#25 エルフたちが見た地下帝国(常夏リゾート)
イハカ連邦の追撃部隊を蹴散らした巨大なキャンピングカーが、暗い地下通路を滑るように進み、重厚な魔導エレベーターへと運び込まれていく。
車内の広々としたラウンジスペースのふかふかのシートに身を沈めたエルフたちは、誰一人として生きた心地がしていなかった。
「セレスティア様……私たちは、一体どこへ連れて行かれるのでしょう……」
「まさか……地上を追われ、地下の極密収容所へ閉じ込められるのでは……」
身を寄せ合う同胞たちの不安な囁きに、セレスティア――セレスは、震える手で自らの膝を強く握りしめた。
先ほどアレンからご馳走になった肉挟みパン(ハンバーガー)の美味しさと温かさは本物だった。だが、イハカ連邦の過酷な地下抽出施設で地獄のような日々を過ごしてきたエルフたちにとって、「地下へ降りる」という行為は絶望の象徴でしかなかったのだ。
(大丈夫……! どんな酷い場所であっても、アレン様たちが命を奪うような悪人には見えなかったわ。もしもの時は、私が盾になって……!)
新族長としての悲壮な覚悟を胸に秘め、セレスはゴクリと唾を飲み込んだ。
そんな彼女の緊張をよそに、向かいのシートではクロエが優雅に脚を組み、キャンピングカー備え付けの冷蔵庫から取り出したアイスティーを傾けていた。
「そんなに怯えなくてもよろしくてよ、エルフの方々。私たちがご案内するのは、貴方たちがいたようなカビ臭い地獄ではなく、極上のリゾートですわ」
「うむ! アレン殿の領地は、かつての王国よりも遥かに快適で過ごしやすいぞ。お前たちもじきに驚くことになろう!」
クロエの落ち着いた微笑みと、大剣を傍らに置いたオリビアの力強い言葉。
運転席からオートドライブ機能に任せて振り返ったアレンも、「まあ、着けばわかるよ」と呑気に笑っている。
――ピンポンパンポーン。
その時、エレベーター内にどこか間抜けで軽快なチャイム音が響き渡った。
《間もなく、地下千メートル・第一エリア『メガプール&常夏ビーチリゾート』に到着いたします。日焼け止めのご用意とお着替えのご準備をお忘れなく》
「ひ、ひやけ止め……? お着替え……?」
無機質で楽しげなアナウンスに、セレスが首を傾げたその瞬間。
プシューッ!
重厚な金属扉が左右に開き、眩いばかりの『光』と『音』が車内に押し寄せてきた。
「「「………………え?」」」
エルフたちの思考が、完全に停止した。
視界いっぱいに広がっていたのは、湿っぽく暗い地下空間などでは断じてなかった。
頭上に広がるのは、どこまでも澄み渡る快晴の青空と、心地よく眩しい疑似太陽。
目の前に果てしなく横たわるのは、太陽の光を反射してキラキラと輝く、エメラルドグリーンの人工海。
頬を撫でるのは、潮の香りとトロピカルフルーツの甘い匂いを孕んだ、温かく爽やかな南国の風。
耳に届くのは、寄せては返すサラサラとした波の音だった。
「う……海……!? 空……!? ここは地下では……!?」
「太陽があるぞ!? 風が……木々が……本物の南国の楽園だ……!」
キャンピングカーから降り立ったエルフたちが、開いた口が塞がらないまま、ヘナヘナと砂浜に膝をついた。
彼らが過ごしてきた連邦の地下施設は、陽の光も射さず、冷たい鉄と石に囲まれた死の空間だった。それとは真逆の、あまりにも眩しすぎる「楽園」の光景。
茫然自失のセレスは、自分の頬をペチペチと力任せに叩いた。痛い。夢ではない。
「ア、アレン様……っ! ここは……ここは一体何なのですか……!?」
「ん? 言ったでしょ、俺たちが暮らしてる地下帝国だよ」
アレンはキャンピングカーのトランクから荷物を下ろしながら、あっけらかんと答えた。
