#17 死の鉱山はボウリング場〜ポイントの暴力で遊び尽くせ〜
翌朝、陽が昇り切る前の微かな薄明かりの中。
村の北側に位置する『死の鉱山』の坑道口は、重苦しい静寂と紫煙のような毒ガスに包まれていた。
かつて王国が多大な犠牲を払いながらも放棄した魔境。削岩用のつるはしを弾き返す硬度の岩盤と、呼吸器官を焼き切る猛毒の瘴気、そして暗闇に潜む凶暴な魔物『岩食いワーム』が巣食う、文字通りの地獄である。
「……本当にここに入るつもりなのか、アレン殿」
スポーツウェアの上に防寒パーカーを羽織ったオリビアが、慎重な足取りで周囲を警戒しながら尋ねた。手には冷えたプロテインシェイカーが握られている。
その隣では、ダミーのフード付きジャージを着たクロエが、眠たそうに欠伸を噛み殺していた。片手には温かい缶コーヒー、もう片手にはモーニング用のホットサンドがある。
「いくら我々の身体が健やかになったとはいえ、この猛毒ガスは危険だ。解毒の魔法薬を用意してきたが……」
「大丈夫だよ、オリビアさん。そんな薬、飲む必要もないから」
アレンは坑道の入口から数歩手前で足を止めると、いつものように虚空へ指を走らせた。
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直後、アレンの足元から青白い光の円環が広がり、ドーム状の透明な膜が全員を包み込んだ。
瞬時に、ツンと鼻を突く硫黄と毒ガスの臭気が消え去り、代わりに清々しい森の澄んだ空気が満ちる。
「なっ……!? 猛毒の瘴気が一瞬で消え去っただと!?」
「呼吸が急に楽になりましたわ……。空気清浄魔法の類でしょうか?」
二人が目を丸くする中、空中に召喚されたのは、漆黒の金属で造られた球体状の機体群だった。直径一メートルほどのドローン五十台が、青いLEDを点滅させながら静かに浮遊している。
『全自動採掘シーケンス、起動。対象鉱石:ミスリル原石。目標数量:100トン。作業を開始します』
無機質なアナウンスとともに、五十台のドローンが一斉に坑道内へと雪崩れ込んだ。
直後、坑道の奥から響いてきたのは、激しい爆音でも無骨な削岩音でもなかった。
『シュィィィィン……ッ!』という、耳障りの良い高周波の駆動音である。
ドローン群は先端から高出力の超音波レーザーを照射し、王国軍の鋼鉄のつるはしすら弾き返したミスリル岩盤を、まるで熱したナイフでバターを切るかのように滑らかに削り取っていく。
暗闇から飛び出してきた体長五メートルを超える巨大な『岩食いワーム』に対しても、ドローンは容赦がなかった。高圧エアレーザーで一瞬にして麻痺させると、専用の回収カプセルへ素早く収容していく。
「あ、あの岩食いワームは、Sランク相当の災害級魔物だぞ……!? それを害虫駆除のようにあっさりと……!」
「削岩の速度も物理法則を無視していますわね。あの岩盤の硬度を考慮すれば、一削りに数時間を要するはずですのに……」
開いた口が塞がらない様子の二人をよそに、ドローン群は休むことなく稼働し続けた。
削り取られた純度百パーセントのミスリル原石は、自動搬送キャリアによって次々と外へと運び出され、シールドの脇に整然と積み上げられていく。
銀色に眩しく輝く、伝説の鉱石の山。
十トン、三十トン、五十トン――。
作業開始からわずか二時間足らず。太陽が完全に登り切る前に、積み上がったミスリル原石は、小山のような巨大なピラミッドと化していた。
『ピピッ。目標数量100トンの採掘、および不純物の除去作業が完了しました。作業時間:一時間四十二分』
「はい、お疲れ様。撤収〜」
アレンが手をかざすと、ドローン群は光の粒子となって消失した。
あとに残されたのは、小山のように聳え立つ百トンのミスリル原石と、ドローンによって内部の岩盤が綺麗に削り取られ、広大なドーム状の空洞と化した『元・死の鉱山』だった。
「……信じられん。王国が数十年の歳月と数百人の命を費やしても数キロしか得られなかったミスリルが、たった二時間で……」
オリビアはプロテインシェイカーを握りしめたまま、呆然と銀の山を見上げていた。
「これが、アレン様の『ポイントの暴力』ですのね……。国家予算どころか、世界の経済バランスを一人で破壊できるレベルですわ」
クロエもまた、自分の知性が敗北したような顔で乾いた笑いを漏らしている。
「さて」
アレンは腕を組み、綺麗にくり抜かれた巨大な地下空間を満足そうに見渡した。
「ミスリルの確保は終わったし、ここからが本題だ。せっかくこんなに広くて頑丈な地下ホールができたんだから、放置しておくのは勿体ないよね」
「本題……? ミスリルを掘り出すことこそが本題だったのではないのですか?」
「ううん、あれはただの準備作業。さあ、ポイントを使って、みんなで遊べる場所を作ろうか」
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ドスゥゥゥン……ッ!!
