#3 ざまぁみろ三流役人〜そして始まる「表は地獄、裏は極楽」の二重生活〜
翌朝。空調の効いた快適な部屋で、俺はふかふかのベッドからそっと抜け出した。
隣では、もこもこのルームウェアに包まれたリリアが「むにゃ……パン、もう食べられないよぅ……」と幸せそうな寝言をこぼしながら、羽毛布団を抱きしめている。
彼女の安らかな寝顔に少しだけ頬を緩ませた後、俺は気配を殺して部屋を出た。
今日、片付けなければならない仕事がある。
昨日の今日でも懲りずに村に居座っているであろう、あの三流役人の処理だ。
不可視のゴーレムを使って力ずくで追い払うのは簡単だが、それでは「王国への武力反逆」と見なされ、討伐軍を差し向けられる面倒な事態になりかねない。俺たちの目的は王国と真っ向から戦争することではなく、その理不尽な搾取システムを利用して、この地下帝国を無限に拡張していくことだ。
そのための『餌』を用意する必要がある。
俺はシステムウィンドウを開き、ポイントを消費した。
《『全自動錬金釜』を購入します。消費ポイント:300,000 pt》
《残高:9,000,000 pt》
地下空間の空きスペースに、鈍い銀色に輝くドラム缶ほどのカプセルが出現した。
使い方はすでに頭に入っている。俺は足元に落ちていた石ころと、枯れ井戸の底に転がっていた木片を拾い集め、釜の投入口に放り込んだ。そして、コントロールパネルで『精製:純金』を選択し、実行ボタンを押す。
わずか三秒後。
チーン、という電子レンジのような間の抜けた音と共に、釜の下部からコロンと一つの塊が転がり出てきた。
ずしりと重い、一点の曇りもない黄金のインゴット。重量にしておよそ一キログラム。純度100%の金塊だ。
このカルマポイントのシステム内において、金は単なる導電性のある鉱物に過ぎず、高度な施設を建築するための素材としては「価値の低いゴミ」に近い扱いだった。石ころからでも一瞬で錬成できる底辺素材だ。
だが、地上の人間――とくに強欲な王国の役人からすれば、目の色を変える至宝だろう。
「よし、これで準備完了だ」
俺は金塊を布に包み、冷たい風が吹き込む地上の村へと続く階段を上っていった。
* * *
地上に出ると、村の中央広場からはすでに怒声が響いていた。
「ええい、さっさと出せと言っているだろうが! 昨日の小賢しいトラップはもう通用せんぞ!」
広場では、徴税官のガーリックが顔に青アザを作りながらも、再び村長を怒鳴りつけていた。
どうやら彼らは王都に逃げ帰ったわけではなく、村の入り口付近で野営していたらしい。護衛の兵士たちは昨日の見えない打撃(ゴーレムの攻撃)にすっかり怯え、周囲をキョロキョロと警戒しているが、肝心のガーリック本人は全く理解していなかった。
「あれはただの古代魔法陣の罠だ! 運良く発動しただけだろうが、二度目はない! さあ、今年の税を払え! 払えねばあの小娘を――」
「おい、豚」
俺が背後から声をかけると、ガーリックはビクッと肩を揺らして振り返った。
「き、貴様は昨日のガキ......! ええい、何をしているお前ら、早くそのガキを捕らえろ!」
兵士たちに命じるが、彼らは昨日の恐怖がフラッシュバックしたのか、足が竦んで動こうとしない。
俺は怯える兵士たちを一瞥もせず、ガーリックの目の前まで歩み寄り、手に持っていた布包みを無造作に放り投げた。
ドスッ、という鈍く重い音がして、布包みがガーリックの足元の泥濘に落ちる。
衝撃で包みがはだけ、中から眩い黄金の輝きが顔を覗かせた。
「なっ……!?」
ガーリックの動きがピタリと止まった。
彼は目を限界まで見開き、呼吸すら忘れたように足元の金塊を凝視している。
「今年の税の10倍、だったか。それだけあれば十分にお釣りが出るだろう」
「き、きん……純金……っ!? な、なぜこんな最果ての貧乏村に、これほどの金塊が……!」
ガーリックは転がるように馬から降り、這いつくばって泥水の中から金塊を拾い上げた。