「アレン! クロエお姉ちゃん、オリビアさん! おかえりなさーい!」
海の方から、黄色いフリル水着を着た少女が、大きな浮き輪を抱えてパタパタと走ってきた。お留守番をしていたリリアである。
リリアはボロボロのローブを着たセレスたちを見つけると、ぱあっと顔を輝かせた。
「わあ、綺麗な銀色のお髪! アレン、新しいお友達?」
「うん、エルフのセレスさんと、その同胞たちだよ。イハカ連邦から逃げてきてボロボロだから、しばらくここで保護することにしたんだ」
「そっか! 私、リリアっていうの! よろしくね、お姉ちゃん!」
無邪気に手を振るリリアの笑顔に、セレスは毒気を抜かれたように瞬きをした。
クロエが手元の端末を素早く操作すると、砂浜の少し開けた場所に、南国風の豪華な木造コテージ群が瞬時に出現する。
「ひとまず、エルフの方々の居住区画と人数分の着替えは手配いたしましたわ。皆様、ひどくお疲れのようですし、まずは大浴場で汗を流していただくのがよろしいかと」
「賛成だ。私もあの森で少し汗をかいたからな。共にひと風呂浴びるとしよう」
オリビアが大きく伸びをしながら同意する。
「あ、あの……! 私のような者が、そのような恐れ多い待遇を……!」
「いいからいいから! お姉ちゃん、一緒にお風呂行こ! シャンプーの泡あわ、すっごく気持ちいいんだよ!」
戸惑うセレスの手を、リリアがぐいぐいと引っ張っていく。
こうして、セレスと女性エルフたちはリリアたちに案内され、地下帝国が誇る「天然温泉リゾートエリア」へと連行(?)されていったのだった。
* * *
一時間後。
「ふぅ……サウナの後の水風呂、そしてこの冷えたフルーツ牛乳……至高の極みですわね」
コテージのオープンテラスで、シックな黒の水着に着替えたクロエが満足そうにグラスを傾けていた。その隣では、スポーツ水着姿のオリビアが「やはり風呂上がりは腹筋に限るな!」と謎のトレーニングを始めている。
そこへ、浴場から上がってきた女性陣が戻ってきた。
「アレン殿! 彼女の着替えが終わったぞ!」
オリビアが声をかけ、ジュースを飲んでいたアレンが振り返った瞬間――その場にいた全員の息が止まった。
そこに立っていたのは、先ほどまでの泥と汚れに塗れた悲壮感漂う逃亡者の姿ではなかった。
濡れた銀糸の髪は乾かされ、眩いばかりの光を放って背中に流れている。
汚れが落ちた肌は透き通るように白く、翠玉の瞳は陽光を受けて輝いていた。
そして、アレンがポイントで用意した「南国風のサマードレス(エメラルドグリーンのワンショルダーワンピース)」に身を包んだ彼女の姿は――隠されていた抜群のプロポーションと、言葉を失うほどの絶世の美貌を遺憾なく発揮していた。
「あ……あの……」
視線を一身に浴びたセレスは、恥ずかしそうに長い耳を赤く染め、裾をそわそわと弄んだ。
「こんなに素敵な服、着たことがなくて……変ではありませんでしょうか……?」
「変どころか、完璧ですわ」
クロエが眼鏡のフチを指で押し上げ、ニヤリと笑う。
「元々のお顔立ちが良いとは思っていましたが、磨けばこれほどとは。王都のいかなる令嬢よりもお美しいですわね」
「うむ! 見事なスタイルだ! 特に無駄のないしなやかな腰つき、槍を使わせても筋が良さそうだぞ!」
相変わらずズレた感心の仕方をするオリビア。
「うわぁぁ……! セレスお姉ちゃん、すっごくキレイ! お姫様みたい!」
リリアが目を輝かせてセレスの周りをくるくると回る。
アレンも思わず感心して「すごく似合ってるよ、セレスさん」と素直に褒め称えた。
「〜〜〜っ! あ、ありがとうございます……!」
アレンにまっすぐ褒められ、セレスの顔は耳の先端まで真っ赤に沸騰した。
しかし、美しさに圧倒されていたのも束の間。
