#38 【番外編】リリアの大作戦! アレン様と行く極上お忍びデート
天界の第三・第四区画の買い取りと下級天使たちの大量雇用が完了し、クロエが怒り狂う主神への「差し押さえ通告書」の最終校正を行っていた頃。
地下帝国の最深部にあるアレンの自室では、鏡の前で何度もドレスの裾を整えている一人の少女の姿があった。
リリア。
地上の貧しいボロ村で、ツギハギだらけのボロ布を纏い、過酷な労働と飢えに耐えていたところをアレンに救われた少女である。
かつてはパサパサだった亜麻色の髪は、地下帝国の全自動スパと最高級アメニティの力で天使の輪ができるほどツヤツヤになり、透き通るような白い肌を取り戻していた。
「よしっ……帯の結び目も綺麗だし、髪型も崩れてないよね!」
今日、リリアには一世一代の大計画があった。
名付けて『アレン様お疲れ様! お忍びリゾートデート大作戦』である。
イハカ連邦の買収、第2テーマパークのグランドオープン、そして天界の不動産買収……。怒濤のスケールで進む事業の陰で、アレンはいつも通りのんびり過ごしているように見えて、実は頭を悩ませたり気苦労を重ねたりしてきた。
だからこそ、今日だけは「大家」や「社長」としての肩書をすべて忘れさせ、自分がアレンを思い切り甘やかして癒やしてあげるのだと、リリアは心に決めていた。
「アレン様! お待たせいたしました!」
居間へ向かうと、そこにはいつも通りのゆるいハーフパンツに薄手のラフなシャツを羽織ったアレンが、ソファでアクビを噛み殺しながら待っていた。
「お、リリア。すごく似合ってるよ。今日は一段とおしゃれだね」
「ふふっ、本当ですか!? アレン様にそう言ってもらえるのが一番嬉しいです!」
アレンの何気ない褒め言葉に、リリアのエメラルドグリーンの澄んだ瞳が輝き、頬が一瞬でぽっと朱に染まる。
「で、今日はリリアが全部エスコートしてくれるんだっけ? 『一日アレン様独占権』なんて名前がついてたけど」
「はいっ! クロエさんにもオリビアさんにも『今日だけは絶対にアレン様に仕事をさせないでください』ってお願いしてありますから! 今日は二人っきりで、リゾートを思い切り楽しみましょう!」
リリアはアレンの腕にキュッと自分の両手を絡ませた。
アレンは苦笑しつつも、どこか嬉しそうに立ち上がり、彼女の歩調に合わせた。
「了解。今日はリリア隊長に従うよ。どこへでも連れて行ってくれ」
「はいっ! 出発進行です!」
* * *
二人がやってきたのは、完成したばかりの『イハカ温泉&サファリリゾート(第2テーマパーク)』の一般商業エリアだ。
かつて黒煙と排気ガスに包まれていた暗黒の軍事都市だったとは誰も信じられないほど、明るい活気に満ちている。
「まずはここです! アレン様、あそこを見てください!」
リリアが嬉しそうに指さしたのは、香ばしい甘い香りを漂わせているスイーツの屋台街だった。
「わあ、美味しそうなチュロスやクレープがいっぱい並んでるね」
「ふふっ、実はこの屋台街のレシピ、アレン様がポイントで出してくれた異世界のスイーツ本を参考に、私が試作を重ねて監修したんです! お店の人に教えてあげたら、大ヒットしちゃって!」
「へえ! リリアが監修したのか、それは食べないわけにはいかないな」
アレンが屋台で買い求めたのは、焼き立てのチュロスと、旬の苺が山盛り乗ったクレープだ。
二人はベンチに並んで腰掛け、仲良くスイーツを口へと運んだ。
「ん! 外はサクサクで中はモチモチ……すごく美味しいよ、リリア」
「本当ですか!? よかったぁ……! アレン様のお口に合わなかったらどうしようってドキドキしてたんです」
安堵の息をつくリリア。その口元に、ちょこんと白い生クリームがついていた。
「リリア、クリームついてるよ」
「えっ? どこですか? あふっ……!?」
アレンが自然な動作で指を伸ばし、リリアの唇の端についたクリームを優しく拭い取って、自分の口へと運ぶ。
「あ、あ、あ、アレン様……っ!? い、今、口拭いて……っ!?」
「ん? ああ、ごめん。ハンカチ出せばよかったかな?」
「い、いいえっ! 全然嫌じゃないです! むしろ……すっごく胸がキュッとなりました……っ!」
