#23 旧王国解体、そして巨大テーマパーク化計画
不法占拠者であった悪逆王が叩き出され、王城の差し押さえが完了した翌朝。
王都の行政の中枢であった『白銀公会堂』の広場には、何千人もの市民や兵士、そして顔色を失った貴族たちが押し寄せていた。
王の敗走、国家の破産、そして『影の天秤』による全資産の買収。
一夜にして国家という枠組みが霧散した混乱と困惑の中で、人々は自分たちの明日がどうなるのかも分からず、怯えと不安に震えていたのだ。
そんな広場の壇上に、一人の女性が立った。
黒を基調とした洗練されたタイトスーツに身を包み、知的で冷ややかな眼鏡の奥で鋭い光を宿らせた女性――元・王国財務官僚であり、現在は『影の天秤』の最高執行責任者(COO)を務めるクロエである。
彼女の左右には、王国最強の騎士として市民に敬愛されていたオリビアと、どこか涼しげな装いであくびを噛み殺している黒髪の青年、アレンが控えている。
「王都の住民、ならびに旧王国の関係者に告げますわ」
クロエが手にした拡声の魔導具(ポイント製)に声を乗せると、透き通るような、しかし絶対に逆らえない絶対的な威厳を含んだ声が広場全体に響き渡った。
「本日この時をもって、腐敗した『旧アスタロト王国』は正式に解体・消滅いたしました。ならびに、貴族階級に付与されていたあらゆる特権、免税権、および不法な徴税権をすべて全撤廃いたします」
ざわっ……! と広場が一瞬で騒然となった。
最前列に陣取っていた肥満体型の貴族たちが、顔を真っ赤にして怒号を上げる。
「な、ふざけるな! たかが一商会に過ぎん貴様らに、我ら貴族の特権を奪う権利などあるはずが――」
「黙りなさいな、破産者の方々」
クロエは冷酷な笑みを浮かべ、手に持った分厚い羊皮紙の束を提示した。
「貴方がたが王家と連帯して受けていた融資、および未払いの税金、領地の担保権は、すでにすべて我が『影の天秤』に法的に譲渡されております。返済期限は昨日の正午。当然、支払いはありませんでしたわね? よって、貴方がたの邸宅、私有財産、および領地はすでに差し押さえ済みです」
「な……っ!?」
「なお、私財を隠匿しようとしたり、暴力によって抗おうとする愚かな方には――」
クロエが視線を送ると、オリビアが一歩前に出た。
背中に背負った超合金製の大剣を軽く引き抜き、地面へ突き立てる。
ズドォォォォンッ!!
地響きとともに広場の石畳に亀裂が走り、凄まじい風圧が貴族たちを吹き飛ばした。
元・近衛騎士団長としての圧倒的な威圧感に、抗議しようとしていた貴族たちは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「元・近衛騎士団長オリビアとして告げる! これよりこの街の治安維持は、アレン殿および『影の天秤』が執り行う! 私欲のために民を苦しめてきた悪徳貴族どもよ、大人しく罪を受け入れよ。抗う者は私が直々に相手になろう!」
オリビアの威厳に満ちた宣言に、貴族たちは完全に沈黙した。
対照的に、死の恐怖と飢えに怯えていた一般市民や下級兵士たちの間からは、ポツポツと、そして次第に地鳴りのような歓声が上がり始めた。
重税と理不尽な徴兵で自分たちを苦しめ続けてきた腐敗した特権階級が、完全に失脚したのだ。
「そして、市民の皆様へ朗報ですわ」
クロエは口元を優雅に緩め、声のトーンを和らげた。
「本日より、旧王都は『影の天秤』直轄の特別経済振興区――通称【ドリーム・リゾートシティ】として生まれ変わります。過酷な年貢や免税されない重税はすべて無効。明日より、すべての住民に十分な食料と清潔な水、そして新しい仕事が与えられますわ」
「し、仕事だって……!? 俺たち、兵隊クビになって路頭に迷うと思ってたのに……!」
「給料は出るのか!? パンは食べられるのか!?」
市民たちの問いかけに、クロエの隣で手持ち無沙汰にしていたアレンが、ひょいとマイクを受け取った。
「仕事なら山ほどあるよ。古い壁の撤去や、新しいアトラクションの建設、接客や掃除の手伝いなんかね。給与は1日あたり最低でも銅貨五十枚――あ、旧王国の貨幣じゃなくて、俺たちが発行する『金貨裏付けのニューゴールド』で支払う。もちろん、1日三食の賄い付きで、労働時間は8時間厳守、週休二日制だ」
