#41 神々の反撃? 主神降臨と「天界差し押さえ」通告
天界の土地所有権および主要インフラの七割がアレンの『影の天秤』商会に買い叩かれ、下級天使たちの九割が超ホワイトな「スカイリゾート」のキャストへと移籍してから数日。
天界の最上層――神々の王が鎮座する『神聖至高殿』は、かつてない激震に揺れていた。
「おのれぇぇぇ……! 許さん、許さんぞ人間めぇぇっ!!」
天界の絶対的な統治者であり、全神々の頂点に立つ『主神』ゼウス=ヴァルハラは、黄金の玉座を拳で叩き割りながら怒号を上げていた。
彼の周囲に控えさせるはずだった近衛天使や侍従たちは誰一人としていない。それもそのはず、全員がアレンの提示した「週休三日・三食賄い付き・完全個室社員寮」の破格の条件に惹かれ、退職願を置いてスカイリゾートの接客研修へと移籍してしまったからである。
「筆頭監査官のセラフィナすらも下界の悪魔に寝返り、天界の神聖なる土地は怪しげな温泉やカフェに変えられただと!? 神の威光を金で汚すなど、断じて許さぬ!」
主神は激怒のあまり全身から眩い神雷を放ち、自ら地上へと降臨することを決意した。
神々のシステムを乱す不遜な元村人を、圧倒的な神罰をもって灰燼に帰せしめるために――。
* * *
――ズドォォォォンッ!!
アレンのペントハウスの上空、地下帝国の天井を構成する巨大な魔導障壁を突き破り、目も眩むような黄金の神光が降り注いだ。
空が割れ、光の奔流の中から姿を現したのは、黄金の鎧を纏い、手に神雷の槍を握りしめた最高神・ゼウスであった。
『ひれ伏せ、下界の愚か者どもよ! 我こそは天界の覇者、世界の理を司る主神なり!』
その神威はすさまじく、周囲の空間が歪み、空気そのものが強烈な重圧で押し潰されそうになる。
しかし、ペントハウスのリビングでは、いつも通りの光景が繰り広げられていた。
「うわっ、眩しっ! いきなり天井破って入ってこないでよ、修理費用かかるんだから」
アレンはサングラスをかけ、ソファでポテトチップスをつまみながら眩しそうに目を細めた。
「何者だッ! 大家様の私有地に不法侵入とは良い度胸! 我が大胸筋の餌食となるかッ!」
オリビアが即座に素手で構え、リリアは「きゃっ!」と声を上げてアレンの背中に隠れる。膝の上ではシロが「ワン」と不機嫌そうに吠え、ソファーの端ではもこもこ部屋着姿のセラフィナが「ひぇぇっ、主神様!?」と震えていた。
『セラフィナ! 貴様、神の忠誠を捨ててそのような下等な人間に飼いならされていたのか! 恥を知れ!』
「う、うるさいわね! 主神様が手当も出さずに一千年間無給残業させるからでしょ! アレン様は毎日美味しいパンケーキとメロンをくれるんだから!」
『な、なにぃ……っ!? パンケーキごときに目が眩んだというのか貴様はぁっ!?』
主神の額に青筋が浮かび、右手にかざした神雷の槍がカチカチと狂暴な放電を始める。
『ええい、問答無用! 天界の理を乱し、神々の領土を金で汚した罪、死をもって償うが良い! 今ここで神罰を――』
「はい、そこまでですわ」
神罰が放たれる直前。
静かな、しかし凛とした声が室内に響き渡った。
歩み出てきたのは、分厚い羊皮紙のバインダーを抱え、眼鏡をスッと指で押し上げたクロエであった。
彼女は最高神の放つ恐ろしい神威など微塵も恐れる様子もなく、冷徹な視線で主神を見上げた。
「主神様とお見受けいたします。お忙しいところ申し訳ありませんが、武力を行使される前に、まずはこちらの書類をご確認いただけますかしら?」
『ぬ……? 書類だと? 戯言を! 我は神だぞ、人間ごときの紙切れなど――』
「こちら、我が『影の天秤』商会が発行いたしました【天界資産差し押さえ通告書】ならびに【過去一万年分のインフラ管理費・滞納金請求書】となりますの」
クロエが指を鳴らすと、空中に巨大な赤いホログラムウィンドウが展開された。
