#33 【番外編】新族長セレスティアと、エルフたちの里帰り
イハカ連邦の地下深くに建造された、太陽の光すら届かない冷たい監獄。
かつて魔力供給の生きたバッテリーとして鎖に繋がれ、絶望の中で死を待つだけだった数万人のエルフたちは今、信じられない光景を前に立ち尽くしていた。
「さあ皆さん、こちらへ! 足元に気をつけて、順番に進んでくださいね!」
澄んだ鈴を転がすような声と共に、薄暗い地下ドームの空間が縦にぱっくりと割れた。
現れたのは、淡い光を放つ巨大な転送ゲート(※アレンがカルマポイントで購入した『超大型・どこでも移住門』である)。
そのゲートの前に立ち、誘導灯代わりに光る魔法の杖を振っているのは、美しい金糸の髪を揺らす一人のエルフの少女――いや、エルフの基準で言えばまだうら若き百二十歳の新族長、セレスティアだった。
ゲートの向こう側からは、久しく嗅ぐことのなかった瑞々しい草木の香りと、柔らかな春の風が吹き込んでくる。
「おお……風だ。森の匂いがする……」
「夢ではないのか? 我々は、本当にあの地獄から解放されたというのか……?」
ボロボロの衣服を纏い、痩せ細ったエルフたちが、恐る恐るゲートへと足を踏み入れる。
彼らの先頭を歩いていたのは、白髪の混じった長い髭を蓄え、深い皺の刻まれた顔に疲労を滲ませた壮年のエルフ。セレスティアの父親であり、イハカ連邦に捕縛される直前まで一族を束ねていた『前族長』であった。
「セレスティアよ。お前が、我々を救い出してくれた恩人……アレン殿とやらを連れてきてくれたのだな」
「はい、お父様! アレン様は本当に素晴らしいお方なのです。私たちが住んでいた森を、丸ごと買い取って『自然保護区』に指定してくださいました。もう二度と、イハカの兵士や密猟者が森に入ることはありません!」
セレスは誇らしげに胸を張った。
彼女は今、前族長である父や同胞たちの前で、「一族を救った立派な新族長」として威厳のある姿を見せようと必死に背伸びをしていた。
いつもアレンの前で見せている、ドジで慌てん坊なポンコツエルフの姿は、今日だけは封印しなければならない。一族の未来を背負う長として、毅然とした態度で皆を導くのだ。
「さあ、皆さん! 我が故郷、世界樹の森へ帰還しましょう!」
セレスがゲートの向こう側へと足を踏み出すと、数万のエルフたちもそれに続いた。
視界が光に包まれ、次に目を開けた時。
エルフたちは、息を呑んで立ち尽くした。
そこは、彼らがイハカの軍勢に焼き払われ、追放されたはずの故郷の森だった。
だが、焼け焦げたはずの大地はふかふかの緑の絨毯で覆われ、切り倒されたはずの巨木は以前よりも力強く天を突いている。澄み切った小川がせせらぎ、色とりどりの花々が咲き乱れる、まさにエルフたちの理想郷が広がっていたのだ。
「なんと美しい……焼き払われたはずの森が、これほどまでに豊かな生命力で満ち溢れているとは」
「信じられない。大精霊様が降臨されたとしか思えぬ奇跡だ……」
前族長が震える手で大樹の幹に触れ、他のエルフたちも次々と大地に膝をつき、故郷の土に頬をすり寄せて歓喜の涙を流した。
(※実際には大精霊の奇跡ではなく、アレンがポイントで『世界樹の種(即効成長肥料付き)』や『超広域・土壌浄化システム』を投入して物理的に復元しただけなのだが、エルフたちの感動を邪魔しないよう黙秘されていた)
同胞たちの喜ぶ姿を見て、セレスは「今だ!」とばかりに咳払いをし、小高い岩の上に立った。
威厳に満ちた新族長としての、初めての演説である。
「えー、コホン! 同胞の皆、長きにわたる苦難の日々、本当によく耐え抜きました。私が新族長として、皆をこの森で導き、永遠の安寧を約束します! さあ、森の精霊たちよ、我らの帰還を祝う歓迎の舞を――」
セレスは両手を高く掲げ、一族に伝わる高度な精霊魔法の詠唱を始めた。
柔らかな光の粒子が彼女の周囲に集い、幻想的な光景が広がっていく。前族長も「おお、セレスがこれほど高度な魔法を……立派になったものだ」と感極まって頷いた。
――しかし、セレスはセレスだった。
「集え、光の精霊たち! 大空に希望の、ひか、り……きゃあっ!?」
バキッ。
見栄を張って岩の端ギリギリに立っていたセレスの足元で、苔むした岩肌が崩れた。
空中で見事にバランスを崩した新族長は、魔法を詠唱したままの姿勢で頭から真っ逆さまに落下し、下を流れていた小川の泥濘へと顔面からダイブした。
ドゴォォォンッ!!