「な……なんだってぇぇぇっ!?」
広場が揺れた。
1日8時間労働で三食付き、週休二日、しかも旧王国の相場の三倍以上の高給。
ブラック労働と過酷な年貢しか知らなかった市民や兵士たちにとって、それは狂気とも思えるほどの夢のような条件(ホワイト環境)だった。
「信じられない……神様だ……! 新しい大家様は神様だぁぁぁっ!!」
「大家様万歳! 『影の天秤』万歳!!」
恐怖と不安に包まれていた広場は、一瞬にして歓喜と熱狂の渦へと叩き落とされたのだった。
* * *
解体宣言から数時間後。
アレンは王城の最上階バルコニーに立ち、眼下に広がる旧王都の街並みを見下ろしていた。
薄汚れた灰色の石造りの建物、整備の行き届いていない荒れた路地、泥水が溜まったドブ。
数百年間の停滞と腐敗が刻み込まれた街は、どこか沈んで見えた。
「さて……約束通り、街全体をテーマパーク化するとしますか」
アレンは腕を組み、脳内に広がる無限のシステムウィンドウを呼び出した。
悪逆王とその手下たちが撒き散らした莫大な悪意によって蓄積されたカルマポイントは、現在もなお六億ポイント以上が手元に残っている。もはや一生使い切れないほどの「資産の暴力」である。
《『広域都市型改修・魔導インフラパッケージ』を購入。消費ポイント:10,000,000 pt》
《『全天候対応・常春気候大魔法陣(都市用)』を購入。消費ポイント:5,000,000 pt》
《『自動清掃&舗装・クリスタル道路ネットワーク』を購入。消費ポイント:8,000,000 pt》
《『大型観覧車&空中モノレール・アトラクションキット』を購入。消費ポイント:15,000,000 pt》
《現在のカルマポイント残高:615,648,000 pt》
「えいっ、と」
アレンが決定ボタンをタップした瞬間、王都全体を包み込むように、巨大な黄金の魔法陣が上空に展開した。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
地鳴りのような音が響き渡るが、揺れは一切ない。
旧王都を囲んでいた重苦しい黒ずんだ外壁が、光の粒子となって崩壊し、代わりに、色とりどりのイルミネーションが施された美しいアーチ状のゲートへと姿を変えていく。
ガタガタだった石畳の道路は、滑らかで歩きやすく、汚れを自動で弾く純白の魔導舗装道路へと瞬時に書き換わった。
泥水が溜まっていた路地には綺麗な水が流れる用水路と花壇が配置され、薄暗かった街灯はすべて、柔らかい光を放つ魔導ホログラムランプへと一新される。
さらに、街の中央広場には巨大な『大観覧車』と、街を一周する色鮮やかな『空中モノレール』の線路が、まるで魔法の結晶が組み上がるようにニョキニョキと出現した。
「うわあぁぁぁぁっ!? 街が……街が綺麗になっていくぞーっ!?」
「空が……温かい! 風がすごく気持ちいい!」
路上にいた市民たちが、目を見開いて叫び声を上げた。
灰色の雲に覆われていた空が割れ、心地よい春の陽光が街全体を包み込む。花壇からは色とりどりの花が咲き誇り、甘い花の香りが風に乗って街中を駆け抜けていく。
さらに、アレンがポイントで設置した「自動給水ストリート」からは、冷たくて清らかな天然水が飲み放題で湧き出し、街角に設置されたフードスタンド(※従業員として即座に雇われた元・召使いたちが配置された)からは、焼き立てのパンや香ばしい串焼きの匂いが漂い始めた。
「すごいね、アレン! 街全体がお祭りみたいだよ!」
フリル付きのワンピースを着たリリアが、バルコニーの手すりに身を乗り出して、目を輝かせながら歓声を上げた。
「ふふっ、これで地上も退屈しない場所になったね。王城はテーマパークのシンボルタワー『ドリームキャッスル』として、中にはアトラクションや高級レストランを入れる予定だよ」
「まあ……たった数分で一国の首都を丸ごとアミューズメントパークにリフォームしてしまうとは。相変わらず、アレン様のカルマポイントの使い道は常識を置き去りにしていますわね」
隣に立つクロエが、呆れ半分、感心半分といった様子で溜息をつく。
