第11節 約束
その家は木々に周囲を彩られた湖畔のほとりにあった。
屋敷と呼ぶには小ぶりかもしれないが、街中の喧騒から解放されて静かな良い場所だとピアズは思った。
今更になって突然の訪問なんて失礼だろうかとも頭をよぎったが、こんな遠慮をする間柄でもなかったのに、それだけ互いに空白の時間がながすぎたという事なのかもしれない。わずかな緊張を抑えつつ、扉をノックすると品のいい初老の女性が出迎えてくれた。
「まあ!エドさま」
その顔には見覚えがあった。古くからこの家庭でお世話をされているネイザという名のメイドだったが、良い感じに歳を重ねられたのだろう、年齢を感じさせない若々しさが滲み出ている。
ネイザから招かれるままに屋内に踏み入ると、清潔に手が行き届いている玄関に真っ赤な花が目に付いた。奥様の大好きな花なんですよと説明を受けた後で、白い壁の長い廊下を越えて、ある奥まった一つの部屋に通される。
日当たりのよい窓際に置かれた椅子に腰掛けて彼女は外を眺めていた。
「奥様、懐かしいお客様ですよ」
ネイザの言葉で彼女リブは振り返る。
「・・・お久しぶりね、エド」
リブは焦点の定まらない瞳でぼんやりと笑みを浮かべているが、顔がやつれているという事は別にしても、正常ではないというか悪く言えば病的だとひと目で感じた。
「ああ、元気だったか?リビエラ」
どう見ても元気とは程遠い様相だったが、それ以外の言葉が見つからなかった。というのも幼馴染みの姿に少なからずショックを受けていたが、それを相手に悟られないよう冷静を装うために、言葉にまで気を回す余裕がなかったという方が正解かもしれない。
「ご覧のとおりよ」
そんな友人の思いを汲んでか、リブは笑いながら自虐的に答える。
しかし対照的なまでに窓から差し込む日差しはやわらかく、そこから彼女を照らす光は健康的でそのギャップがよりリブを病的に映しているのではないかとすら思えた。
「もう何年になるのかしら?」
いつどこから何年なのか、普通なら疑問に思うその問いかけも、すべての起点となった時は共通認識として彼らの中にあった。全てが終わったあの時、そしてピアズが最後にリブに会ったあの日から。
「五年だ」
「そう、もうそんなになるのね・・・。私はどこで道を誤ったのかな」
「リブだけじゃない、皆が間違えたんだ。取り返しのつかない間違いを」
「ふふ、あなたはいつも優しいわね」
そう言いながらリビエラは再び窓の外に目を向ける。
「何もかも失ってしまった。そしてあの子も帰ってこなくなった」
「ニールか?」
ラズローとリブの子供はニール以外にいなかったが、確認というよりも同意を求めて問いかける。それに対してリブは何も答えることなく、ただうなだれるように顔を伏せた。そして再び顔をあげた彼女の頬を涙が伝う。
「もう私には頼れる人は誰もいない・・・。お願い、あの子を・・・。あの子を、お願い」
「わかった、約束するよ」
その言葉を聞いて安心したのか、リブは肩を揺らして嗚咽が漏れだす。
そしてそれを見たネイザが慌てて駆け寄り、今日の所はお引取りをという彼女の申し訳なさそうな言葉に従って、ピアズはその場を後にした。
終戦から五年の月日が経ってなお、誰もが心の傷をいまだ引きずっていた。