自分の服の袖で泥を拭い、狂ったように表面を舐め、歯で噛んで硬さを確かめる。その滑稽な姿は、威厳ある王国の役人などではなく、ただの浅ましい獣のようだった。
「本物だ……本物の純金だっ! ひははっ、すげえ、これほどの大きさなら王都で家が三軒は建つぞ!」
「それは村の緊急用の隠し財産だ。それを持ったら、さっさとこの村から消えろ」
俺が冷たく言い放つと、ガーリックは金塊を大事そうに胸に抱え込み、醜く顔を歪めて笑った。
「ヒヒッ! 隠し財産だと? 馬鹿め、こんなものを見せびらかせばどうなるか、ガキのお前には分からんようだな! 貴様らはこの金塊を『王国への献上金』として差し出したのだ。今年の税はこれで許してやろう!」
ガーリックは兵士たちを急かし、馬に飛び乗った。
「だがな、お前たちの村にはまだ『余力』があることを王家は知った! 来年の税がどうなるか、せいぜい震えて待っているがいい! ひゃははははっ!」
馬に鞭を入れ、砂埃を上げて王都へと走り去っていく徴税官と兵士たち。
その姿が完全に見えなくなるまで見送った後、背後から崩れ落ちるような音が聞こえた。
「あ、ああ……おしまいじゃ……」
村長が、絶望に顔を歪めて地面にへたり込んでいた。
周囲に集まってきた村人たちも、一様に青ざめ、ガタガタと震えている。
「アレン、お前、なんということをしてくれたんじゃ……。あの金塊がどこにあったかは知らんが、あんなものを見せれば、奴らは『この村にはまだ財宝が眠っている』と勘違いする! 来年は、いや来月には、さらに理不尽な重税を課してくるに決まっておる!」
「ええ、知っていますよ。間違いなく、彼らはもっと無茶な要求をしてくるでしょうね」
「な、ならなぜあんなものを……!」
俺は、青ざめる村長と村人たちを見渡し、口角を深く吊り上げた。
「あいつらが王都に帰って報告すれば、悪逆王は目を輝かせて俺たちから全てを搾り取ろうとする。要求はエスカレートし、理不尽の極みのような命令が下るでしょう。……つまり、俺にとっては『ポイント稼ぎ放題のボーナスタイム』の始まりってわけです」
「ポ、ポイント……? アレン、お前、何を言っておるんじゃ……?」
狂ったように微笑む俺を見て、村長は後ずさりをした。
無理もない。彼らには俺のシステムのことなど知る由もないのだから。
「村長、そしてみんな。今日の夜、日が落ちたら村の端にある枯れ井戸の前に集まってください」
「枯れ井戸……? あんな何もない場所に、何用じゃ?」
「俺たちの『本当の村』をお見せします」
* * *
その日の夜。
凍えるような寒風が吹き荒れる中、村人全員――といっても三十人ほどの痩せこけた人々が、身を寄せ合うようにして枯れ井戸の前に集まっていた。
「アレン、こんな夜更けに皆を集めて、一体どうするつもりなのじゃ……」
「黙って俺についてきてください」
俺はシステムを開き、あらかじめ昼間のうちに拡張しておいた設備への扉を開いた。
《『居住エリア拡張:村人用』を購入済み。消費ポイント:1,000,000 pt》
《『大食堂設備』および『食材無限生成器(ランクC)』を購入済み。消費ポイント:200,000 pt》
「階段を下りてください。足元は明るいので心配はいりません」
俺が先導して石造りの螺旋階段を下りていくと、村人たちは恐る恐るその後に続いた。
階段を下りるにつれて、地上の刺すような寒気が消え、ふわりとした春のような暖気が彼らを包み込む。
そして、重厚な扉を開け放った瞬間――村人たちの足が、完全に止まった。
「な、なんじゃ……ここは……っ!?」
そこは、王宮の広間と見紛うほどに広大で清潔な、巨大なホールだった。
天井からはシャンデリアのような暖色の魔力光が降り注ぎ、床には柔らかな絨毯が敷き詰められている。部屋の奥には巨大な大浴場へと続く暖簾がかかっており、壁際には各家族に割り当てられた、清潔なベッドが備え付けられた個室がズラリと並んでいる。
