#28 開戦の号砲〜連邦軍大侵攻〜
イハカ連邦の首都『鉄鋼帝都イハカ』の最深部――重厚な黒鋼で覆われた連邦最高意思決定機関「赤鋼の間」。
そこに響き渡っていたのは、重苦しい怒号と、信じられない報告に対する冷ややかな罵声であった。
「――バカバカしい! 全責任を追及されるのが恐ろしくて、狂言でも吐き始めたかザルド大佐っ!?」
円卓の最上座に鎮座する男――イハカ連邦総統、ガルバ・イハカが、義眼の赤光を怪しく発光させながら机を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
その目前で床にひれ伏しているのは、旧王都から命からがら逃げ帰ってきたザルド大佐であった。彼の軍服は汗と泥で汚れ、かつての横暴な面影は微塵もなく、ただ恐怖に身体をガタガタと震わせている。
「ひ、狂言ではございません、ガルバ総統……っ! あ、あの街は狂っています! たった一頭の……いえ、一体のクマのぬいぐるみの姿をしたゴーレムが、山一つを一瞬で消滅させたのです! それにあの黒髪の青年……言葉では言い表せぬ、神のごとき禍々しい魔力を放っておりました……!」
「黙れ無能がっ!」
参謀長官の男が吐き捨てるように怒鳴り散らした。
「たかが一商人、元村人だか何だか知らん不造作な連中に、我が連邦の威厳が退けられてたまるか! 山が消えたなど、大規模な広域投影魔法(幻影)に決まっている! 旧王国の莫大な資源と、逃亡したエルフの魔力バッテリーどもを独占せんとする敵のハタリだ!」
「し、しかし――」
「引きずり出せ! 軍の士気を乱した罪で収容所に叩き込め!」
衛兵たちに両脇を抱えられ、悲鳴を上げながら引きずられていくザルド大佐。
ガルバ総統は冷酷な眼光で大スクリーンに映し出された旧王国領の地図を見下ろした。
「……あの旧王国領域には、連邦の未来を左右する無尽蔵の超高濃度魔力が眠っている。どのような種仕掛けがあろうと、我が連邦の絶対的な軍力の前には塵と同義だ」
ガルバ総統は、待機していた巨漢の将軍に向かって威厳に満ちた手をかざした。
「第三・第五機甲師団、ならびに重魔導大砲大隊、計三万五千の全軍を出撃させよ! 指揮はバグラム中将、貴様に一任する! あの不遜なテーマパークとやらを鉄の足で踏み潰し、土地も、技術も、エルフも、すべてを連邦の支配下に置くのだ!」
「ははっ! このバグラムにお任せを! 害虫どもを全滅させ、連邦の旗を掲げて見せましょう!」
重厚な鎧を鳴らして礼をとるバグラム中将。
軍事国家イハカ連邦の誇る最強の機甲大軍勢が、ついに動き出そうとしていた。
* * *
その頃、旧アスタロト王国とイハカ連邦を隔てる国境地帯――草木も生えぬ広大な荒野『赤錆の平原』。
かつては幾度となく小競り合いが繰り広げられた血生臭いその場所に、風を切り裂くような金属音が響き渡っていた。
「ハッ! フッ! タァッ!!」
ポイントで生成された軽量超合金の甲冑を身に纏い、身の丈を超える大剣を凄まじい速度で振り回しているのは、元・近衛騎士団長オリビアである。
空気を切り裂く衝撃波が地表を削り、凄まじい風圧が周囲の砂塵を巻き上げていた。
「よし! 身体の切れは完璧だ! アレン殿、準備は整ったぞ!」
オリビアは大剣を背中に納めると、爽やかな汗を拭いながら、日傘の下で優雅にアイスティーを飲んでいたアレンへと向き直った。
「斥候からの報告によると、連邦の主力三万五千が最新鋭の魔導戦車を率いてこちらへ向かっているとのこと! かつての近衛騎士としての血が騒ぐ……私と旧王国の志願兵たちで前線に陣を張り、敵の先鋒を正面から粉砕して見せましょうぞ!」
気合十分、やる気満々のオリビア。
だが、アレンはグラスの氷をガラガラと鳴らしながら、だるそうに首を横に振った。
「いや、絶対やらないよ」
「な、なにぃ!? なぜだアレン殿!?」
「だって、三万以上の軍隊と正面からドンパチなんて、暑苦しいし疲れるでしょ。汗だくになって大剣振り回して血みどろになるなんて、俺の求めるスローライフの対極にあるよ」
「むぐ……っ! し、しかし敵は大軍だぞ!? 戦わずしてどうやって国境を守るというのだ!」
「正面から戦うから疲れるんだよ。向こうが勝手に攻めてきて、勝手に自滅して帰ってくれれば一番楽じゃない?」
アレンのあまりにも呑気な回答に、オリビアはがっくりと肩を落とした。
「あ、アレン様っ! 私めも……私めも精霊の力をかき集めて、お役に立ってみせます! こう見えてもエルフの新族長ですから、同胞のためなら命だって……っ!」
アレンの役に立ちたい一心で、セレスティア(セレス)がエメラルドグリーンのサマードレスの裾をなびかせ、気迫を込めて前に出ようとした。
――が。
ズデーンッ!!
