#18 ダミーミスリルと最高の大芝居〜村人、再びアカデミー賞〜
期限である七日目の正午。
王都から辺境の村へと続く未舗装の街道を、砂埃を上げながら進む一団があった。
先頭を進むのは、一週間前に「一週間で百トンのミスリルを掘り出せ」という無茶苦茶な勅命を下したあの使者である。その後ろには、武装した数十名の近衛兵が続いているが、彼らの足取りは鉛のように重かった。
無理もない。クロエの経済工作によって王都の兵站は完全に崩壊しており、彼らはここ数日、まともな食事を摂っていないのだ。頬はげっそりとこけ、鎧の隙間からは悲鳴のような腹の虫の音が絶え間なく響いている。
「ふん。どうせあの薄汚い村は、今頃絶望に包まれていることだろう」
痩せ細った馬に鞭を入れながら、使者は意地悪く口角を歪めた。
「百トンのミスリルなど、素人の農民に掘り出せるはずがない。勅命違反を理由に村長を広場で処刑し、残った女子供を奴隷として売り払えば、少しは王都の足しになるだろうて」
最初から、採掘など期待していない。これはただの合法的な略奪であり、憂さ晴らしのための処刑劇にすぎないのだ。
だが、村の入り口に差し掛かった使者の目に飛び込んできたのは、予想とは全く異なる異様な光景だった。
「なっ……なんだ、あれは……!?」
使者は馬上で目を剥いた。
村の広場の中央に、小山のような『銀色の巨大な塊』が鎮座していたからだ。
太陽の光を反射して神々しいまでの輝きを放つそれは、どう見ても伝説の鉱石『ミスリル』の原石の山だった。
そして、その銀の山の周囲には、ボロ布をまとい、全身泥だらけになった村人たちが、バタバタと折り重なるように倒れ伏しているではないか。
* * *
時間を少し遡る。
使者が到着する前日の夜、地下施設のラウンジにて。
「よし、本物のミスリル百トンは俺の『アイテムボックス』に収納完了、と。これでいつでも売れるな」
アレンは空中に展開したインベントリ画面を閉じ、満足げに頷いた。
「さて、明日はあのおっかない使者が来る日だけど、本物を渡すわけにはいかないからね。代わりにこれを用意したよ」
アレンがテーブルの上に置いたのは、銀色に輝く拳大の鉱石だった。
「ミスリル原石……? いや、魔力の波長が違うな。見た目と重さは完全に一致しているが……」
元・近衛騎士団長のオリビアが、石を手に取って鋭い目を向ける。
「アレン様、それは一体?」
ポテトチップス(サワークリームオニオン味)をかじりながら、クロエが首を傾げた。
「これはね、ポイントショップで買った『熱反応式・ダミーミスリル』だよ」
《『熱反応式・泥化偽造ミスリル(100トン)』を購入。消費ポイント:500,000 pt》
《現在のカルマポイント残高:703,648,000 pt》
「ダミー……偽物ということか? だが、王国の鍛冶職人の目は誤魔化せまい。原石を叩き、火に入れればすぐにバレるぞ」
「そこがこのアイテムの面白いところさ」
アレンは悪戯っぽく笑った。
「このダミーミスリル、常温では本物と全く同じ硬度と重量、そして魔力反射率を持ってるんだ。熟練の鑑定士が虫眼鏡で見ても絶対に偽物とは見抜けない。だけど……鍛冶屋の炉に入れられて『摂氏八百度』を超えた瞬間、結合が崩壊して『ただの臭い泥』に変化する仕様になってる」
「泥……ですって?」
「そう。ドロドロの、ヘドロみたいな泥水にね。つまり、王国がこの百トンの原石を使って強力な武具を作ろうと、国営の巨大溶鉱炉にぶち込んで火を入れた瞬間――」