かつて猛毒ガスと魔物がうごめいていた死の坑道内に、まばゆいばかりの照明が一斉に点灯した。
黒ずんでいた岩壁は滑らかな防音パネルで覆われ、床には鏡のように磨き上げられた最高級の木製レーンが何十本も並ぶ。側面には青やピンクのネオンライトが煌めき、軽快なBGMが空間を満たした。
さらに奥には、最新の通信カラオケ機器とふかふかのソファが備え付けられた個室がズラリと並んでいる。
「な……なんですか、この派手な部屋は……!? 床が平らで、光っていて……!」
「これが……アレン殿の言っていた『ボウリング場』というものか!?」
異次元の変貌を遂げた空間に、全員が絶句する。遅れてやってきたリリアだけが、「わぁぁ! すごーい! お店みたい!」と目を輝かせて歓声を上げていた。
「よし、じゃあ早速遊んでみようか。ルールは簡単だよ。あの丸いボールを持って、あっちの端に並んでいる十本のピンに向かって転がすだけ。多く倒した人が勝ち」
アレンがハウスボールを一つ拾い上げ、滑らかな動作でレーンへと転がした。
ガラガラガラ……という心地よい音を立てて転がったボールは、吸い込まれるように中央へと進み、十本のピンを豪快に弾き飛ばした。
パカーンッ!!
『ストライク!』
頭上の液晶モニターにド派手なエフェクトとともに文字が躍る。
「おおおっ! 気持ちいい音!」
リリアがパチパチと拍手を送る。
その光景を見た二人の元エリートの目つきが、一瞬で変わった。
(ただ玉を転がして標的を倒すだけの単純な競技……。だが、あのピンの配置、床の摩擦係数、ボールの重量と回転……計算要素が多すぎる! これは、頭脳の格闘技だわ!)
クロエの目が、財務官僚時代の鋭さを取り戻す。
(重い玉を正確に制御し、標的を全滅させる……。これは投擲術と体幹の威力を試す、極限の武芸ではないか! 元・近衛騎士団長として、このような戯れに後れを取るわけにはいかん!)
オリビアの背筋がピンと伸び、鋭い殺気が立ち上る。
「ふふふ、面白そうですわね。元・財務官僚の精密な物理計算を見せて差し上げますわ!」
「甘いぞクロエ! 戦場において頼れるのは確かな筋力と体幹のみ! 騎士の力を見せてやる!」
こうして、アレンの意図とは明後日の方向で、元エリート二人による血で血を洗う(?)ボウリング対決が幕を開けた。
「ふんっ!」
一番手として前に出たクロエは、一番軽い六ポンドのボールを両手で抱え、レーンに向かって駆け出した。
(ボールの質量、レーンの長さ、斜度……完璧に計算しましたわ! 狙うは中央の一番ピン!)
勢いよく投げ出されたボールは――。
ガターーーン。
滑り出してわずか三メートルで左の溝へと落ち、虚しく滑っていった。
「なっ……!? 計算が……摩擦係数の計算が合っていませんわ!! レーンに油が塗ってあるなんて聞いていませんわよ!?」
「ハハハ! 口ほどにもないなクロエ! 理屈ばかり捏ねるからそうなるのだ!」
高笑いしながら専用のマイシューズ(アレンがポイントで用意)を履いたオリビアが立ち上がる。彼女が選んだのは、男性でも持て余す重さの十六ポンドのボールだ。
「見よ! これが近衛騎士団に伝わる投擲術……『絶空投球』だッ!!」
ドォンッ!!