「ふべらッ!?」
「セ、セレスティア!?」
さらに悲劇は終わらない。
セレスが転倒のショックで魔力の制御を失ったため、集まっていた光の精霊たちが大暴走を起こした。
空に向かって放たれるはずだった幻想的な光のシャワーが、極太の魔力レーザーとなって斜め上空へと発射され、上空で凄まじい爆発を引き起こしたのだ。
パァンッ!! ピカピカピカピカドーンッ!!
真昼の空に、七色の巨大な花火が打ち上がる。
それだけなら綺麗で済んだのだが、暴発した精霊魔法の余波が周囲の木々を激しく揺らし、枝に止まっていた大量の木の実が、雨あられのようにエルフたちの頭上に降り注いだ。
「痛っ!? ドングリが……ドングリが降ってきたぞ!」
「ひぃぃっ! 魔法の暴発だ、伏せろぉっ!」
数分後。
奇跡の生還を果たした感動的な空気はすっかり霧散し、頭にドングリを乗せたエルフたちが、呆然とした顔で立ち尽くしていた。
その中心には、泥まみれになり、頭に大きな葉っぱを乗せたまま「うぅぅ……」と涙目でうずくまる新族長・セレスの姿があった。
「や、やってしまった……お父様たちの前で、威厳のある族長デビューをするはずだったのに……初日で一族をドングリまみれにしてしまうなんて……私なんて、やっぱり族長の器じゃありません……」
ポロポロと涙をこぼすセレス。
前族長は大きなため息をつきながら、娘の元へと歩み寄った。
「セレスよ」
「はい……お父様、ごめんなさい。族長の座は、やっぱりお父様にお返しします……」
泥だらけの顔を俯かせるセレス。
だが、前族長は娘を叱るどころか、優しくその泥をハンカチで拭ってやった。
「何を言うか。お前ほど、この一族の長にふさわしい者はいない」
「え……?」
「お前は昔から、魔法の才能はあってもドジばかりで、よく森の木にぶつかっては泣いていたな。だが、誰かが怪我をした時は自分の魔力が尽きるまで治癒を施し、迷子の動物がいれば夜通し探し回る、誰よりも優しい心を持っていた」
前族長は、背後に広がる豊かな森と、そこへ続く真新しいレンガ造りの道を見つめた。
「お前が連れてきてくれたあのアレン殿という御仁は、底知れぬ力を持つ絶対的な権力者だ。一歩間違えれば、我々エルフはイハカよりも恐ろしい主の奴隷になっていたかもしれない」
「そ、そんなことありません! アレン様はちょっとポイントの使い方が豪快なだけで、基本は引きこもりの優しい大家様です!」
「ふふ、そうだろうな。あのような恐ろしい実力者が、お前のような不器用な娘をそばに置き、我々一族のためにこれほどの保護を与えてくれる……それは、他でもないお前の『純粋さ』が、あの御仁の心を動かしたからに他ならない」
前族長がセレスの肩に手を置くと、周囲のエルフたちも次々と頷き、泥だらけの新族長に向かって温かい拍手を送り始めた。
「その通りだ! ドジでもポンコツでも、セレス様は我々の命の恩人だ!」
「立派な演説なんていらないよ。セレスちゃんが笑ってくれているだけで、私たちは幸せなんだから」
「みんな……」
セレスの大きな瞳から、今度は嬉し涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「さて、感動の再会はこれくらいにして……せっかくの里帰りなんだから、ゆっくり休んでいってよ」
その時、森の奥から聞き慣れた呑気な声が響いた。
アレンである。彼はタオルを首にかけ、いつものように温泉上がりのような浴衣姿で、ふかふかのスリッパを履いて歩いてきた。
その背後には、クロエやリリア、そしてシロ(白いポメラニアン)の姿もある。
「アレン様! いつの間に森へ?」
