#16 悪逆王の焦り〜新たな理不尽「幻の鉱石100トン採掘」〜
ガシャンッ! という派手な破砕音が、豪奢な王座の間に響き渡った。
純金で縁取られた最高級のワイングラスが、大理石の床に叩きつけられて粉々に砕け散る。
玉座に深く腰掛けた男――この国の絶対権力者であり、数々の理不尽な法令で民を苦しめてきた悪逆王は、血走った目で眼下の臣下たちを睨みつけていた。
「どういうことだ……。誰か、余が納得のいく説明をしてみせろ!!」
王の怒声に、居並ぶ大臣や将軍たちはビクッと肩を震わせ、一斉に平伏した。
王国の現状は、もはや「危機」という言葉すら生ぬるい、完全な崩壊の入り口に立っていた。
最強の武力であり、精神的支柱でもあった近衛騎士団長オリビア・ヴァルハイトの突然の失踪。それに伴う軍部の士気低下。
だが、それ以上に深刻なのが「物資の完全な枯渇」である。
数日前から、王都に向かうはずの兵糧、武器、魔法道具の素材といったあらゆる軍事物資の供給が、パタリと途絶えてしまったのだ。各所の関所や輸送ルートの責任者に問い合わせても、「盗賊に襲撃された」「突然の土砂崩れで道が塞がった」「書類の手違いで別の場所に送ってしまった」などという、ふざけた言い訳ばかりが返ってくる。
結果として、王都の近衛兵たちは文字通り「雑草の浮いた塩水」を啜る羽目になり、反乱の一歩手前という危険な状態にあった。
「兵糧が届かぬなら、他国から買い付ければよかろう! 王家の蔵にはまだ金があるはずだ!」
「そ、それが……陛下……」
クロエを追放した後に財務大臣の座に就いた、丸々と太った貴族が脂汗を流しながら進み出た。
「最近、裏社会に彗星の如く現れた『影の天秤』と名乗る巨大な闇商会が、大陸中の小麦や肉、さらには鉄鉱石に至るまで、市場のあらゆる物資を異常な高値で買い占めておりまして……。我々が買い付けようにも、提示される価格が通常の十倍以上に跳ね上がっているのです」
「十倍だと!? ふざけるな、そんな金を払えるわけがなかろう!」
「は、はい……。それに、現在王家の金庫は空っぽでして……その『影の天秤』から、莫大な利子で借金を重ねて、どうにか目先の維持費を捻出している有様で……」
王はギリッと歯ぎしりをした。
追放した元・財務官僚が、その『影の天秤』の黒幕として安全な地下からポテトチップスをかじりながら市場を操作しているなどとは、王は夢にも思っていない。
彼にとって現状は、姿の見えない悪魔にじわじわと首を絞められているような不気味な恐怖だった。
金がない。物資がない。兵士は飢え、最強の騎士は消えた。
このままでは、王の権威は失墜し、反乱が起きるのは時間の問題だ。
(ええい、何か……何か起死回生の策はないのか! 余の絶対的な力を内外に示し、かつ莫大な富を即座に生み出す手段が……!)
血走った目で天井を睨んでいた王の脳裏に、ふと、ある「辺境の村」の存在が浮かんだ。
以前、使者を送って過酷な年貢を取り立てようとしたが、なぜか使者が「村は壊滅状態でした」と涙ながらに報告してきた、あの忌々しいスラムのような村だ。
たしかあの村の北には、かつて王国が採掘を試みて放棄した『死の鉱山』と呼ばれる危険地帯があったはずだ。
そこには、莫大な魔力を秘めた伝説の鉱石『ミスリル』が眠っているという伝承がある。あまりにも岩盤が硬く、さらには毒の瘴気が満ち、高ランクの魔物が巣食っているため、王国軍の工兵部隊ですら採掘を断念した魔境だ。
「……そうだ。あの村だ」
王の口角が、三日月のように歪み上がった。
「あの薄汚い辺境の村人どもに、命じよ」
「へ、陛下? 何をでございましょうか……?」
「村の北にある『死の鉱山』に入り、一週間以内に『ミスリル鉱石を百トン』掘り出して献上せよ、とな」
「ひゃ、百トン!? しかも一週間で!?」
大臣たちは息を呑んだ。
ミスリルは指輪一つ分の欠片でも、家が一軒建つほどの超高級素材だ。現在、王国の宝物庫にある備蓄ですら、すべてかき集めても数百キロに満たない。
それを、採掘機材も持たない素人の村人たちに、猛毒と魔物が蔓延る鉱山で、たった七日間で百トン掘らせる。
それは命令ではない。完全なる「処刑宣告」だった。
「出来なければ村ごと焼き払うと伝えよ! 奴らが死のうがどうなろうが知ったことか! 万が一掘り出せれば我が王国の財政は潤い、他国への強烈な牽制になる! 失敗して死滅すれば、無能な民を粛清したという余の力を見せつける見せしめとなる! どちらに転んでも余に損はない!」
狂気に満ちた高笑いが、王座の間に響き渡った。