そこにズラリと並べられたのは、主神すら見たこともない膨大な勘定項目と、天文学的な金額の数字であった。
「解説させていただきますわね」
クロエは得意の解説枠として、スラスラと論理的に数字を読み上げ始めた。
「まず、天界の根幹である『理の魔導炉』ですが、過去三千間にわたる点検怠慢により老朽化が進行。これを我がアレン様が千億カルマポイントを投入して完全修復いたしました。次に、天界の第三・第四区画の土地ですが、主神様の放漫経営による国債デフォルトの担保として、弊社が正当な手続きで買い取り済みです」
『な、何だと……!?』
「さらに、本日時点での天界全体の国債保有率ですが……我が『影の天秤』商会が【九十九・八パーセント】を保有しております。要するに、主神様ご自身の玉座も、お召しになっているその黄金の鎧も、すべて弊社の『貸与品』となりますの」
「え、クロエ……主神さんの服も俺たちの持ちものなの?」
アレンが驚いて尋ねると、クロエは優雅に微笑んだ。
「ええ、アレン様。天界上層部の全資産はすでに弊社が担保として差し押さえております。ですから主神様……今あなたがその神雷で弊社の天井を壊した修理費を含め、ただちに【三兆カルマポイント】を現金でお支払いいただけますかしら?」
『さ、三兆……!? 払えるわけがなかろう! 天界の金庫はすでに空だ!』
「お払いが不可能な場合は――」
クロエは冷酷な笑みを浮かべ、バインダーをバシッと閉じた。
「不渡り処分とし、天界そのものを全額競売にかけさせていただきますわ。主神様には『破産者』として玉座を退去していただき、スカイリゾートの最下層で清掃スタッフとして働いていただくことになります」
『ひ、ヒィィィィィィッ!?』
武力でも神威でもない。
『金融と法律の暴力』という逃げ場のない現実を突きつけられ、全神々の頂点に立つ主神の顔から一瞬で血の気が引いた。
「ど、どうする主神様……? 払えないなら、あそこの『差し押さえ赤紙』が貼られちゃいますよ……?」
元監査官のセラフィナが、哀れみの目で主神を見つめる。
『う、嘘だ……! 我は神だぞ!? 世界の創世主にして全知全能の――』
「あ、主神さん。別にそんなに悲観しなくても大丈夫だよ」
絶望で膝をつきかけた主神に向かって、アレンが呑気に声をかけた。
「温泉の無料ペアチケットと、スカイリゾートの役員(名誉職)のポストを用意してあるからさ。無理して神様なんて威張ってないで、みんなと一緒に美味しいもの食べてのんびり過ごしなよ。給料もちゃんと払うからさ」
『役員……? 給料……?』
アレンから差し出された温かい焼き立てのクロワッサンと、湯気の立つコーヒー。
千年間、見栄と重圧と資金難に押し潰されそうになっていた主神の鼻腔を、甘く香ばしい匂いがくすぐる。
「はい、主神様もどうぞ! アレン様の作ってくれたご飯は、世界一美味しいんですよ!」
リリアが満面の笑顔でクロワッサンを渡すと、主神は震える手でそれを受け取り、恐る恐る口へと運んだ。
――サクッ、ジュワッ。
『……っ!? な、何だこの口内に広がる豊潤なバターのコクと香りは……! 我が今まで口にしていた聖水とは一体何だったのだ……っ!』
一口食べた瞬間、主神の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
神としてのプライドも、怒りも、すべてが圧倒的な「美味さとホワイトな優しさ」の前に崩れ去っていった。
『あ、アレン殿……! 我が悪かった! 神の威光などもういらん! 我を……我をそのスカイリゾートの役員にしてくれぇぇぇっ!』
涙と鼻水を流しながら、アレンに頭を下げて縋りつく最高神。
こうして、天界の神々による反撃(?)は、一滴の血も流れることなく、わずか数分で「全額買収&和解」という形で大団円を迎えたのであった。




