#7 偽装素材とニート獣〜王国にはゴミを、我が村には癒やしを〜
「ただいま。夕飯のすき焼きの前に、ちょっと新入りを紹介する」
地下帝国の重厚な防音扉を開け、俺がリビングに足を踏み入れた瞬間のことだった。
ソファでくつろいでいたリリアとクロエが、揃って手元のポテトチップスを床に落とした。彼女たちの視線は俺ではなく、俺の背後――入り口のドア枠にみっちりと挟まり、「きゅぅん……」と情けない声を上げている巨大な毛玉に向けられていた。
「ア、アレン……? その、後ろの恐ろしい魔力と冷気を放っている、巨大な化け物は……?」
「ああ、これか。悪逆王が討伐しろって言ってきた『呪われた森の主』だ。腹を空かせて倒れてたから拾ってきた」
「拾ってきた!? 伝説の氷の幻獣フェンリルを!?」
元・財務官僚のクロエが、信じられないものを見る目で絶叫する。
体長三メートルを超えるフェンリルベビーの『シロ』は、地下の快適な空調の風を浴びて目を細めていたが、いかんせん体が大きすぎてドアを通れない。
「ちょっと待ってろ。そのままじゃ邪魔だからな」
俺はシステムウィンドウを開き、ポイントを消費した。
《『幻獣用・質量圧縮カラー(首輪)』を購入。消費ポイント:50,000 pt》
空間から取り出した銀色の首輪をシロの首にカチンとはめると、ポンッ!という気の抜けた音と共に、三メートルの巨体が瞬く間に縮んでいく。
十秒後。そこにいたのは、体長わずか三十センチほどの、ポメラニアンとハスキーを掛け合わせたような、白銀の毛並みを持つ超小型犬(子犬サイズ)だった。
「わふっ?」
自分の体が小さくなったことに気づいていないのか、シロは短い尻尾を振りながら、トコトコと短い足でリビングに入ってきた。
「か……っ」
「か……っ!」
「「可愛いぃぃぃぃぃっ!!」」
次の瞬間、リリアとクロエが猛然とダッシュし、小さな毛玉に飛びついた。
「なにこれフワフワ! 氷の幻獣なのに全然冷たくない!」
「この無垢な瞳……! 王国で疲れ切った私の荒んだ心を浄化してくれますわ……!」
二人に揉みくちゃにされながら、シロは「きゅ〜ん」と満更でもなさそうに喉を鳴らしている。かつて王国軍を恐怖の底に陥れた森の主の威厳は、完全に消え去っていた。
「とりあえず泥だらけだから、スパで洗ってやってくれ。そのあとブラッシングもな」
「任せてアレン! クロエさん、一緒にお風呂行こう!」
「ええ! 私の完璧なブラッシング技術で、この子を王宮の愛玩犬よりも美しくして差し上げますわ!」
二人に抱き抱えられ、シロはスパエリアへと連行されていった。
* * *
一時間後。
俺が地下のキッチンで巨大なすき焼き鍋の準備を終え、リビングに戻ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「シロちゃん、はい、極上ジャーキーよ。あーん」
「わふっ(パクッ)」
「いい子ねぇ。次はこっちの柔らかいブラシで梳かしてあげるわね」
冷風が最も心地よく当たる特等席のソファ。
そこでシロは完全に仰向けになり、だらんと四肢を投げ出していた。リリアに最高級の肉を口まで運ばせ、クロエに二人がかりでブラッシングをさせている。
スパで完璧に汚れを落とされたその毛並みは、まさに白銀の絹糸。キラキラと輝く毛玉が、最新の空調とふかふかのクッションの魔力に完全に屈服し、トロけた顔で舌を出していた。
「……お前、完全にダメな犬になったな」
俺が呆れて声をかけると、シロは首だけをこちらに向け、「わふぅ(ここは天国ですね、ご主人様)」とばかりに尻尾をパタパタと振った。
「アレン様、この子は今日から私の直属の部下(癒やし担当)に任命します。王国への復讐計画を練る際、膝の上にこの子がいるだけで、作業効率が三倍に跳ね上がることが証明されましたわ」
クロエが眼鏡をクイッと押し上げながら、とんでもない理屈をこねる。
「ただ自分がモフりたいだけだろ。まあいい、お前らが面倒を見るなら好きにしろ」
俺は笑い飛ばし、テーブルの中央にすき焼き鍋を置いた。
「さあ、飯にするぞ。明日はついに王国の役人が『成果』を取りに来る日だからな。気合い入れて肉を食え」
その言葉に、シロを含めた全員の目が、ギラリと野獣のように輝いた。
* * *
翌朝。約束の三日目。
村の中央広場には、前回と同じ冷酷な目つきをした文官が、完全武装の兵士たちを引き連れてやってきていた。
彼らの後ろには、荷物を積むためではなく「死体を回収するため」の空の荷馬車が数台連なっている。どうせ村は全滅しているか、生き残っていても虫の息だろう――そんな傲慢な推測が、文官の薄ら笑いから透けて見えた。
「さて、底辺のゴミども。三日の猶予を与えてやったが、当然、森の主など討伐できてはおるまい? 約束通り、この村は今日をもって火の海に――」
「お、お待ちくだせぇぇぇっ!!」
文官の言葉を遮り、村長が泥だらけの顔で広場に転がり出てきた。
