#22 【番外編】リリアのお城探検と秘密のティーパーティー
不法占拠者であった悪逆王が城門の外へ放り出され、暴徒化した兵士たちも逃げ去った王城は、驚くほど静まり返っていた。
かつて豪華絢爛な装飾で彩られていた回廊は、今や壁紙が剥がれ、肖像画の額縁が外された痕跡が冷たく残るばかり。差し押さえの赤い魔法封印紙がそこここに貼り付けられた城内は、まるで巨大な空き家のようだった。
「ひろーい……誰もいないや」
カツン、カツンと小さな靴音を響かせながら、リリアはお城の回廊を一人で歩いていた。
アレンとクロエは、旧王国の接収手続きや財産目録の整理、そしてこれからの都市計画についての話し合いで大忙しだ。オリビアも城内の残存危険物の点検と安全確認で城中を飛び回っている。
手持ち無沙汰になったリリアは、アレンから「遠くへ行かないこと」を約束に、お城の中をちょっぴり探検させてもらうことにしたのだった。
地下帝国の眩しい疑似太陽と南国ビーチを見慣れてしまったリリアにとって、日光が遮られた暗い石造りの城内は、どうにも重苦しく感じられた。
窓枠からは灰色の風が吹き込み、足元をすり抜けていく。
「こんなに広いのに、なんだか寂しい場所だなぁ……」
首を傾げながら奥へと歩みを進めていたリリアは、ふと、通路の物陰から小さな視線を感じて立ち止まった。
曲がり角の陰、使われなくなった給仕用の物置の扉が、わずかに開いている。
「……だれかいるの?」
リリアが声をかけると、物置の奥から「ひぃっ!」と小さな悲鳴が重なって聞こえた。
そっと扉を開けて覗き込むと、そこにはボロボロの給仕服を着た小さな子供たちが、お互いを庇い合うように肩を寄せ合って震えていた。十歳にも満たない少年少女が四人と、彼らを背中に隠そうとしている十五歳ほどの若い下級メイドが一人。
「お、お願いです……命だけは……! 私たちはただの召使いで、王様の命令に従っていただけなんです……!」
若いメイドは全身をガタガタと震わせながら、床に頭を擦り付けた。後ろにいる子供たちも、恐怖で固まり、涙をボロボロとこぼしている。
城の兵士や上級貴族たちが自分たちだけ財産を奪って逃げ出す中、行く当てのない身寄りのない孤児や下働きのアプレンティス(見習い)たちだけが、城の奥に置き去りにされていたのだ。
「えっ……? ううん、取って食べたりしないよ! 私、リリアっていうの」
慌てて手を振るリリア。だが、子供たちの怯えは消えない。彼らにとって、城の主を追い払った「謎の巨大勢力」の仲間であるリリアは、恐ろしい存在に見えているようだった。
「みんな、お腹すいてるの?」
子供たちの小さなお腹から、ぐぅ……と切ない音が鳴ったのを聞き逃さなかったリリアは、ポシェットの中に手を入れた。
そこに入っているのは、アレンが「お腹が空いたら食べなね」と、カルマポイントを使ってポッケに詰めてくれた特製のおやつだ。
「はい、これどうぞ! とっても美味しいんだよ」
リリアが差し出したのは、個包装された黄金色のクッキーと、甘い香りが漂う小袋入りのドライフルーツだった。
子供たちは顔を見合わせ、恐る恐るクッキーを受け取る。若いメイドが制止しようとしたが、最年少の小さな男の子が我慢できずにクッキーを口へ放り込んだ。
次の瞬間、少年の目が丸く見開かれた。
「ん……っ!? あ、あまい……! サクサクしてて、バターの匂いがすごい……!」
「本当……!? 私にも頂戴!」
「おいしい……! こんなの、食べたことない……!」
今までパンの耳や腐りかけたスープしか与えられていなかった子供たちにとって、ポイント製の特製スイーツは衝撃的な美味しさだった。一気に表情が華やぎ、涙を拭ってクッキーを頬張り始める。
「ふふっ、美味しいでしょ! アレンが作るおやつは世界一なんだよ!」
誇らしげに胸を張るリリア。若いメイドも、一口貰ったクッキーのあまりの味に言葉を失い、頬を染めて固まっていた。
「あの……あなた様は、新しいお城の……?」
「うーんとね、アレンの妹……みたいな感じ! みんな、ここでずっと怖がってたの?」
「はい……大人たちはみんな何かを盗んで逃げてしまって……私たちは行く当てもなくて、ここで処分されるのを待つしかなくて……」
申し訳なさそうに俯くメイドの姿に、リリアは胸がぎゅっと痛むのを感じた。
