#39 魔界からの乱入者! 破産寸前の貧乏魔王と悪魔の債務整理
天界の「差し押さえ通告書」に対する主神からの悲鳴のような抗議魔法が空を飛び交う中、アレンの地下帝国ペントハウスには、またしても不穏かつ突拍子もない歪みが生じていた。
――ズズズズズ……ッ!!
リビングの中央、先日の天界からの裂け目とは正反対の、不気味な黒紫色の炎を纏った漆黒の門が出現する。
まばゆい光の天界に対し、今度は禍々しい魔気が室内に満ち溢れた。
「くっ、何事だ!? 天界の刺客か、それとも魔界の侵略者かッ!?」
即座に体を張り、純金ダンベルを構えて立ち塞がるオリビア。
リリアはすかさずアレンの背後に回り、シロは「ふあぁ」と大きなあくびをしながらソファの上で丸くなり直した。
黒紫の炎の中から現れたのは、頭部に立派な二本の角を生やし、漆黒のマントを羽織った圧倒的な存在感を放つ美女――魔界を総べる『魔王』バアルであった。
その瞳には赤く燃える魔力が宿り、醸し出す覇気はまさに一界の覇者そのもの。
『ふはははは! 愚かな人間どもよ! 天界の連中を金とホワイト待遇で骨抜きにしたという噂の特異点とは、貴様のことかアレン!』
豪快な高笑いを響かせる魔王バアル。
しかし、アレンはポテトチップスをパリパリと齧りながら、冷ややかな視線を彼女の足元に向けた。
「あのさ、魔王さん。登場するのはいいんだけど、そのマントの裾……ツギハギだらけだし、ブーツの底、剥がれかけてない?」
『っ……!?』
バアルの動きがピタリと止まり、高笑いが引きつった。
「それに、その角もちょっと削れてるし、なんだかすごく……全体的に貧相っていうか、生活苦の匂いがするんだけど」
『ぬ、ぬぐぐぐっ……! 無礼な奴め! 誰が生活苦だ! 我は魔界の支配者、恐怖と絶望の――』
「バアル様、見栄を張るのはおやめください。我が魔界の今月の国庫残高は、すでに【銅貨三枚】でございます」
黒門の影からトボトボと現れたのは、コウモリの翼を生やした痩せこけた老悪魔――魔界財務総監の執事デモゴルであった。
「なっ、言うなデモゴル! 我が魔王としての尊厳が――!」
「尊厳で兵士の胃袋は膨らみません! アレン様、どうかお助けください! 我が魔界は今、過度な軍拡大争の果てに【超ハイパーインフレ】と【国家破産】のどん底にあるのですッ!」
老執事デモゴルはその場に崩れ落ち、大粒の涙を流してアレンに頭を下げた。
「えぇ……魔界も破産してんの?」
アレンは呆れたように天井を見上げた。
* * *
ソファに座らされ、リリアが淹れた温かい紅茶とスコーンを差し出されると、魔王バアルは『恐怖の支配者』の仮面をあっさり脱ぎ捨てた。
『うんまぁぁぁいっ!! なにこれ、生地がサクサクでバターの香りが……っ! 天界のセラフィナが胃袋を掴まれたという噂は本当だったのか……っ!』
「がっつかないでくださいバアル様、私にも一口……っ!」
誇り高き魔王と老執事が、目の前のスコーンを猛烈な勢いで貪り食う。
その悲惨な姿に、隣で見ていた新入りのセラフィナ(天界元監査官)が同情の眼差しを向けた。
「バアル……貴女たちもそんなに過酷な生活をしていたのね。天界も酷かったけれど、魔界も相当ね……」
『うるさい! もとはと言えば天界の連中が『聖戦』だなんだと煽ってくるから、我が軍も魔導兵器の開発に国家予算を突っ込まざるを得なかったのだ! 結果、軍備だけが無駄に膨らみ、農業も商業も崩壊……気付けば兵士に給料も払えず、暴動寸前なのだぞ……っ!』
ボロボロと涙を流しながらスコーンを噛みしめる魔王。
要するに、天界との不毛な軍拡競争の末、魔界は完全に経済破綻し、魔物たちは飢えと極貧に喘いでいたのだ。
「なるほど。典型的な軍備インフレによる国家破綻ですわね」
ここで、書類の束を抱えたクロエが優雅に歩み寄ってきた。眼鏡の奥で、その瞳が「極上の獲物を見つけた」かのように妖しく光っている。
「アレン様。魔界の破産、これは我が商会にとって『千載一遇の事業拡大チャンス』ですわ」
「チャンスって……魔界をどうするの? クロエ」
「魔界には、下界にはない広大な地下資源、そして凶悪かつ広大な『未攻略ダンジョン』が多数存在します。これらは観光資源として、極めて高いポテンシャルを秘めておりますの」
クロエは魔王バアルの前に、一枚の厳密な契約書を提示した。
