#37 天界の財政赤字を救え! 業(カルマ)ポイントで買い取る天界不動産
ペントハウスのふかふかソファで、焼きたての特大ホットケーキと世界樹メロンを平らげたセラフィナ(セラフィ)は、幸せそうな吐息を漏らしながら長椅子の背もたれに体を預けていた。
先ほどまでの刺々しい威厳はどこへやら。六枚の羽をパタパタと緩やかに羽ばたかせ、腹八分目の満足感に浸っている姿は、ただの可憐な少女そのものである。
「ふぅ……天界の聖水と乾燥小麦パンに比べたら、ここはお菓子の国ですね……」
「満足してもらえたなら良かったよ。で、セラフィ。さっき言ってた『天界の財政赤字』について、もう少し詳しく聞かせてもらえる?」
アレンは冷たいコーラを一口飲みながら、向かい側の椅子に腰掛けた。
隣では、クロエが羊皮紙と魔導端末を並べ、いつになく鋭い目つきでペンを構えている。
「はい、アレン様」
セラフィは背筋を正すと、神妙な面持ちで語り始めた。
「実を申し上げますと、天界の財政は数年前から破綻寸前でした。地上での信仰心が薄れ、神々に捧げられる『祈り』という根本的なエネルギー収入が激減していたのです。それにもかかわらず、主神様をはじめとする上層部は、かつての栄華を忘れられず、無駄な神殿の増改築や巨大な神像の建設に莫大な魔力を費やしていました」
「典型的な、身の丈に合わない放漫経営ですわね」
クロエが冷ややかに言い放つ。
「ええ……。そのツケがすべて下級天使や監査局の現場に回され、設備投資は凍結。天界と下界の空間を維持する『理の魔導炉』は、まともなメンテナンスもされず、ツタと錆に覆われた状態です。そこへアレン様が、数兆規模のカルマポイントを一気に獲得されたため、老朽化した魔導炉が過負荷を起こし、天界の制御システムがパニックに陥ったのです」
「要するに、管理不足でボロボロだったインフラに、俺の巨大なデータ(ポイント)が流れ込んでサーバーダウンしたってことか」
「はい……。主神様は『不遜な人間が神のシステムを汚した』と怒り狂い、私に『その人間を成敗し、力を没収してこい』と命令を下されました。ですが……本当の原因が天界側の整備不良にあることは、私にも分かっていたのです」
セラフィは唇を噛み締め、膝の上で小さな拳を握りしめた。
「下級天使たちは、崩壊しかけた神殿を支えるために日夜無給で働き、翼を傷つけています。それなのに、何の補償も出ません。これ以上、上層部の見栄に付き合わされるのは限界でした」
「ふむ……事情はよく分かったよ」
アレンは顎に手を当て、空中に浮遊する自身のシステムウィンドウを呼び出した。
そこには依然として、【所持カルマポイント:999,999,999,999,999,999……(※上限突破)】という狂ったような数字が点滅している。
「ポイントなら、持て余すほどあるからね。このポイントで天界の老朽化した魔導炉を新品に交換したり、神殿の修繕費を立て替えたりすることは可能なのかな?」
「え、ええ……!? カルマポイントは『存在の業』を直接変換した超高次元エネルギーですから、システム経由で天界の魔導炉に注入すれば、一瞬で完全修復できます! ですが、それには莫大な量が必要で――」
「莫大って、どれくらい? 十億ポイントくらい?」
「い、いえ、天界全体を覆う大結界の再構築も含めれば、およそ百億ポイントは下らないかと……!」
「なんだ、たったの百億か。じゃあ千億ポイントくらいぶち込んでおこうか」
「ち、千億!?!?!?」
セラフィは思わず悲鳴を上げた。
百億ポイントでも、天界の全歴史で蓄積されたエネルギーの数倍に匹敵する。それを『ついで』のように十倍の規模で投げ込もうとする目の前の男の金銭感覚(ポイント感覚)に、天界の筆頭監査官の思考は完全にフリーズした。
「お待ちください、アレン様」
ここで、クロエがすささと前に進み出た。
「ただ資金を注入するだけでは、愚かな主神や上層部を肥やさせるだけに終わりますわ。投資をする以上、見合うだけの『対価』を回収せねばなりません」
「対価? 天界から何を取るの?」
「決まっておりますでしょう」
クロエはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、眼鏡の奥で瞳を怪しく光らせた。
「担保として、天界の『土地所有権』および『神殿・インフラの管理権』を根こそぎ差し押さえます。名付けて――【天界不動産買収&ファンド設立計画】ですわ!」
* * *
決断は迅速だった。
アレンの圧倒的なカルマポイントを原資として、クロエ主導のもと『天界復興特別ファンド』が即座に立ち上げられた。
セラフィナが持つ筆頭監査官の権限と、彼女が隠し持っていた天界の内部構造図・財務資料をフル活用し、買収工作は裏で静かに、かつ苛烈に進められた。