自分もかつては、過酷な村で明日をも知れぬ暮らしをしていた。アレンが魔法のように温かいご飯と快適な部屋を作ってくれる前は、いつもお腹を空かせて震えていたのだ。
「もう大丈夫だよ! アレンもクロエも、悪い人じゃないもん。……ねえ、みんなでお外に行かない? お城の中にいると、暗くて気持ちまでしんみりしちゃうよ!」
リリアは子供たちの手を引いて、物置の外へと連れ出した。
* * *
リリアが子供たちを連れてやってきたのは、城の中央に位置する大中庭だった。
かつては国王や高位貴族たちが冷徹な政治的駆け引きを行っていた場所だが、現在は手入れが途絶え、噴水の水は濁り、枯れ木と荒涼とした土が広がる無機質な空間となっていた。
「ここも、全然綺麗な花が咲いてないね……」
寂しそうにつぶやくリリア。すると、後ろから聞き覚えのある優しい声が響いた。
「どうしたの、リリア? そんなところで大人数を引き連れて」
「あっ、アレン! それにクロエとオリビアさんも!」
書類を手にしたアレンとクロエ、そして城内の巡回を終えたオリビアが、中庭の回廊から姿を現した。
アレンは子供たちの姿に少し驚いた様子を見せたが、怯える彼らに優しく微笑むと、リリアの頭を撫でた。
「この子たちは、城に残されてた給仕の子供たちだよ。みんなすごくお腹を空かせてて……お城の中も暗くて、このお庭も枯れ木ばっかりで、かわいそうなの」
リリアはアレンの服の裾をギュッと掴み、上目遣いで訴えた。
「ねえ、アレン! このお庭を、もっと楽しくできないかな? 地下のビーチみたいに、みんなが笑顔になれるような、キラキラして甘い匂いがする場所にしたいの!」
アレンは一瞬目を丸くしたが、すぐに困ったような、けれど嬉しそうな苦笑いを浮かべた。
「そうか。確かにこの中庭、無駄に広いのに殺風景すぎるもんな。よし、リリアの頼みなら断れないな」
「まあ、アレン様。早速ポイントをお使いになりますの?」
クロエが眼鏡のフチを指で押し上げながら、くすりと笑う。
「どうせ地上もテーマパーク化する計画なんだ。まずはこの中庭を、試験的に『プロトタイプ』として大改造してみようか。ちょうどカルマポイントも余りまくってるしね」
アレンは空間に向けて手を掲げ、無制限のシステムウィンドウを操作し始めた。
《『メルヘン・お菓子ガーデンキット』を購入。消費ポイント:1,000,000 pt》
《『特大・チョコレートファウンテン&フルーツ泉』を購入。消費ポイント:500,000 pt》
《『全自動・快適気候維持魔法陣(中庭用)』を購入。消費ポイント:300,000 pt》
「それじゃあリリア、カウントダウンをお願いしようかな」
「うん! さん、に、いち……えいっ!」
リリアが可愛らしく手をかかげた瞬間、荒れ果てた中庭全体が、眩い黄金とフワフワとした桃色の光に包まれた。
ゴゴゴゴ……という地鳴りとともに、荒れた土の地面が一瞬にして、ふかふかで鮮やかなエメラルドグリーンの極上芝生へと変化していく。
枯れ果てていた不気味な樹木たちは、色鮮やかなキャンディの果実が実る『ドロップの木』や、サクサクのビスケットでできた枝を持つ『クッキーの木』へと姿を変えた。
さらに、中央の干上がっていた石造りの噴水が崩れ去り、そこへ出現したのは巨大な三段構造の『チョコレートの噴水』。濃厚で芳醇なカカオの香りを漂わせる温かいチョコレートが、まるで滝のように滔々と流れ落ちている。その周りには、とれたてのフレッシュなイチゴやパイナップル、マシュマロが山盛りにセットされた果樹園が出現した。
「な……なんですか、これはぁぁぁっ!?」
若いメイドが悲鳴を上げた。子供たちも開いた口が塞がらず、目を丸くして目の前の光景を見つめている。
濁った灰色の空に覆われていたはずの中庭の上空だけが、温かな春の陽気と、心地よい南国の風に包まれていた。
「す、すごい……! 雲がふわふわの綿あめみたい! ブランコもあるよ!」
リリアが歓声を上げ、お菓子の木の根元に設置された、ピンク色のリボンで飾られた大きな木製ブランコへと駆け寄った。
「ふむ……! あの噴水から流れているものは、すべて本物のチョコレートなのか!? あそこにあるマシュマロをあの茶色い液体に潜らせて食べるのだな!? 騎士としての直感が『今すぐ試せ』と告げているぞ!」
オリビアが目を輝かせ、甲冑の籠手を外して噴水へと突撃していく。