「ふぎゃあぁぁぁっ!?」
何もない平らな地表で、期待を裏切らない凄まじい勢いで転倒するセレス。
そのまま豪快に滑り、アレンの足元へ見事なヘッドスライディングを決めた。
「痛たたたた……お鼻が……お膝が……っ」
涙目で鼻を押さえるポンコツ族長。
「わあ! セレスお姉ちゃん、スライディングすごく上手!」
リリアがパチパチと拍手する。
「ほ、褒められても嬉しくないですぅ……うぅ、なんで何もないところで転んじゃうんでしょう……っ(顔真っ赤)」
アレンは苦笑しながらセレスの手を取って助け起こすと、ポンポンとドレスの土を払ってあげた。
「セレスさんも無理しなくていいからね。怪我されたら元も子もないし」
「あ、アレン様……(キュン)」
優しく手を取られ、セレスの耳の先端が再び真っ赤に沸騰する。
その横で、手元の端末を素早く操作していたクロエが、眼鏡のフチを指で押し上げながら口を開いた。
「アレン様の仰る通りですわ、オリビアさん。正面衝突などという野蛮な戦法は、我が『影の天秤』の経営理念に反します。兵士の負傷や装備の消耗は、すべて『余計な経費』。もっとスマートに、低コストかつ高効率で敵を無力化すべきですわ」
「むぅ……クロエ殿まで。では具体的にどうするのだ?」
オリビアが腕を組むと、アレンがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふふん、任せてよ。昨日の夜、ポイントを使って最高の防衛システムを購入しておいたからね」
アレンは空中に透明なシステムウィンドウを呼び出した。
表示されているのは、悪逆王の買収や諸々の事件で蓄積された、現在も六億ポイント以上存在する膨大なカルマポイントの残高である。
「相手が最新の兵器や大人数で攻めてくるなら、こっちは『テーマパークのノウハウ』で迎え撃つのが一番だ」
アレンの指先が、決定ボタンを次々とタップしていく。
《『超凶悪・自動迎撃アスレチック要塞[ギガ・ファンランド]』を購入。消費ポイント:100,000,000 pt》
《『広域対魔導兵器バウンスフィールド(跳ね返し膜)』を購入。消費ポイント:20,000,000 pt》
《『無制限・超高圧ウォーターガン・ターレット群』を購入。消費ポイント:10,000,000 pt》
《『自動追尾式・爆音お祝い花火ランチャー』を購入。消費ポイント:5,000,000 pt》
《現在のカルマポイント残高:480,648,000 pt》
一瞬にして一億三千五百万ポイントという、国家一つを軽く買えるほどの超巨額ポイントが消費された。
次の瞬間――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!
地鳴りのような猛烈な振動が、赤錆の平原全体を揺らした。
「な、なんだ!? 地震か!?」
オリビアが大剣に手をかける。
しかし、それは破滅の揺れではなかった。
荒れ果てた殺風景な平原の地表が、まるで生き物のように隆起し、形を変えていく。
地中からニョキニョキと生えてきたのは、頑丈な石造りの城壁……などでは断じてなかった。
ピンクや水色、黄色といったポップなパステルカラーに彩られた、巨大な鉄骨と建造物の群れ。
地上数十メートルの高さに架けられた、ぬるぬると光る『極悪ローション一本橋』。
目にも止まらぬ速さで高速回転する、巨大な『トゲ付き(※安全なゴム製)回転丸太』。
踏むと凄まじい風圧で上空へ跳ね飛ばされる『超反発ジャンプマット』。
そして、見上げるほど巨大な『超高圧ウォーターキャノン(高圧洗浄機)』の砲台群。
広大な国境地帯の荒野全体が、たった数分間で、全長数十キロに及ぶ世界最大級の「超凶悪・大型水上&陸上アスレチックコース」へと一変したのである。
「「「……………………え?」」」
オリビアも、クロエも、そしてセレスティアも、口をぐうの音も出ないほど開けて絶句した。
コースの入り口には、ポップなフォントでこう書かれた巨大なアーチ看板が掲げられている。
『イハカ連邦軍様歓迎! 特別体験コース[地獄のギガ・ファンランド]へようこそ! ※ゴールできた方は無条件で許します♪』
「あ、アレン様……これ……これは一体……?」
セレスが目をパチクリさせながら尋ねる。
「言ったでしょ? 『超凶悪・自動迎撃アスレチック要塞』だよ」
アレンは満足そうに腕を組み、頷いた。
