで、黄金の焔に奪い尽くされていき……。
抗う力の全てを越えた太陽は、悪神目掛けて直進した。
『ラウドメア』は叫ぶ、破滅の恐怖が心からあふれ、焼かれて吹き飛ばされていく身をあわれむのだ。
『しんで、たまるか……たす、けて…………りゅう、き、し……ひ……め……ぇええええええええええええ――――』
山のような爆発が起きる。黄金の奔流の竜巻が、悪神を焼き払った。崩されていくのだ。黄金の祈りに、呪わしい身の全てが……。
それでも、頼ったのは。
『ラウドメア』が最強と信じる歌の化身。
大魔女の姿が、焼かれながらも、つながりを強めていく。竜騎士姫の姿かたちに、最後まで頼ることを悪神は選んだ。