「バアル様。我が『影の天秤』商会が、魔界の債務をすべて肩代わりし、財政再建(債務整理)をプロデュースして差し上げますわ。その代わり……魔界の主要ダンジョンおよび地下資源の管理権を、担保として弊社に譲渡していただきます」
『な、なんだと……!? 我が魔界のダンジョンを人質(魔質)に取るというのか!? あそこは凄惨な殺戮と恐怖の地なのだぞ!』
「いいえ。殺戮の地など、古くさいですわ」
クロエは不敵に微笑んだ。
「これより、魔界のダンジョンはすべて――【全次元最大級のお化け屋敷&サファリ・ダンジョン】としてリニューアルいたします!」
* **
決定は早かった。
アレンの圧倒的なカルマポイントが「魔界救済ファンド」として投入され、ハイパーインフレで紙くず同然となっていた魔界通貨は、アレンの『影の天秤ポイント』へと強硬にデノミネーションされた。
さらに、行くあてを失っていた魔王軍の凄惨な魔物たち(ドラゴン、サイクロプス、デュラハンなど)には、驚くべき再雇用先が提示された。
――魔界・第一大ダンジョン『死の深淵』。
かつて挑戦した冒険者を一人残らず噛み砕いてきた恐ろしい漆黒の迷宮は、わずか数日の工事(アレンのポイント投入)によって激変していた。
「ガァァァァッ!! (※訳:お、俺の脅かし方、これで合ってるか……?)」
薄暗い通路の影から跳び出してきたのは、体長五メートルを超える凶暴な魔獣『地獄の番犬』。
しかし、その首には可愛らしい『安全点検済み』のタグが付けられており、客の前に現れると――
「キャーッ! すごい迫力! 本物のお化け屋敷みたい!」
「おいケルベロス、写真撮るからポーズ決めてくれよ!」
訪れた観光客(人間やエルフたち)が歓声を上げ、魔導カメラのシャッターを浴びせる。
ケルベロスは一瞬困惑したものの、アレンから支給された『特製ビーフジャーキー(高純度魔力バフ付き)』を思い出し、ノリノリで「ガオ〜ッ!」と愛嬌たっぷりのポーズを決めて見せた。
「ナイスリアクションだ、ケルベロス! 給料一割増しだぞ!」
「ガウッ!(※有難うございます社長!)」
魔王軍の凶悪な魔物たちは、全員が『お化け屋敷のプロキャスト』および『サファリパークの展示モンスター』として再雇用されたのだ。
1.完全週休三日制。
2.労働時間は1日6時間(シフト制)。
3.『人を殺さず、恐怖と歓喜を与える』ことで高額歩合給発生。
4.三食高品質な肉食・魔力食付き。
今まで「腹を空かせて下界に侵攻し、返り討ちに遭う」という不毛なサイクルを繰り返してきた魔物たちにとって、この『ホワイトお化け屋敷』の環境はまさに天国であった。
「人を殺さなくていい! 脅かすだけで美味い肉が食えるぞーっ!」
「アレン様万歳! 魔王様よりアレン様だーっ!」
ダンジョンのあちこちで、魔物たちの歓喜の叫びが響き渡る。
* * *
「……我が誇り高き魔王軍が、全員『テーマパークのキャスト』として笑顔で接客している……」
ダンジョンのVIP観覧席で、アレンから手渡された冷たいジュースを飲みながら、魔王バアルは呆然と呟いていた。
「どう? バアルさん。これなら誰も死なないし、魔物たちもお腹いっぱいで幸せでしょ?」
『う、うむ……ぐうの音も出ん。我が配下たちが、あんなに楽しそうに働いている姿など、生まれて初めて見たぞ……』
バアルは感極まったように溜め息をつき、豪華なアロハシャツを着て観光客に案内をしている自身の側近(大悪魔)を見つめた。
「これで魔界の赤字も完済だよ。バアルさんも、もう破産に怯えてツギハギのマントを着なくても大丈夫だからね」
アレンが優しく微笑むと、魔王バアルの顔がぽっと赤くなった。
『あ、アレン……! 感謝するぞ! 貴様は我が魔界を救った恩人……いや、我が主だ! これからは我が魔界も、貴様のスローライフの傘下に入ると誓おう!』
「あ、傘下に入るのはいいけど、大げさな誓いはいらないからね。普通に温泉でも入って楽しんでいってよ」
『ふふっ、どこまでも欲のない男だ。……だが、そういうところが嫌いではないぞ』
ツンと横を向きながらも、六枚の翼をパタパタと揺らすセラフィナと同じように、バアルも嬉しそうに角を揺らしていた。
こうして、天界に続き、魔界までもがアレンの資本主義とホワイト待遇の前に完全陥落。
「天・地・魔」の三界すべてを巻き込んだアレンのスローライフは、いよいよ全次元を統合する規格外の領域へと突入していくのであった。