その背後から、俺と数人の村人が、重々しい木箱を抱えてふらふらと歩み出る。俺たちの服には赤い塗料(血の代わり)がべっとりと付着し、顔には煤が塗られ、いかにも「死闘の末に生き残りました」という悲壮感を漂わせている。
「こ、これを……どうか、これを王様への献上品として……お納めくだせぇ……!」
村長が震える手で木箱を開けた。
「なっ……!?」
文官の表情が、嘲笑から驚愕へと一瞬で凍りついた。
木箱の中に収められていたのは、一点の曇りもない白銀の毛皮と、大人の拳ほどもある巨大で澄み切った蒼い魔石だった。
「ば、馬鹿な……本物か!? あの王国軍の精鋭を退けた幻獣を、貴様らのような農民が……!?」
文官は馬から飛び降り、ひったくるように毛皮を手に取った。
手触りは極上。魔石からは(偽装された)圧倒的な魔力の波動が感じられる。
「ひぃっ、ひぃぃ……! 村の若者が半分死にましただ……! 先祖代々伝わる火薬庫も全て爆破して、ようやく……どうか、どうかこれで村の焼き討ちだけはご勘弁を……!」
村長のアカデミー賞級の嘘泣きに、俺も隣で「ああっ、俺の兄弟たちがぁ……!」と適当に叫びながら顔を覆った。
その悲壮な姿を見て、文官は驚愕から一転、下劣な笑みを浮かべた。
「クハハハッ! なるほど、あの金塊以外にも、火薬や隠し武器を溜め込んでいたというわけか! だが、これで貴様らの『余力』も完全に尽きたようだな!」
文官は毛皮と魔石を大事そうに木箱に戻し、兵士たちに命じて馬車に積み込ませた。
それは、俺が昨日『全自動錬金釜』を使って、その辺の石ころと雑草から錬成した【純度100%の偽物】だ。見た目と魔力波長だけは本物以上に整えられているが、防具に加工しようとすれば雑草のように千切れ、魔石として使おうとすれば石ころのように砕け散る、完全なハリボテである。
だが、表面的な価値しか見ない王都の役人たちには、それが最高の宝に見えているらしい。
「よくやったぞ、ゴミども! これで今年の税は免除してやろう! だが、隠し財産を使い果たした貴様らが、来年の重税をどう乗り切るか……せいぜい泥をすすって足掻くことだな! はーっはっはっは!!」
文官は勝利を確信したような高笑いを残し、馬車を連れて王都へと引き返していった。
彼らの姿が地平線の彼方へ完全に消え去った瞬間。
「……ぷっ。あははははっ!」
「ひーっ! 村長、今日の『若者が半分死にました』のくだり、アドリブ最高でしたよ!」
「ふぉっふぉっふぉ! 役人の顔が引きつるのが面白くて、ついやりすぎちまったわい!」
広場に集まっていた村人たちが、一斉に爆笑し始めた。
赤い塗料を塗った服をパタパタと払いながら、誰もが痛快なドッキリを成功させた子供のように目を輝かせている。
その時、俺の脳内に澄み切った電子音が鳴り響いた。
《極大の理不尽・国家による詐取行為の完了を検知しました》
《算出対象:村の崩壊を前提とした命令を下し、さらに偽の成果物を根拠に今後の重税を課すという、救いようのない悪意》
《王国の傲慢さと無能さが限界を突破しました。ボーナス倍率を適用します》
《獲得ポイント:80,000,000 pt》
《現在のカルマポイント残高:137,300,000 pt》
「……一億、超えたか」
俺は空を仰ぎ、ニヤリと深く口角を吊り上げた。
悪逆王が俺たちを徹底的に搾取し、追い詰めようとすればするほど、俺のポイントは天文学的な数字へと跳ね上がっていく。彼らは自分たちが手に入れたと思っている「幻獣の素材」が、ただの雑草と石ころから作られたゴミだということにも気づかず、王宮で祝杯を上げていることだろう。
「アレン、終わったー?」
背後から声がして振り返ると、枯れ井戸の影から、もこもこのジャージを着たクロエが顔を出していた。彼女の腕の中には、すっかり縮んでぬいぐるみサイズの『シロ』が抱かれている。
「ああ、完璧だ。王国は見事にゴミを抱えて帰っていったよ」
「ふふっ。王国の査定官たちは、あの偽装魔石の見た目の美しさに完全に騙されますわ。本質を見抜く目を持たない愚か者たちですからね」
クロエはシロの頭を撫でながら、冷徹な元官僚の顔で笑った。
「彼らが『これで村の余力は尽きた』と油断している今こそ、反撃の好機です。アレン様のその無限のポイントを使って、王都の裏経済に我々の物資を流通させましょう」
「わふっ!」
シロも賛同するように短く吠える。
「表向きは搾取され尽くした貧困村。だが裏では、王国の喉元に経済の刃を突きつける最強の地下帝国、か」
俺は村人たちを見渡し、力強く宣言した。
「よし、今日の演技も最高だった! 今夜は地下の大スクリーンで映画を見ながら、特上カルビの焼肉パーティーだ!」
「「「うおおおおおっ!! アレン様万歳!!」」」
村人たちの歓声が、枯れ果てた地上の空に響き渡る。
王国には無価値なゴミを押し付け、俺たちは地下で極上の癒やしと贅沢を貪る。
悪逆王が自らの首を絞めていることなど露知らず、俺たちの『王国経済乗っ取り計画』は、一億ポイントという莫大な資金を元手に、いよいよ本格的な始動の時を迎えようとしていた。