まず最初に取りかかったのは、天界の末端で苦しむ下級天使たちの引き抜きと、老朽化した未利用土地の買い取りである。
――天界・第三下層区。
ここは、かつて美しい雲の上の庭園だった場所だが、今や魔力不足によって雲が痩せ衰え、荒涼とした薄暗い岩場と化していた。
そこでボロボロの法衣を纏い、力なく翼を休めていた十数名の下級天使たちの前に、白銀の光と共に転送ゲートが開いた。
「な、なんだ……!? 下界からの襲撃か!?」
「ひぃっ、お助けを!」
身構える天使たちの前に姿を現したのは、真新しい純白の制服(アレンのポイント製・防具バフ付き高級ユニフォーム)に身を包んだセラフィナであった。
「心配いりません、皆の者。私です、監査官のセラフィナです」
「セ、セラフィナ筆頭監査官!? 無事だったのですか! 下界の悪魔に捕らえられたと聞いておりましたが……」
「悪魔ではありません。私を救い、真の安寧を下さった素晴らしい『大家様』――アレン様のもとから戻ってまいりました」
セラフィナは清々しい笑顔で胸を張ると、背後に控えていたゴーレムたちに合図を送った。
ゴーレムたちが担いできた巨大な木箱が次々と開けられる。
中から現れたのは、温かい蒸気を立てる最高級の料理、ふかふかの毛布、そして眩いばかりの魔力を放つ『極上純度の魔晶石(カルマポイントを結晶化したもの)』の山であった。
「「「「お、おおお……っ!?」」」」
空腹と疲労で倒れかけていた下級天使たちが、目を剥いて絶句する。
「皆さん、主神様の無謀な過重労働に耐える日々は今日で終わりです。アレン様は、この第三下層区の土地所有権を天界から正当な価格で買い取りました。本日より、ここはアレン様の私有地――『天空スパ&スカイリゾート開発予定地』となります!」
「り、リゾート……? 天界が……?」
「はい! そして皆さんには、本計画の『オープニングスタッフ』として移籍していただきます! 提示条件は以下の通りです!」
セラフィナは羊皮紙を広げ、朗々と読み上げた。
1.完全週休三日制(希望休の百パーセント通年保証)。
2.1日6時間労働、残業は原則禁止(発生した場合は通常の三倍の手当支給)。
3.1日3食、星付きシェフ(アレンのポイント召喚)による賄い付き。
4.個室のふかふかベッド完備の社員寮提供。
5.給料は、従来の天界支給額の『一〇倍』。
「「「「じ、一〇倍ぇぇぇぇぇっ!??!?」」」」
下級天使たちの悲鳴が、枯れ果てた天界の空に響き渡った。
「う、嘘だ……! そんな夢のような労働条件が存在するわけがない! 騙そうとしても無駄だぞ!」
「そうです! 私たちは『神への奉仕』の名のもと、無給で千年間働かされてきたのです! 世の中にそんな甘い話が――」
「疑うのも無理はありません。では、まずはこちらをどうぞ」
セラフィナが合図をすると、リリアとセレスティアが笑顔で進み出て、天使たち一人ひとりに温かいスープとふかふかの焼きたてパンを手渡した。
「さあ、遠慮しないで食べてください! お腹が空いてちゃ、良い仕事もできませんよ!」
「エルフの森で採れた新鮮な野菜のスープです! とっても体に優しいんですよ!」
恐る恐るスープを口にする天使たち。
次の瞬間、彼らの目からボロボロと涙が溢れ出した。
「う美味い……! 温かい……! 魔力が……体に染み渡っていく……!」
「嘘じゃなかった……! こんなに優しい人たちが、悪魔なわけがない……っ!」
胃袋と心を完全に掴まれた下級天使たちは、争うようにセラフィナの差し出した『雇用契約書』にサイン(血判ではなくサイン)をし始めた。
「私はサインします! アレン様のために一生働きます!」
「私もです! 主神様を見捨てて、アレン様につきます!」
「はい、ありがとうございます! 契約完了です!」
セラフィナが嬉しそうに書類を回収していく。
こうして、わずか数日のうちに、天界の下層・中層に住む下級天使たちの九割以上が、アレンの『ホワイト雇用』へと寝返っていったのである。
* * *
労働力を確保したアレンとクロエの動きは、さらに加速した。
アレンは無制限のカルマポイントを使い、荒れ果てていた天界の未利用地を次々と買い取っていった。
ポイントの暴力によって、雲の上の荒野は一瞬にして劇的な変貌を遂げる。
枯れていた天界の聖泉には、地下帝国から引かれた極上の『温水バフ温泉』が脈々と注がれ始め、雲でできた空中コテージ、天使の翼で優雅に滑空できる『スカイダイビング・サファリ』、雲の上の絶景を眺めながら絶品スイーツを楽しめる『天空カフェ・サロン』が次々と誕生していった。
さらに、老朽化して崩壊寸前だった天界の根幹『理の魔導炉』には、アレンから一千億ポイントの純粋エネルギーが直接注入された。
ズズズズズズ……ッ!!