「さっきの転送ゲートの裏口からね。セレスさんがあんまりにも盛大に魔法を暴発させるから、びっくりして見に来たんだよ」
アレンは苦笑いしながら、森の奥へと続く道を指差した。
「エルフのみんなも、地下に長く閉じ込められて疲れてるでしょ。一応、君たちのために『新しい村』を作っておいたから、好きに使ってよ」
「新しい、村……?」
エルフたちが首を傾げながら、アレンの指差す方向へと進んでいく。
森の木々を抜けた先に広がっていた光景を見て、彼らは三度目の衝撃に魂を抜かれかけた。
そこにあったのは、質素な木の小屋やテントなどではない。
広大なエメラルドグリーンの湖を取り囲むように建設された、超高級・大自然スパ&グランピング施設であった。
木々の間に空中で連結された、最新鋭の魔導空調完備のツリーハウス群。
地下から引き上げた源泉掛け流しの巨大な露天風呂(ステータス異常回復・疲労回復・アンチエイジングのバフ付き)。
中央の広場では、ポイントで召喚された無数のゴーレムシェフたちが、最高級の和牛や新鮮な海鮮を使ったバーベキューを次々と焼き上げている。
「な、なんだこれは……!? これが村だと!? 王族の避暑地よりも豪華ではないか!」
「お、お肉の焼ける匂いがする……しかも、魔力回復の効能を持つ霊泉の湯まで……」
「アレン様、これは一体……!」
セレスが目を丸くしてアレンに詰め寄ると、彼は頭を掻きながら答えた。
「いや、ただの自然保護区じゃつまらないかなって思って。どうせなら、エルフのみんなが心からリラックスできる環境にしようと思って、ポイントでちょっと『エルフ専用・大自然スパ&グランピング施設』を丸ごと買ってみたんだ。維持費もかからない永久稼働モデルだから、遠慮なく使ってよ」
ちょっと、というレベルの投資ではない。
国家予算の数年分が消し飛ぶほどの超絶施設を、アレンは「ちょっとした気遣い」で森の中にポンと出現させてしまったのだ。
「あ、もちろんセレスさんの分も一番いい部屋を取ってあるよ。今日は温泉に入って、美味しいものを食べて、家族でゆっくり過ごしなよ」
「アレン様……っ!」
セレスはもう、言葉にならなかった。
ドジで何の取り柄もない自分を拾ってくれただけでなく、奪われた故郷を取り戻し、一族全員を救い、さらにはこんな夢のような楽園まで与えてくれた。
これほどの寵愛と庇護を、一体どうやって返せばいいのだろうか。
「あの……アレン様。私、一生アレン様のおそばでお仕えします。どんな雑用でも、肩揉みでも、靴磨きでも……何でもやりますからっ!」
「ははは、肩揉みなら歓迎するよ。でもまずは、顔の泥を落としてきな。新族長が泥だらけじゃ、みんな心配するからね」
アレンが優しく微笑みかけると、セレスは「はいっ!」と満面の笑顔で頷いた。
その夜。
星降る森の中で、エルフたちの盛大な宴が開かれた。
焚き火を囲み、極上の肉とワインに舌鼓を打ちながら、彼らは長年の苦労を癒していった。
露天風呂からは「極楽じゃあ……」という前族長の溶けきった声が響き、子供たちはツリーハウスの間を歓声を上げて駆け回っている。
セレスティアは、その光景をグランピング施設のテラスから眺め、幸せを噛み締めていた。
「不器用でもいい。ポンコツでもいい。私には、アレン様という最強の大家様と、温かい同胞たちがいるのだから」
彼女は新族長として、歴代の誰よりも一族を豊かで平和な未来へと導いた。
イハカ連邦の闇から救い出されたエルフたちは、アレンの庇護の下、この森で永遠のスローライフを謳歌することになる。
そして、星空を見上げるセレスの横顔を、温泉上がりのシロ(犬)が「やれやれ」といった様子でペロリと舐めるのであった。