セレスとエルフの長老たちは、周囲の『異常さ』に再び気づいて顔を見合わせ始めた。
「……セレスティア様、お気づきですか?」
長老の一人が、震える声で尋ねる。
「はい……。この空気、この水……信じられません……」
セレスは胸に手を当て、深く息を吸い込んだ。
エルフは精霊と自然の魔力に敏感な種族である。彼らにとって、この地下帝国に充満している空気は、異次元の代物だった。
アレンがカルマポイントを無制限に投入して作り上げたこの地下空間には、ポイントの副産物として「超高濃度かつ極めて純粋な自然魔力」が絶え間なく湧き出していたのだ。
「連邦の抽出施設では、私たちの体内から魔力を根こそぎ奪い取り、大気は枯渇していました……。なのにここは……呼吸をするだけで、減っていた魔力がぐんぐん満たされていく……!」
セレスの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「傷ついた体も、疲れた心も……ただここにいるだけで癒されていく……。アレン様、あなた様は一体……どれほどの魔法と資質をお持ちなのですか……?」
過酷なブラック環境から、突然「最高峰のホワイト環境(超高濃度魔力&快適リゾート)」へ叩き落とされたギャップに、エルフたちは涙を流して震えていた。
「いや、俺はただポイントで環境を買ってるだけだからね……」
アレンは苦笑しながら、テラスのテーブルに山盛りのトロピカルフルーツや、焼き立てのピザ、キンキンに冷えたジュースを並べた。
「さ、お風呂上がりでお腹空いたでしょ。みんなでご飯にしよう」
「は、はい……! いただきますっ!」
セレスはおずおずと椅子に座り、アレンが進めてくれた完熟マンゴーのパフェをスプーンですくって口に運んだ。
次の瞬間。
「〜〜〜〜〜っっっ!?」
セレスの全身がピクンと跳ね上がった。
口の中に広がる、濃厚な甘みと甘酸っぱい果汁、そして冷たくて滑らかな生クリームのハーモニー。
「美味しい……美味しましゅ……っ!」
あまりの衝撃に言葉を噛みつつ、セレスはポロポロと涙を流しながら夢中でスプーンを動かした。
周りのエルフたちも、ピザやステーキを口にしては「う美味い!」「生き返る……!」と歓喜の声を上げている。
そんな彼らの様子を優しく見守っていたアレンだったが、ふと表情を柔らかいものから、真剣なものへと変えた。
「……セレスさん。差し支えなければ、君たちが逃げてきた『イハカ連邦』のこと、詳しく教えてくれないか?」
アレンの問いかけに、セレスはスプーンを止め、少し寂しそうに視線を落とした。
「……はい。イハカ連邦は、旧王国の東に位置する強大な軍事国家です。彼らは『力こそが全て』という思想のもと、魔法技術と機械を合わせた『魔導兵器』の開発に注力しています」
セレスは、悲痛な面持ちで語り始めた。
「彼らは数年前、私たちの集落を突如襲撃し、同胞たちを捕らえました。エルフの持つ高い魔力と精霊親和性を、魔導兵器を動かすための『生きているバッテリー』として利用するために……」
「生きているバッテリー……?」
リリアが怖そうにアレンの腕にギュッと抱き着く。
「はい……。地下の仄暗い施設に閉じ込められ、鉄の管を体に繋がれ、昼夜を問わず魔力を吸い上げられ続けました。休むことも、満足な食事を与えられることもなく……倒れた同胞は、そのまま廃棄され……私の父である前族長も、魔力を絞り尽くされて……っ」
セレスの拳が、悔しさと悲しみで固く握り締められる。
「父は最後の力を振り絞り、施設を爆破して私たちを逃がしてくれました。私は……何もできないポンコツな族長ですが、父が命をかけて守ってくれたみんなを、なんとしてでも安全な場所へ連れて行きたかったのです……!」
