第3節 後悔と悪夢と小さな温もり
「父さんはいったい誰の家族なんだよ!」
困った表情の父親。
「この小さな家の中も守れないのに、国を救うなんてできるもんか!」
「やめなさいニール!」
「母さんだっていつも泣いてるじゃないか!」
「それはっ!」
「なにが英雄ラズローだよ。そんなにこの国だけが大事なら、もう帰ってこなきゃいいだろ!」
「あっ、ちょっと待ちなさいニール!」
困り果てて立ち尽くす父親と泣き崩れる母親の姿がぼやけて遠のいてゆく。
そして父親は戻ってこなかった。
やがて死んでしまったらしいという噂が耳に入ってくる。
炎に包まれる街。
「母ちゃんどこぉ・・・?」
親を失ってさまよう子供たち。
「腹が減ったよぉ」
「痛いよ、苦しいよ」
極限の状態では、力のない者、弱い者から力尽きていく。
道端に平然と転がる子供の遺体。
だがそれが日常となってしまって、誰もそれを気に留めようともしない。
半分目を見開いた状態で息絶えた幼子にハエがたかっている。
その目は何を見つめているのか、何を見つめていたのか。
今となっては、それを知る由もない・・・。
突然背後から真っ黒い闇が追いかけてくる。
慌てて逃げ出すが、走っても走ってもその距離は広がらない。
皆はどこだ?
ジマ?
バフ?
リンジー?
エッツォ?
足がもつれてうまく走れない。
徐々に足元が地面に沈んでいる。
そして全身を闇が覆いかぶさるように包みこんでいく。
何も見えない、息ができない。
何も見えないなかで体が落下していく感覚だけが襲ってくる。
そして深く深く沈んでいく・・・。
「ハッ!?」
ゲホッ・・・、ゲホゲホ、オエッ・・・
激しい嘔吐感に襲われてニールは目が覚めた。
「大丈夫?」
突然声をかけられて、ニールの身体がビクッと反応する。
とっさに身構えて辺りを見渡すが、そこは知らない場所だった。
「心配しないで、ここは安全だから」
そう言われて、身体が冷えないようにと、誰かがブランケットで温めてくれていたことに気づく。
「ここどこ?アンタ誰?」
「私はソニア。でもそんなことより、まずはこれを飲んで落ち着いたらどう?」
そう言いながら、ソニアは温かいスープの入った木の器を差し出した。
ニールはその器をじっと眺めたまま動きを止める。
「心配しなくても、毒は入っていません!」
「誰もそんな心配はしてない」
そう言ってニールはズズッと受け取ったスープを口にする。
ほのかに甘く、温かいスープは想像した以上に美味しかった。
「感謝!」
「ん?」
突然の事にニールは何のことか理解できず固まっていたが、ソニアは腰に手を当てて口を一文字に閉じたままニールを見つめている。怒っているのか?いや怒っているにしては、雰囲気が柔らかい気もするしと悩んでいたら、その疑問は次の言葉で解決した。
「ありがとうは?」
「ああ、・・・ありがとう」
「どういたしまして」
フッフーンとソニアはご満悦の様子だ。
「・・・変なの」
「そう?私は当たり前のことを言っただけよ?」
答えながらソニアはニコリと笑う。
まるで世話焼きの母親みたいだとニールは思ったが、なぜか不思議と悪い気はしなかった。
「ねえ、なんでこんな所で倒れてたの?」
「ここは?」
「ペレグリム修道院だけど?」
そう言われて、エンプキスから襲撃され皆を先に逃がした後、自分も適当なところで逃げたことを思い出した。
「行かなきゃ」
「えっ、まだ夜明け前だよ?朝までここに居たら?」
「仲間が心配しているかもしれない」
たしかに最近は子供たちが消えたとかいう変な噂がこの修道院にも届いていて、ブールノイズで何かおかしなことが起こっている気がする。でもだからこそ尚更こんな夜も明けきらないうちから動き回るのは危険ではないか、朝になってから仲間に会いに行けばいいのではないかという、ソニアの意見を気に留めようともせずにニールは起き上がった。
身支度という身支度もなく、ニールが部屋の扉を開けると、外の冷たい空気が部屋の中に流れ込んできた。その時になって初めて外がこれほどまでに寒かったということに気付く。振り返ると、ソニアが不思議そうな表情を浮かべて立ちつくしていた。
「ああ・・・、あの」
「うん?」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ソニアは笑い、ニールは部屋を後にした。
夜を徹して看病していたソニアは、事情を知っているシスターからその日一日お休みをいただき、翌朝になってから北の離れにある小部屋の掃除に取りかかった。
「ん?これは?」
小部屋に入ろうとしたソニアは、扉の前に小さな布の包みが落ちていることに気付く。
なかを開けて見ると、ナッツと木の実そして小さな紙切れが入っていた。その紙切れを取り出して、見つめていたソニアは微笑みを浮かべる。
「ソニア、ブランケットは日当たりの良いところで干してください」
「わかりました」
「うん?何ですかそれは?」
シスターから手に持っている包みを問われて、ソニアは答える。
「扉の前に落ちてました」
「そんな素性のわからないものは捨ててしまいなさい!」
「大丈夫ですよ」
「はい?」
「だって毒は入ってないそうですから」
そう言ってソニアはナッツをひとつ口に入れる。
今日は久々に天気がいい、ブランケットを干すにはいい一日になりそうだ。