さらに、中央の巨大なダイニングテーブルには、彼らが一生見ることもないようなご馳走が山のように並べられていた。
湯気を立てるローストポーク、バターが香る山盛りのマッシュポテト、チーズがたっぷりと乗った熱々のパン、そして新鮮な野菜がゴロゴロと入った濃厚なシチュー。
「いらっしゃい、みんな!」
テーブルの奥から、元気な声が響いた。
もこもこのルームウェアを着て、すっかり見違えるように綺麗になったリリアが、満面の笑みで手を振っていた。
「リ、リリアちゃん!? お前、売られていったのでは……それに、その綺麗な服は……」
「アレンが助けてくれたの! それに、このお部屋も、ご飯も、全部アレンが用意してくれたんだよ!」
村人たちは、目の前の光景が信じられず、幻でも見ているかのように目をこすっている。
中には、シチューの強烈に美味しそうな匂いに耐えきれず、その場にへたり込んで泣き出す者もいた。
「さあ、まずは食べてください。話はそれからです」
俺が促すと、村人たちは我先にとテーブルに群がり、泣きながら、むせび泣きながら、熱々の食事を胃袋に流し込んでいった。
「うまい……うまい……!」「こんな温かい肉、何年ぶりだ……っ」
誰もが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、生きた心地を取り戻していく。
全員の腹が満たされ、大浴場で長年の垢を落とした後。
真新しい寝巻きに着替えてホールのソファでくつろぐ村人たちの前で、俺は静かに口を開いた。
「皆さんに、一つお願いがあります」
「お、お願いじゃと……? アレン、いやアレン様! これほどの奇跡を見せていただいたのじゃ、命に代えても従うぞ!」
村長が、俺を神を見るような目で拝み倒してくる。他の村人たちも同じように、狂信的な眼差しを俺に向けていた。
「大げさなことは必要ありません。ただ、明日からも今まで通り、『王国の搾取に苦しむ、悲惨で貧しい村人』を完璧に演じ切ってほしいんです」
「……演じる?」
「ええ。地上ではボロ布を着て、役人が来たら泣き叫んで命乞いをしてください。ですが、役人が帰り、日が落ちれば……この地下で、王国中の貴族よりも贅沢で、安全で、快適な生活を送るんです」
俺の言葉の意味を理解し、村人たちの顔に徐々に「いたずらを企む子供」のような色が広がっていく。
「王国が俺たちから不当な税を巻き上げようとする限り、俺の力は際限なく強くなります。奴らが理不尽を押し付ければ押し付けるほど、この地下帝国はより豊かに、より巨大になっていく。だから、奴らにはせいぜい、俺たちを底辺だと見下して搾取していると『勘違い』させておけばいいんです」
「表は地獄、裏は極楽……というわけか」
村長が、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。
「そういうことです。どうです? 悪逆王の目を欺きながら、この地下で好き勝手に生きていく共犯者になってくれませんか?」
「「「やるに決まってるだろ!!」」」
村人たちの声が、ホールに力強く響き渡った。
長年虐げられてきた彼らの瞳には、もう絶望の欠片もない。あるのは、自分たちを苦しめてきた王国を裏から食い物にしてやるという、痛快な反逆への期待だけだ。
「アレン、私服の演技指導なら任せてね! 役人さんが来たら、一番かわいそうに泣いてみせるから!」
隣でリリアが、小さな拳を握りしめてドヤ顔を作っている。彼女もすっかり、この二重生活を楽しむ気満々のようだ。
(さあ、王国よ。せいぜい無茶な要求をよこしてくれ。そのすべてを養分にして、俺はこの国を内側から食い破ってやる)
暖かな地下空間で笑い合う村人たちを見つめながら、俺の拠点経営――いや、王国経済乗っ取り計画の第一歩が、いよいよ本格的に幕を開けた。