自らの首を絞めているのが、他ならぬ自分自身の行いであることに気づかぬまま、悪逆王はさらなる自滅への引き金を引いたのである。
* * *
数日後。アレンたちが暮らす辺境の村の広場。
「――以上が、偉大なる国王陛下からの勅命である! 刻限は七日後の日の入りまで! 百トンのミスリルを用意できねば、貴様ら一族郎党、一人残らず火あぶりの刑に処すと思え!!」
王都から数日かけて馬を飛ばしてきた使者の男が、羊皮紙の巻物を巻き戻しながら高らかに宣言した。
彼の態度は非常に傲慢だったが、王都の食糧難の影響をモロに受けているためか、頬はげっそりとこけ、乗ってきた馬も肋骨が浮き出るほど痩せ細っている。威圧感よりも悲壮感の方が漂っていた。
その使者の前にひれ伏している村長は、全身をガタガタと震わせ、天を仰いで悲痛な叫びを上げた。
「あ、ああ……! なんというむごたらしいご命令……! あの『死の鉱山』は、近づくだけで肺が焼け爛れる猛毒のガスが噴き出し、岩食いワームがうごめく地獄の入り口! しかも百トンだなんて……我らのようなひ弱な農民に、素手で岩を砕けと仰るのですかぁぁぁっ!」
「ヒィィィッ! お助けを! 王様はお助けをぉぉっ!」
「死にたくない、死にたくないよぉぉぉっ!!」
広場に集まった村人たちも、一斉に地面に突っ伏して号泣し始めた。
母親は子供を抱きしめて泣き崩れ、若者たちは絶望に頭を抱え、老人たちは神に祈りを捧げる。
まさに、この世の終わりを絵に描いたような地獄絵図。
使者の男は、その様子を見て満足げに鼻を鳴らした。
「ふんっ。泣き言を喚く暇があるなら、今すぐつるはしを持て! 王の決定は絶対である! 七日後、また徴収部隊を引き連れてやって来る。それまでに這ってでも百トン集めておけ!」
痩せた馬に鞭を入れ、砂埃を上げて去っていく使者。
彼の姿が完全に森の奥へ見えなくなったことを確認した瞬間――。
「……よし、行ったな。お疲れ様、みんな」
村長の顔から、先ほどまでの悲壮感がスッと消え去った。
地面に突っ伏して泣き叫んでいた村人たちも、服の砂をパンパンと払いながら、何事もなかったかのように立ち上がる。
「いやぁ、今日の俺の泣き顔、かなり迫真だっただろ?」
「村長のあの震え方、王立劇場の役者顔負けでしたよ」
「あーあ、地面に伏せたら服が汚れちゃった。早く地下に戻って、全自動ドラム式洗濯機で洗わないと」
「今日の地下のランチビュッフェ、限定のローストビーフが出る日だっけ? 早く行こうぜ!」
彼らの心の中には、国王への恐怖も、理不尽な命令に対する絶望も、微塵も存在していなかった。
この村の住人はすでに、アレンが構築した「絶対安全かつ超快適な地下都市」の恩恵をフルに享受している。猛毒のガスだろうが、高ランクの魔物だろうが、地下に潜っていれば何一つ届かないのだ。
彼らにとって地上の出来事は、ただの「ちょっと面倒な演劇の舞台」に過ぎなくなっていた。
そんな村人たちの様子を、広場の隅の木陰から見守っていたアレンの耳に、聞き慣れた無機質な機械音が鳴り響いた。
『ピーン!』
アレンの目の前に、半透明のシステムウィンドウが展開される。
《超・特大級のブラック労働要求を検知しました》
《対象:村人全150名》
《労働環境:猛毒ガス充満、Sランク相当の危険地帯(死の鉱山)》
《業務内容:安全装備ゼロでの特殊鉱石100トンの素手採掘》
《労働時間設定:168時間(7日間)連続の不眠不休を強要》
《ペナルティ:未達成の場合、一族全員の死刑》
警告文のような赤い文字がズラリと並んだ後、画面が金色に発光し、スロットマシンのように数字が回転し始めた。
《極悪非道なブラック度を算出……。生命の安全配慮義務違反(最大値)。実現不可能なノルマ設定(最大値)。不眠不休の強制(最大値)。連帯責任による死の脅迫(ボーナス加点)》
《カルマポイント精算完了》
《特別慰謝料として、500,000,000ポイントが付与されました》
《現在のカルマポイント残高:725,648,000 pt》
「……五億」
アレンは思わず吹き出しそうになるのをこらえた。
これまでも悪逆王の理不尽には数千万単位でポイントを搾り取ってきたが、一気に「五億」という桁外れの数字が叩き出されたのは初めてだ。
それだけ、今回の「一週間でミスリル百トン」という命令が、物理法則や人間の限界を完全に無視した、狂気の沙汰だということだろう。
「いやはや、あの王様、本当に最高のポイント供給源(ATM)だな。これだけあれば、ついにアレが作れるぞ……」
ホクホク顔のアレンは、ウキウキとした足取りで、皆が待つ地下施設へと向かった。
* * *