そこまで聞いて、クロエの灰色の瞳がカッと見開かれた。
「――溶鉱炉の内部で百トン分の泥が爆発的に膨張し、高価な炉の設備を完全に破壊する……! そして、王国の最後の希望であったミスリルの武具計画は、物理的にも経済的にも完全に頓挫する!!」
クロエは立ち上がり、ワナワナと震えながら両手で顔を覆った。
「え、エグい……! なんて極悪非道な罠……! 王室は莫大な予算をかけて鍛冶職人をかき集め、国中から期待を集めた絶頂の瞬間に、すべてが『泥』と化して溶鉱炉ごと吹き飛ぶのですわ! これこそまさに、国家に対する完全なる精神的・経済的トドメ……ッ! 最高ですわアレン様!!」
「王国の鍛冶職人たちが泥まみれになる姿が目に浮かぶな……。自業自得とはいえ、少し同情するぞ」
オリビアは呆れたように肩をすくめたが、その口元は微かに笑っていた。
「そういうわけだから、明日は地上にこのダミーミスリルを百トン積んでおいて、使者に持って帰らせよう。そのためには……村のみんなに、ちょっと『一芝居』打ってもらわないとね」
* * *
そして現在。
使者と近衛兵たちは、広場に積み上げられた百トンの(ダミー)ミスリルの前で、完全に言葉を失っていた。
「あ、ああ……使者様ぁ……」
ミスリルの山の麓で、血まみれの包帯を巻き、全身をドロドロに汚した村長が、震える手を伸ばしてきた。
「お、おおせの通り……百トンのミスリルを、死の鉱山より掘り出してまいりましたぞ……ゲホッ、ゴホッ!」
「ば、馬鹿な!? 本当に掘り出したというのか!? あの岩盤を!? 猛毒ガスはどうした!」
「犠牲ですじゃ……。前列の者がガスを吸って倒れ、後列の者がその骸を乗り越えてつるはしを振るう……まさに地獄の責め苦……。村の若い衆は、半分が落盤に巻き込まれ……私の息子も、岩の下敷きに……あああっ!」
村長は顔を覆い、天を仰いで悲痛な叫びを上げた。
(※注:村長の息子は現在、地下の娯楽施設で最新のVRゲームに熱中している)
「おじいちゃん! 喋っちゃだめ! 傷口から血が……うっ、うぇぇぇんっ!」
村長にすがりついて号泣するのは、ボロボロの服を着たリリアである。
彼女の額からは赤黒い血がタラタラと流れ落ちていた。
(※注:この血はアレンが用意した『特濃ストロベリーシロップ』である。リリアは顔中から漂う甘い匂いによる食欲を必死に我慢しているため、涙目になっている)
周囲に倒れている村人たちも、「ううぅ……」「息が……」と迫真のうめき声を上げている。
彼らの全身に塗られている泥は、アレンがポイントで用意した『最高級スパリゾート専用・ミネラル豊富エステ用泥パック』である。
「ああ……肌がしっとりするわ……」
「この泥、すごくいい匂いがするわね……ふふっ」
倒れている村の女性たちは、死にそうな顔を作りながらも、泥パックの極上の美容効果に内心でウキウキしていた。
「な、なんて悲惨な光景だ……」
同行していた近衛兵の一人が、あまりの惨状に思わず目を背ける。
だが、使者の男の反応は違った。
彼は村人たちの犠牲など一顧だにせず、狂ったように笑い出し、ミスリルの山へと駆け寄った。
「はははははっ! 素晴らしい! 本物だ、紛れもなく純度百パーセントのミスリル原石だ! お前たちのような下等な農民どもでも、命と引き換えにすれば役に立つではないか!!」
使者は歓喜に打ち震えた。
これだけのミスリルを持ち帰れば、王国の財政は一気に息を吹き返す。何より、この奇跡の成果を報告した自分は、王から莫大な報奨金と爵位を与えられるに違いない。