「戦車も大砲も歩兵も、みんなこのコースを通らないと旧王都には来られない仕組みになってるんだ。もちろん、安全基準はバッチリだから死人は出ないよ。……まあ、精神的に折れて二度と戦いたくなくなるだろうけどね」
「……相変わらず、アレン様のカルマポイントの使い道は常識の枠に収まりませんわね」
クロエが深いため息をついたが、その口元は愉悦に歪んでいた。
「ですが、素晴らしいですわ。弾薬代もかからず、敵の兵器を無傷で無力化し、なおかつ我が商会のアトラクション技術の実験もできる。完璧なコストパフォーマンスです」
「む、むう……! これが……これが現代の戦いというものなのか……!?」
カルチャーショックを受けたオリビアが、大剣を握りしめたまま呆然と佇んでいる。
アレンたちの足元では、膝の上に乗ったポメラニアン(シロ)が「ふぁぁ……」と欠伸をし、最高級ササミジャーキーをサクサクと旨そうに咀嚼していた。
かくして、攻めてくる大軍勢を迎撃するための「史上最もふざけた要塞」が完成したのだった。
* * *
翌朝。大地を揺るがす行軍音と共に、ついにイハカ連邦軍がやってきた。
黒鋼の装甲に包まれた重魔導戦車百両。
体長四メートルを超える二足歩行の魔導機甲兵五百機。
そして、整然と隊列を組む歩兵三万五千の大軍勢。
その中央、巨大な移動指揮車の上で、総司令官バグラム中将は胸を張り、冷酷な笑みを浮かべていた。
「フハハハ! 見たか、我が連邦が誇る鉄の嵐を! 愚かな商人どもめ、今さら命乞いをしても遅いぞ! 旧王国の遺領ごと、跡形もなく踏み潰して――」
バグラム中将の言葉が、唐突に止まった。
魔導双眼鏡で敵陣を覗き込んだ彼の視界に飛び込んできたのは、重厚な城壁でも、待ち構える敵の軍隊でもなかったからだ。
視界いっぱいに広がる、ピンクと水色のポップなカラフル建築。
ぐるぐると猛スピードで回転する謎の巨大丸太。
勢いよく吹き出す巨大な水のシャワー。
そして、入り口に掲げられた『歓迎! 地獄のギガ・ファンランドへようこそ!』という能天気な看板。
「……………………は?」
バグラム中将は、双眼鏡を一度外し、目をゴシゴシと擦ってから再び覗き込んだ。
光景は変わらない。目の前にあるのは、おどろおどろしい要塞ではなく、どう見ても「狂った規模のアスレチック施設」だった。
「な……なんだあのバカげた建造物は!? 敵の幻術か!? それとも我らを愚弄しているのか!?」
副官が慌てて報告に駆け寄ってくる。
「バグラム中将! 国境線の左右は、アレンと名乗る男の不可視の魔法障壁によって完全に遮断されています! 旧王都へ進軍するには、あの……あの謎のカラフルなコースを通過するしかありません!」
「ぬぐぐ……ふざけた真似をぉぉぉっ!」
バグラム中将の額に青筋がバチバチと跳ね上がった。
連邦の誇る最強の機甲師団に対し、このような子供騙しのオモチャで立ち塞がろうとは、屈辱以外の何物でもない。
「全軍に告ぐ! あのようなオモチャ、我が重魔導戦車隊の主砲で一瞬にして粉砕してくれる! 全砲門開け! 目標、正面のカラフルな建造物! 撃てぇぇぇぇっ!!」
ドドドドドカァァァァァンッ!!!!!
百両の重魔導戦車から、山をも穿つ猛烈な魔導砲撃が一斉に放たれた。
空気を焼き焦がす光の束が、アスレチックコースへと着弾し――。
ポヨォォォォンッ!!
「……ぬ?」
着弾の瞬間、アスレチックコースの前面に展開された透明な膜が、柔らかいゴムのように凹み、次の瞬間、放たれたすべての砲弾を『そのままの威力』で撃ち返した。
ドガガガガガガーンッ!!
「ギャぁぁぁぁっ!?」
「わ、我が軍の砲撃が跳ね返ってきたぞーっ!?」
自慢の重魔導戦車隊の先頭数両が、自分の放った砲弾で自爆し、派手な火柱を上げた。
「な……なにぃぃぃっ!?」
バグラム中将が絶叫する。
その頃、アスレチックコースの最深部、上空に浮かぶVIP特設観覧席(※クーラー完備、トロピカルドリンク飲み放題)。
ふかふかのソファに深々と腰掛けたアレンは、ストローでコーラを飲みながら、眼下でパニックになる連邦軍を見下ろしてニヤリと笑った。
「さあ、イハカ連邦のみなさん。超難関アトラクション『地獄のギガ・ファンランド』の開園だよ。最後までゴールできたら、許してあげるね」
剣と魔法の軍事国家対、カルマポイントの圧倒的チート兵器。
一方的で理不尽な「アトラクション防衛戦」の火蓋が、いま切って落とされたのだった。