テラスに重苦しい静寂が流れた。
クロエは冷ややかな目で不快感を露わにし、オリビアは怒りに拳を震わせていた。
「……騎士の誇りも、人の道すら踏みにじる外道どもめ。許しがたい暴虐だ」
そして――アレンは、静かに手の中のグラスをテーブルに置いた。
その顔から、いつもの呑気でだるそうな笑みが消えていた。
黒い瞳の奥に宿っていたのは、深海のように静かで、けれど絶対に譲れない「怒り」の炎だった。
(胸くそ悪いな……)
アレンは思う。
自分自身、前世ではブラック企業で死ぬほど酷使され、この世界に転生してからも悪逆王から「一週間でミスリル百トン」という理不尽なブラック労働を押し付けられた。
己の欲望や都合のために、他人の労働力や生命をタダで搾取し、使い捨てにする連中。
アレンがこの世で最も反吐が出るほど嫌いな存在――それが「ブラック企業(ブラック国家)」だった。
「……人の命をバッテリー扱いして、死ぬまで搾取か。相変わらず、上の奴らはロクなことを考えないね」
アレンの低い声に、セレスが弾かれたように顔を上げた。
「アレン様……?」
「セレスさん、君たちはもう大丈夫だよ。ここなら誰も君たちを縛り付けないし、魔力を奪う奴もいない。好きなだけ食べて、寝て、このビーチで遊んでいくといい」
アレンはセレスの目を見据え、はっきりと告げた。
「俺の領地で、俺の目の届く場所で……そんな理不尽な搾取なんて、絶対に許さないから」
静かだが、絶対に揺らぐことのない圧倒的な強者の言葉。
ただの元・村人だと名乗る青年の背後に、国家一つを容易く買い叩くほどの底知れぬ「真の力」を悟り、セレスは胸がドキュンと激しく鳴り響くのを感じた。
(ああ……このお方だ……)
過酷な絶望の底で、ずっと求めていた救い主。
自分たちを対等な『人』として扱い、温かいご飯と安心できる居場所を与えてくれた、優しく力強い大家様。
新族長としての重圧に押し潰されそうになっていたセレスの心に、アレンの存在が深く、温かく刻み込まれた瞬間だった。
「アレン様……っ! ありがとうございます……! 私は……私たちは、あなた様に生涯の忠誠を捧げます!」
セレスは感極まり、椅子から立ち上がってアレンに深々と頭を下げようとした。
――が。
ズザーッ!!
「きゃあぁぁぁっ!?」
感動のあまり勢いよく立ち上がったセレスは、サマードレスの裾を自分の足で思い切り踏んづけて盛大に滑り倒れた。
そのままテラスの手すりを派手に突き破り――。
ドッボーーーーーーンッ!!
コテージの目と鼻の先にある、深さ三メートルのメガプールへと、頭からダイブしていったのだった。
「「「………………あ」」」
静まり返るテラス。
プハッ! と水面に顔を出したセレスは、全身びしょ濡れで髪に海藻(プール用のアトラクション装飾)を乗せたまま、顔を真っ赤にして涙目になった。
「ぶ、無事です……! 族長として……これくらいは想定内……ぶくぶくっ(足が届かなくて沈む)」
「助けてあげて、オリビアさん」
「うむ! 直ちに救助する!」
豪快にプールへ飛び込んでいくオリビアと、プールサイドで「セレスお姉ちゃん、大丈夫〜!?」と爆笑しながら手を振るリリア。
アレンは呆れつつも、ポンコツな美貌の族長を見て、思わずくすりと笑いを漏らした。
「……まあ、賑やかになって良かったか」
こうして、エルフ族の保護と地下リゾートへの移住は無事に完了した。
アレンたちの安息のスローライフに、また一人、愛らしくも賑やかな仲間が加わったのだった。
しかしその裏で、逃げ帰った追撃部隊からの報告を受けた『イハカ連邦』が、本格的な暗躍を始めようとしていることを、彼らはまだ知らない――。