「おい! お前たち、すぐにこれを運ぶぞ! 王家秘蔵の『大容量収納の魔道具』を開けろ!」
使者の命令により、フラフラの近衛兵たちが巨大な麻袋のような魔道具を広げ、手作業でダミーミスリルを放り込み始めた。
飢えと疲労で限界に近い兵士たちにとって、重い鉱石を運ぶ作業はまさに拷問だったが、使者は「早くしろ! 王がお待ちかねだぞ!」と鞭を振り回して急かした。
その間、村長は地面に這いつくばったまま、悲痛な声で訴えかけた。
「し、使者様……どうか、約束通り……我ら村人にお慈悲を……。飢えを凌ぐための、わずかな小麦だけでも……」
「黙れ老いぼれ!」
使者は村長の顔をブーツの先で蹴り飛ばそうとしたが、村長は絶妙な身のこなし(毎日のフィットネスの成果)でそれを躱し、蹴られたフリをして派手に転がった。
「王からの慈悲だと!? このミスリルは、貴様らが王命に背かず働いたという『義務』の証明にすぎん! 生かしておいてやるだけでもありがたく思え! さあ、全量収納したな! 王都へ帰還するぞ!」
マジックバッグに百トンの原石を詰め込み、使者と近衛兵たちは足早に村を後にした。
背中を丸め、逃げるように去っていく一団。
彼らの姿が完全に森の奥へ消え、馬の蹄の音が聞こえなくなるまで、村人たちはうめき声を上げながら地面に倒れ伏していた。
やがて、完全な静寂が訪れると――。
「……よし、行ったな。カーッ、ペッ!」
村長がスッと立ち上がり、口の中に入った土を吐き出した。
「いやぁ、今日の俺の演技、どうだった? 『私の息子も……』のくだり、かなり涙を誘ったんじゃないか?」
「村長、最高でしたよ! 王立劇場の主演男優賞モンですぜ!」
「あーあ、早くこの泥落とさなきゃ。乾燥してきたらお肌に悪いわ」
「お風呂お風呂ー! 今日の温泉は薔薇の湯だって!」
先ほどまでの地獄絵図が嘘のように、村人たちはケラケラと笑いながら立ち上がり、互いの服についた泥を払い落とし始めた。
「んん〜っ! 甘い匂いがずーっと鼻について、もう限界だよぉ!」
リリアは額のストロベリーシロップを指で拭うと、そのままペロッと舐めた。
「美味しい! アレン、これであとでホットケーキ食べたい!」
「はいはい。みんな、迫真の演技お疲れ様」
木陰から姿を現したアレン、クロエ、オリビアの三人が、村人たちに労いの拍手を送る。
「見事な統率力と演技力だ。我が国の情報部隊にも見習わせたいくらいだな」
オリビアが感心したように腕を組む。
「ふふふ……これで、最後の罠は放たれましたわ」
クロエは悪役令嬢そのものの邪悪な笑みを浮かべ、王都の方向を見据えた。
「あの使者は、王の元へ『希望』という名の『泥爆弾』を届けに行きました。王室はあのミスリルを担保に、さらに裏商会から借金を重ね、国営の溶鉱炉に火を入れるでしょう。そして……摂氏八百度を超えた瞬間、すべてが終わりますわ」
王国の滅亡は、もはや武力による制圧でも、革命軍による蜂起でもない。
辺境の村人たちの大芝居と、百トンの偽造鉱石によって、静かに、そして喜劇的に幕を下ろそうとしていた。
「さあ、地上は寒いし、みんなお風呂に行こうか。今日のランチビュッフェは、豪華な海鮮丼を用意してあるよ」
「うおおおおっ!! アレン様万歳!!」
村人たちの歓声が響き渡る。
愚かな使者が死に物狂いで王都へ急いでいる頃、辺境の地下帝国では、極上の温泉と豪華な食事が待ち受ける、最高の休日の午後が始まろうとしていた。