顔を真っ赤にして照れまくるリリア。アレンは微笑みながら、彼女のツヤツヤな髪をなでなでした。
「ごめんごめん。ほら、次はどこへ行くの?」
「うぅ……もう、アレン様は不意打ちが得意です……。次はあっちです! 大観覧車へ行きますよ!」
* **
ゆっくりと上昇していく大魔導観覧車のガラス張りゴンドラ。
高さが増すごとに、広大なテーマパークの全景と美しい自然が一望できるようになっていく。
「すごい眺めだね……。下から見るのとは全然違うや」
「はい……本当に、夢みたいに綺麗な世界です……」
ゴンドラの中で、リリアは静かに窓の外を見つめていた。
彼女のエメラルドグリーンの瞳に、美しく輝くリゾートの街並みが映り込んでいる。
「ねえ、アレン様」
「ん? なに?」
「私、時々ふと思うんです。あのボロ村で、ツギハギの服を着て土を掘っていた頃のことを……」
リリアの手が、アレンの手の上にそっと重ねられた。
「あの頃の私は、今日食べるパンすらなくて、明日生きているかも分かりませんでした。……でも、アレン様が私を見つけてくださった。ふかふかのベッドも、温かいお風呂も、甘いお菓子も、この輝くような服も……全部、アレン様が私にくださった神様みたいな奇跡なんです」
リリアはアレンの顔を、心からの崇拝と溢れんばかりの愛おしさで見つめた。
「あの時、私の手を握って地下帝国へ連れてきてくれたアレン様は、私にとって世界で一番凄くて、世界で一番お優しくて……本物の神様以上の存在なんです。だから、アレン様がどれだけ大きな国を買っても、天界を買っても、私にとっては『世界で一番大好きなアレン様』であることに変わりはありません」
「リリア……」
「アレン様がどれだけ凄くなっても、私はずっとアレン様のそばでご飯を作って、おかえりなさいって笑顔で言える存在でいたいです。私の一生も、命も、全部アレン様にあげたものなんですから!」
純粋無垢で、一点の濁りもない献身の言葉。
己の利益や立場など一切考えず、ただひたすらにアレンの幸せだけを願うリリアの真っ直ぐな瞳。
アレンは胸の奥が温かいもので満たされるのを感じながら、彼女の華奢な肩を優しく引き寄せ、力強く抱きしめた。
「ありがとう、リリア。俺にとっても、君が隣にいて笑ってくれることが、どんなポイントや大金よりも一番の『ご褒美』なんだよ」
「アレン様ぁ……っ!」
リリアはアレンの胸に顔をうずめ、嬉し泣きの涙をポロポロとこぼした。
ボロ村で震えていたかつての少女は、今、世界で一番幸せな笑顔を咲かせていた。
頂上に達した観覧車の中で、夕暮れの茜色の光が二人を温かく包み込んでいく。
泣き止んだリリアが、真っ赤な顔で胸から顔を上げ、背伸びをしてアレンの頬にちゅっと小さなキスをした。
「えへへ……『アレン様独占権』の特別ボーナスです!」
「ハハッ、それはありがたく頂いておくよ」
* **
すっかり日が暮れ、テーマパーク全体が綺麗なイルミネーションで彩られた頃。
二人はペントハウスへと戻ってきた。
「ただいまー」
「帰りましたー!」
居間に入ると、不機嫌そうな顔で腕組みをしているクロエ、プロテインシェーカーを振るオリビア、そしてソファーでもこもこの部屋着を着て幸せそうにドーナツを食べているセラフィの姿があった。
「お遅いお帰りですわね、アレン様、リリア。……ふん、ずいぶんと晴れやかなお顔をしてらっしゃること」
「クロエさん! ただいまです! えへへ、今日のアレン様は私がしっかり癒やしてきましたからね!」
胸を張るリリアの表情は、どこまでも誇らしげで輝いていた。
「むっ! リリア殿、ズルいぞ! 次は私と『極限筋トレデート』を行っていただかねば気が済まんぞ!」
「それは遠慮しておきます、オリビアさん……」
呆れるアレンの足元に、シロがトテトテと寄ってきて膝の上に飛び乗ってくる。
仲間たちの賑やかな笑い声がペントハウスに満ちていく。
「さて……リリアのおかげで活力も満タンになったし。クロエ、明日からの天界主神との交渉、本格的に進めようか」
「ええ、喜んで。準備は完璧ですわ、アレン様」
どんなにスケールが大きくなろうとも、この温かい身内たちの笑顔と日常がある限り、アレンの歩みが止まることはないのだ。




