#30 次は連邦を「買収」しようか
イハカ連邦の首都『鉄鋼帝都イハカ』――その中央にそびえ立つ軍事司令本部の最高会議室には、凍りつくような死寂が広がっていた。
「……もう一度言ってみろ、バグラム」
円卓の首座で、ガルバ総統が義眼の赤い光を不気味に明滅させながら、抑え込んできた殺気を漏らした。
その目前で、洗いたての清潔な軍服(※高圧洗浄機で綺麗に泥を落とされたもの)を着た総司令官バグラム中将が、床に平伏したまま激しく肩を震わせていた。
「は、はい……っ! 三万五千の先鋒軍は……全滅いたしました……! 正確には、誰一人として傷を負うことなく、全員が敵のアトラクションによって戦意を完全に喪失し……装備と戦車をピカピカに清掃された上で、祝福の花火と紙ふぶきで迎えられました……っ!」
「狂ったかバグラムぇぇぇっ!!」
参謀長官が卓上のグラスを叩き割り、叫び散らした。
「重魔導戦車百両と機甲兵五百機だぞ!? それが『綺麗に洗われて花火を上げられた』だと!? そのようなふざけた報告が、総統閣下の前で通ると思っているのかっ!」
「ま、事実なのです! 敵の国境には、見上げるような回転丸太や、足元が滑る謎の液体、踏むと空へ跳ね飛ばされる床が敷き詰められており……我らの大砲はすべて透明な膜に跳ね返されました! あれは兵器ではありません、世界の理を無視した『理不尽な遊び場』です!」
バグラムは涙と鼻水を撒き散らしながら、頭を地面に擦り付けた。
「そして……あの街を治めるアレンと名乗る青年より、総統閣下へ伝言がございます……」
「……言ってみよ」
ガルバ総統が低く低い声で促す。
「『これ以上、俺のスローライフを邪魔するなら……今度はこっちから、君たちの国を【買収】しに行く』……と……っ!」
「「「………………なに?」」」
会議室に集まった将校たちの間に、困惑の波が広がった。
「ば……『買収』だと……!? 我らイハカ連邦は、大陸東部を統べる強大な軍事国家だぞ!? 一商会、一村人風情が、一国を買い叩くだと……!?」
「不遜な……! あまりにも不遜! 舐められたものだ!」
将校たちが怒号を上げる中、ガルバ総統だけは怒りを超えた冷酷な眼差しで拳を握りしめていた。
イハカ連邦は長年の重軍備と魔導兵器の開発により、国庫はすでに火の車であった。国民やエルフからの苛烈な搾取でなんとか財政を維持している状態であり、もし相手が「無尽蔵の資金力」と「常識外の武力」を併せ持っているとすれば――それは連邦の存立そのものを揺るがす致命的な脅威に他ならなかった。
「……全軍に非常事態宣言を発令せよ。本国の防衛線を固め、都市の魔導障壁を最大展開しろ」
ガルバ総統の引きつった命令が、重々しく会議室に響き渡った。
* * *
一方その頃、国境地帯にそびえ立つ『地獄のギガ・ファンランド』のVIP観覧デッキ。
遮るもののない青空の下、快適なクーラーの風が吹き抜けるデッキでは、戦い(という名のアトラクション鑑賞)を終えたアレンたちが、優雅なティータイムを楽しんでいた。
「ふあぁぁぁぁ……」
日陰に置かれた特注の最高級フェザーフレンズ・クッションの上で、一匹の白いポメラニアン――伝説の幻獣フェンリル(シロ)が、大きなあくびを噛み殺していた。
つぶらな黒い瞳をトロンとさせ、丸っこい身体を丸めて、まさに「ニート」の真骨頂というべき無防備さで寝返りを打っている。
「あっ……! シロちゃん、お昼寝ですか? かわいい……っ!」
セレスティア(セレス)が、サマードレスの裾を小気味よく揺らしながら、お盆に載せたお皿を手に小走りで駆け寄ってきた。
皿の上には、アレンがポイントで用意した『国産黒毛和牛の特製炙りササミステーキ』が載っている。香ばしい肉の匂いが、ふわっとデッキに広がった。
「シロちゃん、戦いのお手伝い(※何もしていない)お疲れ様でした! はい、あーん……きゃあっ!?」
――ズザーーーッ!!
