最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その66
まるで雷のように、天へと強くメリッサ・ロウの声は響いた。『歌喰い』の力に奪われたはずの記憶が、その影とも呼ぶべき儚くも感じ取れる何かが……ストラウス家の領地に住む者たちの心に蘇っていた。
「……竜騎士姫……さま……っ」
「……不思議…………思い出せない……それでも……思い出せないけど」
「……きっと……彼女たちなら、どうにかしてくれる」
その感覚は、大人たちだけでなく、孤児たちにも生まれていた。大人たちよりも多くの記憶を持っているわけではない。それでも、だからこそ、短い記憶のなかにいてくれた者のことを、純度強く感じられるもするのだ。
「お母さん……」
失った者を、メリッサの戦意あふれる声に感じた。それは、なつかしさであり、母を求める子供の本能でもあり、英雄にあこがれた記憶の欠片だ。竜騎士姫の名前も、声も、姿も、奪われているが……分かる。
「ボクたちの……お母さんに、なってくれる……」
「うん……竜騎士姫さま……勝って!」
信じた。どんなに悪神『ラウドメア』が、巨大な魔女へと化けたところで、竜騎士姫が負けるはずはないのだと。
心の不在は、彼女の死と『歌喰い』の呪いを誰しもに察しさせてはいたが。ストラウス家の英雄は、死んだくらいでは止まらない。空に歌われた数多の伝説は、彼女の気質へと至った血筋の物語を教えてくれる。
死を越えて。
戦い続ける。
ストラウス家の竜騎士たちは、いつだってそうしたのだから。
黒竜アーレスは、人々の悲鳴が消えていくのを感じ取った。驚きはしない。当たり前だとさえ考える。
『オレたち『三人』がいるんだ。いや、もっとか。ストラウスというものは、大きい』
「貴方も、ストラウス家の一員なんですからね、アーレス」
『……ふん。知っているよ。だからこそ、嬉しい。戦うのがな。多くを、背負って、戦うのが、なんとも誇らしいぜッッッ!!!』
「……フフフ。急に、大人びちゃいましたねえ。やっぱり…………」
『……なんだよ?』
「いいえ。何でも、ありません」
甘えていたのだろう。竜の知性は、人のそれをはるかに超えるものだ。本来なら、人と暮らし始めて、すぐに大人びた口調を覚えていたはず。人語を拒む態度は、強さゆえの傲慢からでもあったかもしれないが……竜騎士姫との最後の日々は、おそらく。甘えていた。
母親にするように。
アーレスが、竜騎士姫に抱いていた本質的な欲求は、母性だったのだろう。
「女性らしい方だったですから」
覚えてはいない。
それでも、信じる。
守り、敵を退ける力の本質……それは、何も男だけのものではない。双子のことを想えば、メリッサはすぐに分かった。
「抱きしめて、離したくない……それほどに、大切な命を、私に任せて出陣なさる理由は、とても母親らしいものです。不肖ながら、このメリッサ・ロウ。お姉さまの代役、果たさせていただきます」
黒い双眸でにらみつけた。『ラウドメア』の紅く燃える巨体を。山ほどに大きい。聞きしに勝る力を持っているようだ。だとしても、全くもって、怖くもない。
竜騎士姫と一緒に作った竜乗りの技巧が、勝手に体を動かした。透明なまま強く渦巻く風を悟り、それに竜を乗せるため、前傾を強くして、翼を大きく広げさせる。
一瞬で。
天高く漆黒の翼が舞い上がった。
『こういう、技巧か』
「ええ。きっと、お姉さまも、好きだった。この高さに来れば、翼に、いくらでも、自由と速度を与えられるから」
『ああ。どんな飛び方だって、好き放題だぜ!!』
「選ぶべきは、ただ一つ。ストラウス家の当主に仕える者は、当主に倣うもの!!」
『おうよッッッ!!!』
言葉など不要である。巨敵に対して正面から突撃すべきときは、ただひたすらに力強く、魔王の行進のように圧倒的に、強く翼で空を叩きつけ……まっすぐに飛ぶのだ。
もちろん。
歌と共に。
『GHAAOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
悪神は、迫り来る漆黒の歌に恐怖を覚える。身が竦みそうになるが、心をあえて放棄したおかげで、反応することが適った。紅く燃える腕を大きく振って、空を焼きながら進む怒涛を放つ。
「……面白い魔術ですね。でも、見えます」
『ああ。乗れるぞ!!』
メリッサのブーツの内側が、アーレスにタイミングを伝えた。空を焼く大波さえも、空という場の原理からは逃れられはしない。熱量と圧が生み出す揺れを嗅ぎ取れば、呑まれるよりも先に、それを高く飛び越えられる。
悪神の強大な魔術は、こうして容易く回避されてしまった。
驚愕が。
捨てたはずの心から、呼び覚まされる。
『竜騎士姫―――』
怖くなる。最強と信じた力と、対峙させられることで。その背に彼女がいなくとも、そんなことは関係ない。彼女が作った力は、『歌喰い』の権能を越えて、ここにある。
捨てたはずの恐怖が沸き上がり。
それを克服するために、『ラウドメア』は、その身を狂ったように躍らせた。腕を枝分かれさせながら、無数の紅く燃える触手が、アーレスとメリッサを襲う。
だが。
問題はない。
『前より、見える気がするんだ。これは、ああ……そうか。オレは、片目だったのかもなあ』
「お姉さまに、奪われていたんでしょうね。貴方から、目を奪える者は、竜も悪神も含めて、他にいるはずがありませんから」
『だろうなあッッッ!!!』
二つに戻った瞳が、力となった。高速で襲い掛かって来る無数の触手の乱打さえも、完全に見切ってしまう。楽しむように、アーレスは空で舞うのだ。体に刻まれた反射を楽しむように、その自動的に繰り出される飛び方に酔いしれる。
『…………ッッッ!!?』
「『ラウドメア』、ありがとう」
『あいつに、会わせてくれているぜ。思い出せる。だから、どんどん強くなれるのだ。貴様の『歌喰い』などに、我らは負けんぞ!!!』




