#45 最強アレンのスローライフは永遠に〜今日も地下帝国は平和です〜
すべてのカルマポイントを使い切り、全次元に『永久ホワイト環境化バフ』を注ぎ込んでから、数ヶ月の月日が流れた。
世界の様相は一変していた。 病原菌や極度の疲労に苦しむ者は消え去り、大地は四季折々の恵みを豊かに実らせ、戦争や掠奪を企む愚者は誰もいなくなった。 地上界、天界、そして魔界を結ぶ『全次元カルマ・ユニバーサル・リゾート』は、本日も世界中から訪れる数十万人の観光客の笑顔と活気に包まれている。
だが、そんな世界を裏から動かす超巨大経済帝国の中心――地下最深部のペントハウスでは、相変わらず平和すぎる、いつもの日常が繰り広げられていた。
「あー……ポテチうめぇ。コーラ最高。やっぱクーラーの効いた部屋でゴロゴロしながら読む漫画は至高だな……」
ふかふかの特注レザーソファに埋もれ、アレンはポテトチップスをパリパリと齧りながら、のんびりと雑誌をめくっていた。 彼の膝の上では、白いポメラニアンの姿をした神話級魔獣・シロが、「くぅ、きゅぅ……」と寝言を言いながら無防備なへそ天状態で爆睡している。
「アレン! 朝焼き立てのクロワッサンと、セレスから届いた採れたての世界樹イチゴのジュースが出来たよ!」
リビングの扉が勢いよく開き、もこもこのルームウェア姿のリリアが、トレイを抱えて駆け寄ってきた。 天使の輪ができるほどツヤツヤな亜麻色の髪を揺らし、透き通るような肌を誇る可憐な少女。彼女はアレンの隣にチョコンと腰掛けると、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせながら、イチゴジュースのグラスをアレンの手に渡した。
「ほら、一口飲んでみて! アレンの好きな甘さ控えめにしておいたから!」 「ん、ありがとうリリア。……うん、やっぱりリリアの淹れてくれるジュースが世界一美味しいよ」 「えへへ……! アレンにそう言ってもらえるのが一番嬉しい!」
アレンの言葉に、リリアは頬をぽっと朱に染めて幸せそうに笑った。 かつて地上の貧しいボロ村で泥にまみれ、飢えと寒さに震えていた少女の面影はどこにもない。アレンに救われ、彼の全肯定者として最愛の時間を重ねてきた彼女の表情は、ただただ純粋な愛おしさに満ちていた。
「アレン様、本日の『全次元リゾート総売上報告書』と、明日からの『魔界サファリ第二期拡張計画』の承認書類でございます」
カツカツと知的なヒール音を響かせて現れたのは、仕立ての良いスーツを身に纏った秘書長クロエだ。 彼女は眼鏡のツルをクイッと押し上げながら、分厚い羊皮紙のバインダーをアレンの前のテーブルへと置いた。
「相変わらず手際が良いね、クロエ。でも、もうポイントシステムもなくなったのに、そんなに儲けてどうするの?」 「何を仰いますか、アレン様」 クロエは不敵かつ美しく微笑んだ。
「ポイントという利便性に頼らずとも、我が『影の天秤』商会は今や三界の全経済流動の八割を握っておりますの。得られた正当な対価(大金)は、全地域のインフラ維持と、従業員のさらなる給与アップ、そしてアレン様の永遠の引きこもり生活資金として再投資されますわ」
「うわぁ、完璧すぎる……さすが元財務省の天才官僚だね。これからもよろしくね、クロエ秘書長」 「ええ、喜んで。アレン様が私を信じて全権を委ねてくださる限り、このクロエ・フォン・ヴァルハイト、世界の果てまで計算してみせますわ」
かつて悪逆王の不当な重税に反対し、無実の罪で最果ての村へ追放された天才秘書は、自信に満ちた晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「アレン様! お疲れ様です! 本日も元イハカ兵および元魔王軍の合同ブートキャンプ、無事に終了いたしました!」 「ふははは! 我が魔界の魔物たちも、今や大胸筋でクルミを粉砕する演舞で大歓声を浴びておるぞ!」
ドカドカと豪快に入ってきたのは、両手に純金ダンベルを持ったままスクワットをする騎士団長オリビアと、アロハシャツを着こなした魔王バアルである。
「オリビア、床に傷をつけないでね。バアルさんも魔王城の仕事はいいの?」 「ふん、魔界の債務整理も終わったし、実務は老執事のデモゴルに任せてきた! 今日は天界の主神ゼウスと、スカイリゾートの新作パフェの大食い勝負をするのだ!」 「あ、それなら私も混ぜてちょうだい! 天界の監査局も今は完全シフト制だから、今日の私は有給休暇なの!」
後から飛び込んできた元筆頭監査官のセラフィナが、六枚の光る羽をパタパタと揺らしながら、バアルの隣へと割り込んでいく。
「みんな、本当に賑やかになったよね……」 アレンは冷たいジュースを飲みながら、賑やかすぎるリビングを見渡して、ふっと穏やかに目を細めた。
勇者のように剣を振るったわけでもない。 覇王のように魔法で世界をひれ伏せさせたわけでもない。 ただ前世の過労死のトラウマから逃れ、自分の安心できる引きこもり空間を作ろうと、ポイントと経済の暴力で敵を買収し続けただけ。
気付けば、ブラックな重税に苦しんでいた王国も、破産寸前だったイハカ連邦も、過酷なワンマン体制に疲弊していた天界も、ハイパーインフレで崩壊しかけていた魔界も……すべてがアレンの提示した「圧倒的なホワイト環境」の前に救われ、一つの大きな家族のようになっていた。
「ねえ、アレン」 リリアがそっとアレンの服の裾を引っ張り、エメラルドグリーンの瞳でアレンを見上げた。
「ん? なに、リリア?」 「私ね、今が生まれてから一番幸せだよ。アレンに出会えて、アレンのそばにいられて……本当に良かった」
「……そっか。俺もだよ、リリア」
アレンはリリアのツヤツヤな髪を優しく撫で、抱き寄せた。 リリアは嬉しそうにアレンの胸に顔をうずめ、小さく「えへへ」と微笑んだ。
「さあ、アレン様! 今日も一日、何もせず存分にダラダラとお過ごしください!」 クロエが優雅に一礼し、オリビアが誇らしげに胸を張り、バアルとセラフィナがスイーツの奪い合いを始め、シロがアレンの膝の上で「ワン!」と元気に鳴く。
かつて社畜として孤独に死んでいった男が掴み取った、世界で一番贅沢で、世界で一番温かい日常。
誰一人として血を流さず、すべてをホワイトに買い叩いた最強の元村人アレンの、無敵でマイペースな『究極のスローライフ』は、これからも永遠に続いていくのだった――。
(完)