期待を裏切らない凄まじい精度で、セレスは自分のドレスの裾を踏んづけた。
手から放り出されたお皿と、香ばしい和牛ステーキが、空中をクルクルと舞う。
(……やれやれ。相変わらずお約束なエルフの小娘だな)
シロは欠伸をしながら、首だけをニュッと伸ばした。
パクッ! シャキーン!
完璧なタイミングで空中キャッチ。皿は見事に前足で受け止め、肉だけを素早く口の中へと収めた。
「むぐむぐ……サクサク……うむ、美味い。肉汁の旨味が口いっぱいに広がるな。焼き加減もミディアムレアで完璧だ」
シロは満足そうに尻尾をパタパタと振り、咀嚼を楽しんだ。
「あ、あれ……? 私、転んだのに……ステーキがシロちゃんの口の中に……!? すごいです、シロちゃん! 空中受身の達人ですか!?」
涙目で起き上がったセレスが、あさっての方向に感心しながらシロの頭を撫で回す。シロは「まあ、撫でる手つきだけは合格点だ」とばかりに目を細めた。
その時だった。
――ジジジッ。
観覧デッキの物陰から、連邦軍の残党である隠密部隊の兵士が二人、気配を消して忍び寄ってきた。彼らは混乱に乗じてアレンたちの首を狙おうと、猛毒の塗られた暗器を構えている。
(……チッ、静かに寝させろと言っているだろ、羽虫ども)
シロはセレスの手のひらに顎を乗せたまま、チラリと横目で刺客たちを見た。
そして――「フンッ」と小さく鼻息を吹いた。
――ドゴォォォォォンッ!!
「「ガハァッ!?」」
シロの小さな鼻から放たれた目に見えぬ衝撃波が、刺客二人を捉えた。
彼らは叫び声を上げる暇もなく、数百メートル下のアトラクション施設――【ぬるぬるローションプール】へと一直線に吹き飛ばされ、派手な水柱を上げたのだった。
「あら……? 今、すごい風が吹き抜けましたね? 精霊さんの悪戯でしょうか……?」
不思議そうに首をかしげるセレス。
(ふん、余計な邪魔が入らなければそれでいい)
シロは再び丸くなり、スンスンと気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
* * *
「相変わらず、シロはマイペースだね」
グラスのコーラを飲み干しながら、アレンが苦笑した。
隣では、クロエが空中浮遊する大型ホログラム端末の画面を鮮やかな手つきで操作していた。画面には、複雑なグラフや数字、そして『イハカ連邦・経済構造分析レポート』の文字が躍っている。
「アレン様、イハカ連邦の財務データの解析が完了いたしましたわ」
クロエが眼鏡のフチをすっと指で押し上げ、知的で冷徹な美貌に笑みを浮かべた。
「敵の内部事情は、想像以上にボロボロですわね。長年の軍備拡大により、国の借金(国債)は国家予算の数十倍に膨れ上がっています。さらに、連邦中央銀行が発行する通貨『イハカ・マーク』は、実質的に信用を失っており、紙くず同然の価値しかありませんの」
「なるほどね……典型的などん詰まりのブラック企業だ」
アレンが呆れたように肩をすくめる。
「ええ。彼らが我が領地に攻め込んできたのも、単なる野心ではなく、エルフの方々の魔力と旧王国の資源を奪わなければ、近いうちに国家破綻することが目に見えていたからですわ」
「むぅ……」
オリビアが大剣の柄に手を置き、眉をひそめた。
「追い詰められた獣ほど恐ろしいものはないという。ガルバ総統とやらは、開き直って全軍で自爆覚悟の特攻を仕掛けてくるのではないか?」
「ええ、普通ならそうなりますわね」
クロエはクスクスと愉悦を含んだ声を漏らした。
「ですが――それは『通常の戦争』のお話ですわ。我が『影の天秤』とアレン様の手にかかれば、戦争などというコストのかかる野蛮な行為をする必要すらありません」
「ほう? というと……?」