オリビアの手から放たれたボールは、転がるのではなく空中を飛んだ。
時速百キロを超える砲弾と化したボールは、レーンの中央付近でドスンと着地すると、そのままの勢いで十本のピンを粉砕。木製のピンが弾け飛び、奥の緩衝壁にめり込んだ。
『ストライク!』
「ふっ、見たか! 標的は跡形もなく消え去ったぞ!」
「オリビアさん! レーンを壊さないでよ! あと投げ方は転がすのがルールだからね!?」
アレンが即座にツッコミを入れる。
「な、なんですのその蛮族のような投げ方は!? ルール違反ですわ! 美しくありませんわ!」
「勝てば官軍だクロエ! 文句があるなら全倒してみせるのだな!」
「くっ……言わせておけば……! アレン様、もう一度ですわ! 今度はフックボールの軌道を計算し直しましたの!」
その後、勝負は泥沼の様相を呈していった。
クロエはノートと万年筆を持ち出し、レーンのオイルパターンとボールの回転数を物理式で計算しながら、何度もガターを叩き出しては「解せない……!」と頭を抱える。
オリビアは加減を覚えようと試みるも、騎士としての筋力が強すぎてボールが奇怪な変化球を描き、「ぬぅぅ! ボールに悪霊が取り憑いているのか!?」と悶絶する。
そんな二人を横目に、
「えいっ」
と適当にボールを転がしたリリアが、綺麗な綺麗なストライクを連発していた。
「あ、また全部倒れたー! これ楽しいねー!」
「「なぜなのですか(なぜなのだ)リリアぁぁぁっ!!」」
絶叫する元エリート二人。
勝負は最終的に、無欲の勝利を収めたリリアがダントツのトップ、二位がパワー押しで偶然ストライクを拾ったオリビア、最下位が計算に囚われすぎて指が抜けなくなったクロエという結果に終わった。
* * *
ボウリングでさんざん汗を流した後は、隣接するカラオケエリアへと移動した。
最新の防音個室に入ると、そこには色鮮やかな光を放つ照明システムと、巨大なモニター、そして最新型の通信カラオケマイクがセットされていた。部屋の隅には、注文すれば瞬時に温かい料理が出てくる『全自動フード生成端末』が備え付けられている。
「はぁ、はぁ……指が痛いですわ……。ですが、このシュワシュワしたメロンソーダと、山盛りのコンソメポテトが疲れた身体に染み渡りますわ……」
ソファに深く沈み込み、グラスのストローを啜るクロエ。
「うむ。この『鶏の唐揚げ』というものも絶品だな。外はカリッとしていて、中は肉汁が溢れてくる。トレーニング後のタンパク質補給としても完璧だ」
オリビアも大皿の唐揚げを頬張りながら、満足そうに頷いている。
「さあさあ、次は歌だよ! このマイクを持って、画面に出てくる歌詞に合わせて歌うんだって!」
リリアがデンモク(選曲端末)を操作し、早速曲を入れ始めた。
流れてきたのは、アレンがポイントショップからダウンロードした、異世界のアップテンポなポップソングだ。
リリアはマイクを両手で握り締め、ピョンピョンと跳ねながら楽しそうに歌い出す。音程など気にせず、素直で伸びやかな歌声が部屋に響き渡り、雰囲気を明るく盛り上げた。
「次はクロエちゃんの番だよ!」
「え、私ですか!? い、急に言われても歌なんて……」
困惑しながらもマイクを渡されたクロエ。
彼女が選曲リスト(アレンが翻訳したもの)から選んだのは、かつて王立式典で演奏されていた『厳かな宮廷讃歌』――ではなく、なぜか『ジャンクフードへの愛を叫ぶポップソング』だった。
「〜♪ 揚げたてのポテト〜♪ 滴るチーズ〜♪ 悪逆王の理不尽なんて〜ポテチの塩気で吹き飛ばせ〜♪」
「歌詞のクセが強いな、クロエ」
アレンが思わずツッコむが、クロエ本人はノリノリで目をつむり、感情を込めて熱唱している。採点機能が画面に『89点! ジャンクの魂を感じます』と表示すると、「ふふん、当然ですわ」と満足げにドヤ顔を決めた。
「よし、ならば私も歌おう!」
触発されたオリビアが立ち上がり、デンモクから重厚なイントロの曲を選んだ。
流れてきたのは、古風な軍歌風のメロディ。
オリビアはマイクを片手に、直立不動の姿勢をとると、朗々とした美声を響かせた。
「〜♪ 鉄の甲冑脱ぎ捨てて〜♪ 湯船に浸かる心地よさ〜♪ ああ、我が筋肉よ〜解れよ和らげ〜♪ 猛毒スムージー(※正しくは完全栄養スムージー)が体を駆け巡る〜♪」
「オリビアさんも歌詞を改変しないでよ」
アレンのツッコミも虚しく、オリビアの圧倒的な声量と歌唱力により、部屋全体が謎の感動に包み込まれた。モニターの採点結果は『98点! 圧巻の発声力です!』。
「よしっ! 勝ちましたわクロエ!」
「なっ……! 歌唱力でマウントを取るなんてズルいですわ!」
ボウリングに引き続き、カラオケでも不毛なライバル心を燃やす二人。
笑い声と歌声、そして美味しそうな食べ物の香りが充満する部屋の中で、アレンはコーラを飲みながら穏やかな時間を楽しんでいた。
地上の『死の鉱山』は、いまや最新のアミューズメント施設へと生まれ変わり、猛毒ガスも魔物も跡形もなく消え去っている。
そして、使者が提示した「ミスリル100トン」は、坑道の外に輝く山となって鎮座していた。
(さて……本物のミスリル100トンは手に入ったけど、これをそのままあのクソ王様に渡すわけにはいかないからな)
アレンはチラリと、外に積み上がっている銀色の山を思い浮かべた。
本物を渡せば王国の財政が潤い、また調子に乗って理不尽な命令を出してくるかもしれない。それはスローライフの敵だ。
(明日は、役人を撃退するための『仕掛け』を作るとしよう。……フフッ、みんなの演技力が試されるな)
「アレン様ー! 次は一緒にデュエットしようよー!」
「はいはい、今行くよ」
アレンは思考を切り替え、楽しそうにマイクを振るリリアのもとへと歩み寄った。
地上の愚かな王が企んだ死の処刑宣告は、地下の住人たちにとっては最高の週末レジャーへと変貌を遂げたのだった。