だが、その表情は実に満足そうだった。
「ですが、これで市民の満足度は100パーセントを超えましたわ。旧王国の通貨は完全に崩壊し、我が『影の天秤』が発行する新通貨への移行もスムーズに進んでいます。雇い入れた元兵士や市民たちの労働意欲も極めて高く、犯罪率もゼロに等しい状態です」
「それは良かった。みんなが笑顔で働いて、遊んでくれれば、俺たちのスローライフも安泰だからね」
「うむ! 私も先ほど街を巡回してきたが、人々はアレン殿を『奇跡の大家様』と呼んで崇めていたぞ!」
オリビアが胸を張り、嬉しそうに頷く。
「かつて私が守ろうとして叶わなかった『民の笑顔』が、ここには溢れている。……アレン殿、改めて感謝する」
「いやいや、俺は自分が快適に過ごしたいからやってるだけだよ」
アレンは苦笑しながら、手にしたトロピカルジュースを一口飲んだ。
過酷な労働を押し付けてきた腐敗国家は消滅し、残されたのは最新のインフラと、笑顔に満ちたテーマパーク都市。
誰もアレンたちの邪魔をする者はなく、平和で快適なスローライフが、ここ地上の世界でもついに確立されたかのように思われた。
――だが、その光り輝く歓喜の街を、遥か遠くから「冷ややかな視線」で見つめる者たちがいた。
* * *
旧王国の東部国境――うっそうと繁茂する深い原生林の木々の上。
そこに、黒い密着型の魔導隠密スーツに身を包んだ数人の人物が、気配を完全に消して潜んでいた。
彼らが手にしているのは、高度な遠視魔法が施された魔導望遠鏡。
その筒先が向けられているのは、かつて貧困と混乱に喘いでいたはずの「アスタロト王国」の王都であった。
「……おい、報告と違いすぎるぞ。どうなっているんだ……!?」
隠密部隊の隊長である男が、信じられないものを見たように声を震わせた。
彼らが所属するのは、旧王国の東に隣接する強大な軍事集団――『イハカ連邦』の精鋭情報部隊である。
連邦上層部からは、「アスタロト王国が莫大な債務と大溶鉱炉の事故によって自壊した。軍隊も霧散したため、隙を見て国境線を押し進め、領土を接収するための偵察を行え」という命を受けていた。
崩壊した貧しい国を、連邦の圧倒的な軍事力で「保護」という名のもとに飲み込む。
それが、彼らの簡単な任務はずだった。
だが――望遠鏡の先に広がっていたのは、廃墟などでは断じてなかった。
「な、なんだあの街は……!? 夜でもないのに上空に巨大な光の陣が浮かび、見たこともない巨大な車輪(観覧車)が空を回っている……!?」
「隊長! 街を囲んでいた強固な外壁が消え去り、人々が色鮮やかな服を着て、歌い踊っています! 飢えている様子など微塵もありません!」
「それだけじゃない……あの街の空気、異常なほどの濃度で精霊力(魔力)が満ち溢れているぞ……!? 連邦の首都すら遥かに凌ぐ、超高濃度の魔法空間だ!」
隠密兵たちが、恐怖と困惑に顔を歪める。
軍隊の姿が見当たらないにもかかわらず、街全体から漂うのは「侵略など不可能なほどの圧倒的な格の違い」だった。
自分たちが誇る最新鋭の魔導兵器すら、あの常識外れの都市の前では子供のおもちゃに過ぎないのではないか――そう直感させるほどの異質な空気。
「……バカな。アスタロト王国は破産して消滅したはずだ。一体誰が、あそこまでの資金と規格外の技術を投じて、あんな異常な都市を建造したというんだ!?」
隊長は脂汗を拭い、激しい悪寒に身を震わせた。
「……撤退だ! 至急、本国へ報告を入れる!」
「隊長、連邦総統へは何と伝えますか!?」
「『旧王国領域は謎の強大な組織に占領された。その技術力と資金力は推計不可能。直ちに全軍を警戒態勢に移行せよ』……とな!」
隠密兵たちは黒い影となって、木々の間を疾風のように駆け去っていった。
自分たちの隣国に突如として出現した、常識を遥かに超越した「謎の巨大テーマパーク都市」。
軍事力と過酷な支配を信条とするイハカ連邦にとって、アレンたちの存在は、既存の秩序を根底から揺るがす最大級の「異物」として映っていたのだった。
地上の楽園と化した旧王都に、新たな波乱の影が忍び寄りつつあることを、アレンたちはまだ知る由もなかった。




