最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その67
いつでも目指していたものがある。
高みだ。
最高の動きをすればいい。そうすれば、自ずと……竜騎士姫を感じ取れた。
紅く輝く触手の群れが、空を裂こうと暴れようとも。アーレスとメリッサは笑顔である。次から次に、襲い掛かる苛烈極まるはずの攻めを、容易く乗り越えてしまうのだ。
『追い詰めようとしているらしいが―――』
「―――それでこそ、お姉さまを感じられるというものです。私とアーレスは、最高の飛び方をすればいいだけですから。そこに、お姉さまの作られた技巧がある!……悪神よ、消し去れない絆を、私たちは持っています。お前は、敵にはなれませんよ」
遥かな高みから、メリッサは挑発した。
その声も、その姿も。
ケットシーであるメリッサと、竜騎士姫はあまりにも違うのであるが……。
何故か『ラウドメア』には、竜騎士姫の姿が重なっていく。恐怖が、増えていくのだ。最強の敵との遭遇が、悪神に心を取り戻させている。恐怖にこじ開けられた記憶が、痛みを与えた。
力を復活させ、弱いはずなのに強く、どこまでも追いかけて来て、悪神を追い詰めるのだ。このままでは、敗北する―――ころされてしまうぞ。
『いやだああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!殺されて、たまあるかああああああああああああああああッッッ!!!』
空に踊る巨大な紅い魔女が、悶えるように身を燃やす。
『あいつの魔力が―――』
「―――強まりましたね。引っかかった。あいつは、自分の持てる力の全てを、引き出してくれます。傷ついたアーレスの翼では、長く戦うよりも、短期決戦が正しい。力勝負に出てくれるなら、こちらのもの」
『言葉で引っかけたか。相変わらず、性格の悪いヤツだぜ』
「いいえ。賢いんですよ。あいつの全てを、ここで倒してやる。今後、誰一人として、『歌喰い』の被害に遭わずに済むように。根こそぎ、消し去る……『ラウドメア』よ。全てを引き出しなさい。お前の持てる全てを、お前の存在の全てを、破壊し尽くして、お姉さまの力をここに示すッッッ!!!」
『いいな!!それは、気に入ったッッッ!!!』
『竜騎士姫ええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』
燃え尽きる覚悟に至る。本能では、やはり足りなかった。決意の力を、悪神は選ぶ。より大きく、より強く、より早く、より……竜騎士姫の技巧をも真似る。
『くたばれええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!』
天高く突き上げた、大魔女の両腕が……空に紋章を描いた。巨大な真紅の紋章。魔術だ。赤い雨が、再び始まる。
『降って来るぞ』
「ならば、こちらは風に頼りましょう」
『なるほど』
「どれほど強い力であっても、強引さが過ぎれば……愚かな、悪神め。この空が、一体どこなのか。『ラウドメア』は、知らなさすぎますね」
魔術が始まる。天空を紅く染めた紋章から、無数の紅い軌跡が黒竜アーレスを目掛けて殺到した。風を撃ち抜く、乱暴な速さと力であり、幾何学的な軌道は、空を狭く包囲する。
『貴様らには、もう逃げ場など、ないぞッッッ!!!』
「いいえ。風を、感じなさいな」
『昇るぞッッッ!!!』
アーレスの金色の双眸が輝き、漆黒の翼が大きく広がり……ガルーナの天空で暴れる強い北風を掌握する。巨大な竜さえも、吹き飛ばす、冬の天空に君臨する狂暴な突風だ。羽ばたきの力と重ね合わせることで、アーレスの飛行軌道を急変させつつも、速度は更に激しく増した。
紅い雨の描いた幾何学軌道の包囲網を、黒い竜の昇天が撃ち抜いていく。
どれほど複雑な包囲を作り上げたとしても、空から降って襲い掛かるのだ。それらを上に抜けるように躱してしまえば、包囲は打ち消せる。
「天空は、気持ちいいですね」
『そうだな。広くて、自由だ。どこまでも、ガルーナが見える』
空に融けるような高さから。
金色の双眸が地上を見る。
『いつ覚えたのか分からない景色』が、無数に眼下にはあるのだ。だからこそ、その空白が教えてくれる。全てを、知ったのは、竜騎士姫との旅のなかでだ。それは、なんとも、アーレスを楽しませてくれる。
全てが大切な場所だから。
全てを覚えさせたのだ。
『なればこそ、守る喜びも強まる』
『こ、の……攻めは……き、貴様らが、作った動き!!竜騎士姫と、貴様の放った魔術の再現だぞ!!!それを、どうして……こうも、あっさりとッッッ!!?』
「簡単なことですよ。お姉さまの技巧を、私たちは誰よりも知っているんですから。その力には、遠く、及ばない失敗作で、私たちが傷つけられるはずもないでしょう」
『記憶は、私が、『歌喰い』で!!?』
『貴様ごときの力で、本物の力は出せん。あいつの力は、こういう質では、ないんだ』
「そう。もっと、広く……つながる……力……この空みたいに、広い」
『貴様らは、竜騎士姫を、知らないはずだろうがああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
再び。
不完全な再現に頼る。紅い紋章をうならせて、魔弾の速射で黒竜アーレスを攻めた。
『稚拙だな』
「ガルーナの風を、読まない攻めに、この強風の君臨する高みで、竜を落とすことなど不可能」
加速する。角度が変わる。変幻にして、自在な軌道を、漆黒の翼が描き……悪神の力と速さだけしかない魔弾の群れは、影にさえも触れられはしない。竜騎士姫の力を模倣したことが仇となっている。
似せれば似せるほど、真にその技巧が立脚していた力からは遠く離れてしまうのだから。
「ガルーナの風を、無視していては……」
『オレたちの速さに、追いつけるはずもない。だが……』
「見せてください。お姉さまの技巧を……足りない分は、私たちが補って、お返ししてあげますからね」
見る。見る。賢い瞳たちが、悪神の不完全な模倣の全てを、高みの上からにらみつけている。記憶はない。だが、思想がある。どういう目的で、それらを撃つのか、どこをどんな目的で、狙っているのか。
感覚だけでは、捉えられない複雑さも。
知性だけでは、追い切れない哲学の頑なさも。
真似るだけでは、足りないものだ。
「動きは、記憶が通っていてこそ、本物です。『歌喰い』の力が、どんなものであろうとも。お姉さまの力を、貴様ごときが使えるはずもない」
『貴様らに、竜騎士姫の記憶は―――』
『―――あるぜ。貴様の足りない動きからでも、汲み取れる。姿は、見えない。声も、聞こえはしない。それでも、思い出せるぞ。どんな技巧を、どんな願いで、組み上げたのかがな』
『願い!?』
「お姉さまの力には、それがある。貴様が、それだけ強く激しく恐れているのは、それだけ命を燃やしながら力を出し尽くそうとしているのは、たかが自分が殺されないようにしているのが理由なのでしょうけれどね」
『それ以上の、願いを、心は持てぬだろうッッッ!!?』
「残念。大間違いですよ。たかが、その程度の意志では……たかが、自分だけを背負っているごときでは……ッ!!本物の竜の力など、出せるはずもありませんッッッ!!!この空に君臨する!真なる歌というものを、見せてあげなさい、アーレスッッッ!!!」