天界全体が眩い金色と純白の光に包まれる。
ひび割れていた天界の大結界は完璧に修復され、どんよりと濁っていた天空の雲は、かつてないほどの輝きを取り戻した。
長年、老朽化による魔力漏れと揺れに悩まされていた天界の住民たちは、「神の奇跡が起きた!」と歓喜の声を上げた。
しかし、その「奇跡」の裏にあったのは、神の威光ではなく、一人の元村人が投じた圧倒的な『キャッシュ(ポイント)』の力であった。
* * *
「――ふふふ、見事な進捗ですわね」
完成しつつある『天空スパ&スカイリゾート』の最上階テラス。
クロエは、天界の全地図と不動産権利書がぎっしり詰まったバインダーを愛おしそうに抱え、眼鏡の位置を直した。
「現在、天界の全土地の約七割、および主要なインフラ設備の管理権は、完全に我が『影の天秤』商会が所有しております。下級天使たちの離職率低下と満足度は百パーセント。もはや天界の経済は、アレン様なしでは一秒たりとも回りませんわ」
「うーん、相変わらず仕事が早いね、クロエ」
アレンはリゾートチェアに深く腰掛け、雲の上の絶景を眺めながらマンゴージュースを啜っていた。
彼の膝の上では、シロが気持ちよさそうに雲の上の風を受けながら「くぅ〜」と目を細めている。
傍らでは、新制服に着替えたセラフィナが、誇らしげに胸を張っていた。
「アレン様! 天界の第三・第四区画の修復も無事に完了いたしました! 元下級天使の皆さんも『こんなに快適な職場は生まれて初めてだ』と大喜びしております!」
「良かったよ。セラフィも、もう無理して残業しなくていいんだからね」
「はいっ! アレン様のおかげで、毎日八時間ぐっすり眠れて、お肌のツヤも最高です!」
嬉しそうに六枚の羽を広げるセラフィ。その表情には、かつてあった悲壮感や疲労の色は欠片もない。完全なる『ホワイト企業の恩恵』を全身で受けている顔であった。
だが、そんな平和で温かい空気も束の間。
天界の最上層――主神が住まう『神聖至高殿』の方角から、雷鳴のような地響きが轟いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
『おのれぇぇぇぇぇっ! 人間ごときが、我が聖域で好き勝手を……ッ!!』
激怒に満ちた凄まじい神威が、天界の空を真っ赤に染め上げていく。
主神をはじめとする天界の上層部たちが、ついに自らの足元が完全に買収されているという「恐ろしい事実」に気づいたらしい。
しかし、アレンは慌てる様子もなく、冷たいジュースをもう一口飲むと、フッと穏やかに微笑んだ。
「おや、上層部の人たちもやっと起きたみたいだね。クロエ、例の『請求書』と『差し押さえ通告書』の準備はできてる?」
「もちろんですわ、アレン様」
クロエは冷酷かつ美しく微笑み、分厚い赤紙(差し押さえ予告票)の束を提示した。
「これまで天界が滞納していた魔導炉の維持費、および今回の修復費・不動産買収費用……遅延損害金も含めて、主神様に直接お支払いいただきましょう。払えない場合は……天界そのものを全額即金で競売にかけますわ」
「うわぁ、容赦ないなぁ。まあ、話し合いで解決すると良いんだけど」
呑気に呟くアレンと、最凶の秘書クロエ、そしてすっかり寝返った社畜天使セラフィ。
天界の権力者たちを待ち受けるのは、武力による聖戦などではなく、金融と法律による逃げ場のない『ホワイト買収』であった。
神々の聖域すらもマイペースに飲み込んでいくアレンのスローライフは、いよいよ最高潮へと向かっていく。