「オリビアさん、落ち着いてくださいな……。ですが、これは実に見事ですわね」
クロエも感心したように中庭を見回した。
「冷たくて重苦しかった王城の雰囲気が、一瞬にして極上のティーラウンジへと変貌いたしましたわ。この空間構成と演出……テーマパークの目玉エリアとして十分に通用しますわね」
「よし、せっかくだからみんなでティーパーティーにしよう!」
アレンが指を鳴らすと、芝生の上に真っ白なクロスが敷かれた大きな円卓と、ふかふかのクッション付きチェアが召喚された。
テーブルの上には、アレンがポイントで厳選した超高級スイーツが次々と並べられていく。
王都最高の洋菓子店でもお目にかかれない、いちごを贅沢に重ねた「特大三段ショートケーキ」。
口の中で瞬時にとろける「完熟マンゴープリン」。
サクサクの生地に濃厚なカスタードがたっぷり詰まった「焼きたてミルフィーユ」。
そして、湯気を立てる極上のアッサムティーと、搾りたてのオレンジジュース。
「さあ、みんな座って! 遠慮しないでたくさん食べてね!」
リリアが子供たちの手を引き、椅子へと座らせた。
「あ、あの……本当に、私たちがこんな素晴らしいものをいただいても良いのでしょうか……?」
若いメイドは震える手でフォークを握り、恐る恐るショートケーキの一片を口に運んだ。
瞬間、彼女の瞳からポロポロと大きな涙がこぼれ落ちた。
「お、美味しすぎます……! こんなに甘くて、優しくて、美味しいもの……生まれて初めて食べました……っ!」
「おいしい! プリンがトロトロだよ!」
「お兄ちゃん、このお肉みたいなクッキーもすごいよ!」
子供たちも口々に歓声を上げ、口の周りを生クリームやチョコレートだらけにしながら、夢中でお菓子を頬張り始めた。
かつて王城の暗がりで、大人たちの怒号と理不尽な労働に怯えていた子供たちの顔に、弾けるような満面の笑顔が戻っていく。
「ふふっ、良かったね!」
リリアも自分の顔ほどもある特大ショートケーキをパクリと一口食べ、幸せそうに頬を緩ませた。
「美味い……! このミルフィーユというお菓子のサクサクとした歯ごたえと、甘さ控えめのクリームの調和……! 我が剣技の切れ味にも通じるものがあるぞ!」
オリビアは口の端にチョコレートをつけながら、熱弁を振るっている。
「オリビア様、剣技とお菓子を一緒にしないでいただけます? ……まあ、この紅茶の香りは認めざるを得ませんが」
クロエは上品にティーカップを傾け、優雅に微笑んだ。
アレンは賑やかになった中庭を眺めながら、ジュースを飲むリリアの隣に腰掛けた。
「アレン、ありがとう! 私、すごく嬉しい!」
「喜んでもらえてよかったよ。リリアがこの子たちを見つけてくれなかったら、この中庭も暗いままだったからね」
アレンはリリアの頭を優しく撫でた。
「王様を追い払って、お城を差し押さえて……これで終わりにするつもりだったけど、リリアの言う通りだな。冷たくて暗い場所を壊して、みんなが美味しくご飯を食べて、笑っていられる場所を作る。それが一番楽しい使い道だ」
「うん! 私、この街がもっともっと楽しくなればいいなって思うよ!」
リリアの純粋な言葉に、アレンは深く頷いた。
王国の崩壊によって、行き場を失ったのは兵士や貴族だけではない。城の下働きや、王都の路地裏で苦しんでいた弱き民たちもまた、置き去りにされていたのだ。
だが、カルマポイントの圧倒的な暴力と、アレンたちの気まぐれな優しさは、彼らに絶望ではなく「夢のようなスローライフ」をもたらそうとしていた。
「クロエ、城に残された使用人や孤児たちの雇用計画、少し早めようか。彼らにはテーマパークのオープニングスタッフとして働いてもらおう」
「ふふっ、お安い御用ですわ、アレン様。彼らには手厚い給与と、一日三食の最高級スイーツ付き完全週休二日制を保障いたしましょう。元悪逆王のブラック職場とは比べものにならない優良企業として、彼らを迎え入れますわ」
クロエの言葉に、泣きながらケーキを食べていた若いメイドが「一生ついていきますぅぅっ!」とテーブルに頭を下げた。
ポカポカとした疑似太陽の光と、甘いチョコレートの香りに包まれた王城の中庭。
そこにはもはや、愚かな王の残香も、虐げられた者の涙も存在しなかった。
ただ、無邪気に笑う子供たちの歓声と、新しい時代を創り出す者たちの温かな乾杯の音が、どこまでも優しく響き渡っていたのだった。