「なっ……ミスリルを百トンだと!? あの王、ついに気が狂ったか!!」
地下の豪奢なラウンジ。
心地よい空調が効いた室内で、アレンから事の次第を聞かされたオリビアが、バンッと大理石のテーブルを叩いて立ち上がった。
彼女は現在、最新鋭のフィットネスマシンで汗を流した直後であり、プロテインの入ったシェイカーを片手に持っている。健康的な生活のおかげで肌はツヤツヤ、かつての疲労困憊の面影は全くない。
「アレン殿! ミスリルというのは、鋼の百倍の強度と羽のような軽さを持ち、さらに魔力を通す性質がある伝説の金属だぞ! 加工するだけでも国宝級の鍛冶職人が数人がかりで挑む代物だ。しかもそれが眠る『死の鉱山』は、岩盤が特殊な魔力でコーティングされており、通常のつるはしでは傷一つつけられない。加えて、吸い込めば数秒で肺が溶ける猛毒のガスが常時噴出しているのだ! そんな場所で百トンなど……物理的に不可能だ!」
元・近衛騎士団長としての知識と経験から、今回の命令がいかに異常かを力説するオリビア。
その隣で、だるだるのジャージ姿で特大ポテトチップスの袋を抱えたクロエが、呆れたように溜息をついた。
「オリビアさん、落ち着きなさいな。悪逆王だって、そんなこと百も承知ですわよ。要するに、最初から採掘させる気なんてないんです。あの命令はただの『村を焼き払うための口実』ですわ」
「口実、だと?」
「ええ。現在、私が仕掛けた経済工作によって、王国の物流は完全にストップし、金庫も空っぽ。王は軍部の不満を逸らし、己の権威を誇示するための生け贄を求めているのですわ。だから、絶対に不可能な難癖をつけて、この村を合法的に弾圧し、あわよくばこの土地ごと王家の直轄領として没収しようとしている……といったところでしょうね」
元・財務官僚であるクロエの分析は、王の浅ましい意図を完璧に見抜いていた。
「そもそも、仮に本当にミスリルが百トンも市場に流通したら、金属の価値が大暴落して経済が完全にぶっ壊れますわ。あの王、自分の国の首をさらに絞めることすら理解していないんですのね」
やれやれ、と肩をすくめてコーラを飲むクロエ。
「うーん、でもさぁ」
リリアが首を傾げながら口を開く。
「王様が本当に怒って軍隊を差し向けてきたら、面倒くさいことにならない? せっかく地下で毎日美味しいご飯食べてお風呂に入ってるのに、地上でドンパチされるのは嫌だなぁ」
リリアの言葉に、オリビアも険しい顔で頷く。
「リリアの言う通りだ。いくらこの地下施設が頑丈でも、地上が軍隊に包囲されれば自由に外の空気(フィットネス用の早朝ランニングなど)を吸いに出られなくなる。それは非常にストレスフルだ」
「それなら心配ないよ」
アレンはふかふかのソファに腰を下ろし、冷えたアイスティーを一口飲んでから、ニヤリと笑った。
「王様が『百トン掘れ』って言ってるなら、その通りにしてやればいいじゃないか」
「「「は?」」」
三人の女性が、同時に間の抜けた声を上げる。
「アレン殿、私の話を聞いていたか!? 猛毒ガスに、傷もつかない硬い岩盤だぞ!?」
「それに百トンですわよ!? 王国中の人間を動員しても数十年はかかりますわ!」
「大丈夫、大丈夫。俺たちには『ポイント』があるからね。王様がくれた五億ポイントを使えば、あの鉱山なんてあっという間にカラッポにできるさ」
アレンは空中にシステムウィンドウを展開し、膨大なカタログリストをスクロールさせ始めた。
「それに、ちょうど良かったんだ。実は地下をもっと広げて、みんなで遊べる『巨大な娯楽施設』を作りたいなって思ってたんだけど、地下を掘り抜くのが面倒でさ。死の鉱山っていう、すでに穴が空いてる場所があるなら、そこを拠点に拡張すればいい」
王国最強の騎士が「死の領域」と恐れ、元財務官僚が「国家が傾く」と危惧する伝説の鉱石。
それを、アレンは単なる「娯楽施設を作るための邪魔な土砂」程度にしか考えていなかった。
「よし、決まりだ。一週間もいらない。明日のお昼までに、ミスリル百トンの採掘と、鉱山の完全リニューアルを終わらせよう。オリビアさん、クロエ、リリアも手伝ってくれる?」
「……手伝うといっても、どうすれば……?」
「とりあえず、みんなには明日の午後、新しい施設で遊ぶための準備体操でもしておいてほしいかな。ボウリングって知ってる?」
悪逆王が放った最悪の処刑宣告は、アレンの規格外の力によって、単なる「超巨大アミューズメントパーク建設プロジェクト」の幕開けへとすり替えられようとしていた。
王国の滅亡へのカウントダウンは、今度は物理的な「工事の騒音」とともに、静かに、そして確実に進んでいくのだった。