「武力で国を滅ぼせば、戦後処理や復興に莫大な費用がかかります。ですが……『経済的に完全買収』してしまえば、相手の組織やインフラをそのまま我が商会の傘下に収めることができますわ」
クロエはホログラム画面をスワイプし、アレンに向き直った。
「現在、イハカ連邦の発行する国債の約七割は、第三国のダミー会社を経由して我が『影の天秤』が極秘裏に買い占めております。さらに、アレン様のカルマポイントを利用して、連邦通貨の『空売り(売り浴びせ)』を仕掛け、主要な魔導鉱山の採掘権をすべて担保として差し押さえれば……」
「……数日で、イハカ連邦の全資産の所有権が俺たちのものになる、ってこと?」
「その通りですわ、アレン様」
クロエは悪役令嬢のごとき極上の微笑みを浮かべた。
「連邦の将兵がどれほど強力な魔導兵器を持っていようと、明日から彼らの給料も、兵器の燃料費も、食べるご飯も……すべて我が商会の『お財布』から支払われることになりますの。……自分たちの雇用主に向かって、剣を振るえる兵士がどこにいますかしら?」
「うわぁ……相変わらず容赦ないね、クロエは」
アレンは感心と呆れが混ざった吐息をついた。だが、その案には大賛成だった。
流血も、破壊も、犠牲もない。
ただ圧倒的な資金力と経済手段によって、敵の国家そのものを「会社ごと買い取る」という、究極のホワイト解決法である。
「アレン様……っ!」
そこへ、セレスティアが熱い眼差しを向けて一歩前に出た。
「連邦を……連邦を買収していただければ、まだあちらの施設に捕らわれている私の同胞エルフたちや、無理やり働かされている連邦の国民の人たちも……全員、救われるのですね!?」
「うん、もちろんだよ」
アレンは優しく頷いた。
「買収した後は、連邦の劣悪な兵器工場も、地下抽出施設も全部取り壊す。あそこもこの旧王国と同じように、巨大な『リゾート&温泉テーマパーク・第2支店』に改装しちゃうつもりだからね」
「まあ……! 連邦全体が……温泉とリゾートに……!?」
セレスのエメラルドの瞳が、歓喜でキラキラと輝いた。
「過酷な労働も、人命をバッテリー扱いする悪法も全部廃止! 全員に週休三日と有給休暇、そして美味しいご飯と温泉を提供する『超ホワイト国家』にしてあげるよ」
「あぁぁ……アレン様……っ! あなた様は……あなた様は本当の神様です……っ!」
感動のあまり涙をボロボロと流したセレスは、勢い余ってアレンの胸の中に飛び込もうとした。
――が。
ズデーンッ!!
「きゃあぁぁぁっ!?」
案の定、自分のドレスの裾に足を引っかけ、アレンの足元へ豪快に滑り込んで抱きついた。
「うぅ……最後まですみません……(顔真っ赤)」
「はは、いいってば」
アレンは笑いながらセレスの頭を撫でて助け起こすと、空中に巨大なシステムウィンドウを展開した。
表示されているカルマポイント残高――約四億八千万ポイント。
「よし、それじゃあ……『イハカ連邦・全国家買収プロジェクト』、開始しようか」
アレンの指先が、画面上の『連邦債権買い占め&ホワイト企業化ファンド』のボタンを力強くタップした。
チャリン、チャリン、チャリリーン!
莫大なポイントが景気良く流動し、大陸の経済を根底から塗り替える巨大な金融のチート魔法が発動していく。
軍事力と暴力で他国を蹂躙してきたブラック軍事国家イハカ連邦。
彼らはまだ知らない。自分たちの国が、数日後には一滴の血も流れることなく、規格外の大家様と敏腕元財務官の手によって『完全買収』され、世界で最も平和で快適な『巨大リゾートテーマパーク第2号店』へと変貌させられてしまうことを――。
規格外の元村人たちによる、爽快すぎる「国家規模のホワイト化」の第2幕が、いま鮮やかに幕を開けた。




